METAMORPHOSE-2 乱入者
「じゃ、行きましょうか」
「……ああ!」
此処から先は「理性」じゃなく、僕の「善性」に身を任せるべきだ。僕の「理性」なら、先に進もうと差し出した足を全力で止めるはず。今僕がここで止まるわけには行かないからこそ、「理性」をかなぐり捨て心の赴くままに。
僕は「理性」の鎖を取っ払い、一歩前へと踏み出した。そのまま二歩、三歩……次の足を踏み出すまでの間隔がどんどん短くなっていく。
「攻撃、来ます!」
「分かってる!」
結果的に攻撃に繋げれば問題は無い!
「Arts3:跳躍―――」
ビルの外壁めがけて空中へ飛び出した後、「ArtsF4:空拳撃」を繰り出した。破壊されたビルの破片の中から、特に大きいものを瞬時に見分け、陽に向かって蹴り飛ばす。
「Ξ∑ΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦ」
鎧武者の如き風貌の氷鬼の手から放たれた極太ビームは、無数の瓦礫に遮られて陽の元へは届かない。
「全力で走れ!」
「はい!」
僕は一度Artsを中断。足に遊力を溜めて全力で踏み込んだ。
「∆∆∆∆∆∃∃∃∃∃」
「二回目!!」
「知ってるよ!Arts2:蹴撃!」
再びビルを崩し、陽に瓦礫をプレゼント。同時に鬼までの距離を確認する。目視でおおよそ30m。これなら一発で届くはずだ。
「K2:急襲、そんで―――」
直下の氷鬼に軸が合うように速度を調整し、柵を蹴り崩して飛び出した。
「F2:落蹴撃!」
緑色の軌跡を残しながら直撃するが、ダメージはおろかヒビすら入らない。
「ふざけた防御力しやがって……」
ふと陽の方を見ると、目を見開いて固まっている。
凍らされたわけでもなければ、氷鬼がビームを溜めている訳でもない。僕からは分からず、陽だけが気付けるもの…………まさか。
「り、理宮さん!」
「クソッ!」
「後ろに……!」「後ろか!!」
もはや脳を介していないのではと思えるスピードで僕は振り向いた。眼前には巨大な拳。
頭の中で情報が錯綜する。サイズ、形状、僅かに見える体型とカラーリングで、僕は絶望を知った。
即死攻撃を持つ一部の変異体を除き、単発火力が最大である色鬼。能力のほぼ全てが最高水準たるこの鬼の、唯一の弱点を取っ払ったのが「色鬼:無差別体」。キャラクターがどの色だろうと無差別に、無遠慮に、無慈悲に叩き潰しに来る、このゲームにおける最強クラスの鬼。
迫る巨大な拳を前にし、僕の脳裏には走馬灯が映し出されていた。
―――
生まれてからの出来事は全て頭に残っている。はっきりと、無数の記憶が常に僕の頭の中で絶えず躍り続けている。
ある少女に起こった奇妙な出来事を描いた、かの有名なアニメ映画。それに登場する老婆がこう述べた。「一度あったことは忘れないものさ、思い出せないだけで」と。その言葉を信じるなら、僕に「思い出せない」物は存在しない。脳みそに蓄えられた巨大な図書館にある本の名前、位置、内容、その全てに一瞬にしてアクセスできる。
だからこそ起きうる止めどない不安が、僕にはつきまとっていた。
僕は「仙煌に勝利した」という記憶が全く無い。運動面で勝てるわけはないのだが、仙煌は僕と違い、ちゃんと「出来事を忘れる」。けど、例えば「何か」で勝利して皆が僕を称えても、次の瞬間に僕はそれを忘れる。そこで何が行われたのか、何があってどうやって勝ったのか、その全てが頭の中から消え去る。そして、「何か」で二位だった仙煌が称えられる。
何一つだって覚えていない。僕は常に仙煌に負け続けている。ただコンプレックスを拗らせただけといえばそうなのだろうが、どうも僕には、明らかに他の――「主人公補正」的な物が働いているとしか思えない。




