知らないこと
とはいえ背伸びしたのはそれくらいかな。
ほとんど説明ばかりの初日、引っ込み思案と聞いていたのに恥ずかしがらずよく質問してくれるし、質問に答えると頷いたりして、感心を余すことなく表していた。
仕事には真っ直ぐで、わかったように繕ったり聞き流すことがないから安心できる。
帰り際に、疲れているだろうからちゃんと休むんだよ、と声をかけた。後輩を指導なんて柄じゃないけど、少しは先輩らしいことができたかな?
あ、そういえばユイネは四時に退勤するのを知って大袈裟なくらい驚いていた。きっとヴィクトックの無駄を省こうとする姿勢がこの時間を実現しているんだ……と考え込むほどだった。
まあ普通の日は確かに早い。忙しくなるときは業績を残そうとして競うように残業することもあるけど。
私はそこまでするほど昇進を目指してないから、残業は無理しない程度に。ユイネは何時間でも残業しそうだから心配だけど。
そしてユイネはまだ来たばかりだけど、残業シーズンに次いで大きな出来事、プロジェクト発表の時期が近付いていた。
発表なんて苦手だけど、昨日ふと数年後のことが心配になり、昇給狙ってここで頑張った方がいいかなーと思いつつ、踏ん切りがつかない。
ゆらゆらと心が揺れている中、事件が起きた。
ユイネを連れて歩いていると、後ろから侮辱する言葉が聞こえてきた。振り返るとユイネの方を見てにやにやと嫌な笑みを浮かべていた。
親が上層部ということを鼻にかけ、人のことを馬鹿にしてくる嫌な社員たちだった。
睨みつけ、ユイネの手を引いて足早に去ろうとしたけど、留学生を侮辱する言葉にまで発展した。
流石にこれは許されないと思い、足を進めて注意しようとした。本当はこんなやつと話したくなんかないけど、スルーしたら上に報告したときしらばっくれそうだから。
ちょうど他の社員が通りがかり、目撃者も生まれた。
「先輩についていってばかりかよ、ヒナタノクニらしいな」
「しつこいですよ。このことは報告させていただきます」
「やってみろよ。留学生ごときに何かするとは思えないけどな。おい留学生、お前に話しかけたのに先輩が話してるじゃないか。これだから口無しのヒナタ女は……」
ヒナタノクニの女性は警戒心が強いことが多く、必要以上に話さない。そして肌と同じような色の粉を乗せ、口を目立たなくするという風習があった。それを馬鹿にして口無しという言葉を使う人がいるけど、当然差別用語として禁止されている。
絶対に上に報告してやる。ぎっと歯を食いしばり、最後に警告してやろうと思った。
けど私が声を上げるより先に、ユイネがあいつらに向かっていった。
「すみません、まだヴィクトックの言葉は分からないことが多くて……。そうだ、いい機会ですので教えていただけると嬉しいです」
ユイネは両手を重ね、笑顔で彼らを見上げる。そして珍しく、緊張で硬ばらず滑らかに言ったり
「ふん、お前に教える義理なんてねぇよ」
あいつらは顔を引きつらせて去っていった。義理も何も、教えることができないような意味だからじゃない、と呆れた。
「なんだったんでしょう? 大事な用事ではないといいのですが……」
ユイネは頰に手を添えて、たどたどしい発音でそう言った。




