Day5-4 一人立ち
「拳ッ!」
間違いない、拳は今、確かに氷鬼によって握り潰された。指の隙間から多量の血と、かつて肉体だったであろうミンチ状の物質が溢れだしている。
最初に出てきたのは「悲しみ」や「怒り」といった感情ではなく、「呆気ない」という感想だった。Artsという円滑なコンボ攻撃の開発者が、こんなところで死ぬのかと。
後からこみ上げてくる嘔吐感、絶望感、失望感。光景のグロテスクさに。拳を救えなかった自分の惨めさに。一人の仲間を失い、なおも状況を咀嚼できない自分の醜さに。
「……ゔ……え……」
吐きたいが、何も吐けない。行き場の無い吐き気を抱えながら、僕はその場で苦しむ。
「仙煌……仙煌……早く……」
……違う。
何故、今僕は仙煌を呼ぼうとした?頼らないなんて偉そうに言っておいて。
駄目だ。「僕が」なんとかするべきなんだ。
「“Arts1:拳撃”」
刹那、腕に力が漲り――気付くと、僕は氷鬼の足に思い切り、握り拳を食らわせていた。
「“ArtsP1:転調・蹴撃+K2:急襲+K10:加速蹴撃”」
遊力の集中箇所を足に切り替えて接近し、その勢いで蹴りつける。目を落とすと、緑色の光が僕の足を覆っていた。鮮やかな、翠の光だ。
〔この土壇場でGrade:Ⅲに覚醒か。やるじゃん〕
ああ、だからか。さっきまでよりも、格段に遊力操作が簡単なのは。
〔修行してれば上がるけど、意思の強さに依る所もあるからね。今君は、氷鬼に対して「ブチギレた」。その感情の昂りが、僕との融合を早めたんだよ〕
僕はそのまま立て続けにK5:後方回転蹴撃で後ろ蹴り、K1:転調・拳撃で殴りざまに遊力を再び移動させて、P2:二連拳撃+P3:多重拳撃を加える。分かりやすく言えば「蹴って殴って殴って連打」しているだけだが、氷鬼の体力がゴリゴリ削れていると確信が持てる。
「これは僕が独自に考えたものだけど……」
持てる遊力全てを右腕に凝縮した、トドメの一撃。
「|OA《Original Arts》:連終拳撃!」
一段と輝く翠の光……僕の拳に、花火が宿ったようだった。
「θθθθθθζζζζζζ」
奇怪な断末魔を上げながら、無数の光の束となって氷鬼は散った。ひどくグロテスクで惨い傷跡を、僕に残して。
〔悲しいかい?〕
虚無感に包まれた僕に対し、無遠慮に過憶が訊いてきた。
……悲しくないと思うのか?
〔いや、全く。僕は君と心を共有してるからね。今の質問に意味はないよ〕
じゃあ――
〔純粋に気になるんだ。ここに来る前に知り合いだった訳でもない、深い関係性が生まれたわけでもない。なんなら君の友達に牙を剥いて殺そうとした。強いて言うならArtsを教えてもらったくらいかな。そんな人間が死んで――〕
「黙れッ!」
思わず声が出た。
「関係性?友情?違うッ!僕は、目の前で人が死ぬのを見たくないんだ!」
〔……やっぱ、優しいんだね、僕の依者は。ごめんごめん〕
多分、違う。心の何処かでは分かっていたんだ。
目の前で人に死なれたという「記憶が残ること」が嫌だという、自分勝手な欲望だと。




