過憶
全く何が起こったのか分からない。理宮さんが上にぶっ飛ばされたかと思えば、上空で爆発が起きて、しばらくしたら巨神鬼の胸が何者かに貫かれて消滅した。全てが終わったとき、僕は全身の力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。
「なん……だったんだ……」
―――
ヒドロを斬る寸前、彼の身体は光の粒子となって消えた。そして雫魚が粒子の塊をすり抜けた後、仙煌はぴんと張った糸が切れるように意識を失い、落下していった。巨神鬼に殴られた際のダメージが完全に残っている状態で何度も能力を使用した結果、身体の損傷が悪化して限界を迎えたのだ。
「仙煌!」
理宮は足を踏み出し、柵を蹴り飛ばして大通りを隔てたビルへと飛び出す。
(役に立てなかった。僕は無様に助けられただけだ。だから、これくらいは……)
全ての遊力を足に集めて疾走。ビルを二つほど越えた先で遊力を腕へと移し、落下する仙煌を受け止める。
「ッぶな…」
理宮は、弱々しい息の仙煌を完璧に受け止め、床に静かに置いた。
(……僕は、何をすればいい?仙煌と別れたのに、僕は情けなく弱音を吐いて助けられた。しかも僕とヒドロが協力しようとしたせいで、仙煌が死にかけた。僕は……僕は……)
〔……あのさぁ、ちょっと僕の身にもなってくれない?〕
理宮の脳内に、過憶が現れた。数時間に渡り常に頭の中でネガティブを垂れ流していた理宮に耐えかねて顔を出したのだ。
〔くよくよくよくよと……僕は君が思ったことが全部ダイレクトに伝わるんだよ?気が重くなるんだよね、こっちも〕
空気を読まずに喋り続ける過憶。
〔はっきり言おう。頭の中で飽和している唯一つの理由さえ取っ払ってしまえば、君は容易に彼に並び立てる〕
(理由だと?)
〔そうだ。君は、恐怖を捨てきれていない〕
理宮は驚いた様子を見せた。
(そんなわけ無いだろ。こんな所に来てから、とっくに恐怖なんて……)
――その言葉が虚勢であることも、過憶は知っている。そして何より、理宮自身が知っている。彼の精神は既に限界であり、恐怖をはじめとする負の感情が蓄積され、今にも溢れ出さんとしている事を。
〔違うね。君はここ数日の間、ほぼ常に興奮状態に置かれていた。興奮は恐怖を忘れさせる。つまり君は本質的には、恐怖から抜け出せていないんだ〕
(嘘だ……)
〔嘘じゃない。冷静になってくれ、今の自分の状況をよく思い出すんだ。自分の、正しい恐怖を呼び起こすんだよ〕
思い出すのは得意だ。記憶していることを、脳内からそのまま引っ張り出せば良い。理宮の脳に、これまでの6日間の鮮明な記録が出力された。
(1日目で変な場所に連れて来られ、2日目で変な声に話しかけられ、4日目で死の淵を彷徨い、そして今日で拳が死んだ。人が、死んだ)
出来ることなら思い出したくなかった記憶。事実を思い出したことがトリガーになり、その残酷な光景までもがフラッシュバックした。
(死んだ。死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ――)
死んだ。眼前で人が潰された。封じ込めることなど出来ない、悍ましく惨たらしい記憶。
「――怖い。嫌だ。逃げたい。死にたくない!死にたくないッ!」
理宮は頭を抱えて、惨めったらしく首を振る。込み上げてくる嘔吐感に抑えようもない涙。
「ゔ……ゔあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ…ぁぁあああああああ!!!!!!」
〔そう。それで正解なんだ。そこから抜け出して、初めて君は仙煌に並ぶ……いや、凌駕出来る〕
「抜け出す!?出来るわけ無いだろ!!」
〔そう思ってるから、君はずっと脇役なんだ〕
「こんな感情を捨てられるほど、僕に勇気はない!どうせ僕は、脇役で終わる運命なんだ……」
〔うっさいなぁ!良いから前を向け!君は常々言っていただろ、仙煌の役に立ちたいと!僕は断言してやる、君にはそれが可能だと!見ず知らずの他人じゃない、誰より長く君を見てきた僕が断言してるんだ!!これは気休めなんかじゃない。一欠片の勇気持って、さっさと立ち上がれ!!〕
「気休めじゃない……僕が……仙煌を……」
過憶の激励は、彼の更なる進化を生んだ。
――Grade:Ⅳへの覚醒である。




