固くなる先輩後輩
私はフランカ・スミット。外国人留学生の指導を任せられることになった。
内向的な私がうまくコミュニケーションを取れるか不安だ。なんで私が……と思ったら、以前祖父がヒナタノクニに旅行へ行った時の話をしていたからだった。
ヒナタノクニの留学生と聞いて、私の話を思い出した人については別にいい。問題は、祖父がヒナタノクニへ行ったことがある、というだけで指導役に選んだ人事だ。
食べ物や観光名所とかはわかるけど、ヒナタノクニの言葉なんて挨拶くらいしか知らない。
私と同じく内向的な人が多いと聞いているけど、それなら指導役は積極的に話せる人の方がいいのではないか。
お互い話が進められない……なんてことになったらどうしてくれようか。
待っている間手持ち無沙汰で落ち着かず、大鏡に昨日小さく唸りながら考えた服を映す。襟は立ってないし、寝癖もない。そんなこと分かり切っていたけど。
童顔だからなめられないようにと、今まで服だけは黒や紺でカッチリしたシルエットのを選んでいた。けど固い印象を与えると緊張させてしまうかな、と思い、今日はピンクのブラウスを解禁した。
同僚の一人が、その服かわいいねと言って前を通過していく。むず痒い気持ちを込めた目で追うと、廊下の向こうから来るメリーさんが見知らぬ人を引き連れていた。
この人かっ! と身構えてしまい、指導役が身構えてどうするの、と自分に言い聞かせた。
「フランカ、この子が留学生のユイネ・シュナンよ」
メリーさんと並ぶと段が出来ている。ヒールを履いているのに私よりも身長が低い。
そして私よりも童顔だ。本当に就職可能な年齢に達しているのか疑ってしまうほど。
「ユイネ・シュナンです! 先輩、よろしくお願いします!」
ユイネは深々とお辞儀し勢いよく頭を持ち上げた。一つに束ねた髪が暴れたけど、それに気付かず髪は両肩にのったままだ。
「あ、フランカ・スミット。敬語じゃなくていいし、肩の力抜いて」
昨日あれほど練習したのに表情が固くなってしまう。
それにしても、ユイネはジャケットの形が合っていないのか、肩のところが浮いている。そもそも五月なのにジャケットなんて暑くないのだろうか。羽織るならカーディガンの方がいいのでは?
「あ……敬語は普通です。あなたは先輩ですから」
「うーん。でも敬語は使われることが少ないから落ち着かないなあ。あなたは疲れないの?」
「疲れません! これが普通なんです! でも、先輩がそうおっしゃるなら、普通に話せるよう頑張ります!」
そう元気よく言ったそばからですます口調が付いてしまい、気付いたように口を押さえた。
そうか、口癖のようなものなのかもしれないし、もしかしたら砕けた表現をまだ知らないのかもしれない。
「うん。まあ慣れたらでいいよ。じゃあ早速デスクに案内するね」
なめられてはいない、どころか必要以上に敬われている。ただ仕事場に向かうだけなのに、後ろから強い視線を感じて落ち着かない。
新しい留学生を眺める視線も加勢し、昨日練習した先輩らしい余裕のある動きが出てこなくなった。
オフィスに着いて、広がるデスクを小さく手で指し示す。本当はもっと自然な感じで腕を伸ばすつもりだったのに……。
「ここで仕事するの。まあ自由に座って」
「えっと、席は……」
「決まってないんだよ」
口を開けたままでユイネは座る気配がない。まず私が二つ空いた席の左側に座ると、ユイネはコツコツと足音を立てて右側に座った。
ヒナタノクニの言葉なのか、聞き慣れない言葉を呟きながら机を撫でている。
「指示に従って入力して」
「はい」
最近導入した自動翻訳機を使ったヒナタノクニ語のアンケートだ。質問の内容はどんな食器用洗剤を使っていたかや、洗う時に気にすることを聞いていた。
アンケートに答えてもらった後、翻訳が正確か聞くことになっている。
アンケート一つにもよく思い返して答えるので、簡単にでいいんだよと横から声をかける。
「できました!」
「ありがとう。これからは横のBOXをクリックして送信して」
横のBOXに送信してもらい、こちらに届いたことを確認してから翻訳について聞く。
ユイネによると、意味は通じるけど言い回しがくどいところがあるらしい。ユイネがおもむろにメモ帳を取り出し、その部分と指摘を書き連ねた。
「あ、同じ文を送るから気になる箇所の下に入力して」
「すみません……」
首をジャケットに埋めるように小さく謝る。メモ帳を片付け、空いた手で忙しなく文字を打ち込む。
それでもやけに入力に時間がかかるなと思っていたら、書き換えの例を複数あげることがあった。力の抜き方を知らないのかもしれない。
このまま何事にも全力を注いでいたら息切れする。私はどうすれば要領を得られるか頭を抱えた。
アンケートの作業が終わり、ユイネが一息つく。私も伸びをして疲れを飛ばしてから、休憩所を見せようと思い立った。
「ユイネ、休憩所に案内するよ。しばらく休もう」
「はい」
休憩、なのにユイネの表情は固い。相変わらず周りを気にしながら肩の部分を浮かせて歩いていた。
休憩所には飲み物だけでなくお菓子の自動販売機もあり、広々とした白い空間に赤や青の鮮やかな椅子が映える。
椅子に座って談笑する人や壁にもたれながらコーヒーを飲む人など、いつきても誰かしらいる。
「飲み物は自由に。お菓子の自動販売機は向こう側ね」
「お菓子の自動販売機ですか……すごいです!」
一瞬にして目が輝き、カタカタとパンプスを踏み鳴らしながら自動販売機に寄っていった。サンプルを覗き込み、独り言の声のトーンも上がっている。
懐かしいな。私も初めて見たときは種類の豊富さに驚いた。お菓子の自動販売機といっても飲み物の中に混ざっているくらいで、こんな風に専用のものは見たことがなかった。
「あっ、こんなことしてる場合じゃありませんね」
無邪気に笑っていたユイネが我に帰る。別に休憩なんだから場合も何もないけど……。
「……すみません、給湯器ってどこですか?」
ユイネはウォーターサーバーを前にして聞く。
「ああ、温かい飲み物ならコップを取って……」
連なる紙コップから一つ抜き取り、ぽんと置く。
「飲みたいものを選んで、下のボタンを押す」
押し間違えのないよう、写真の枠と同じ色のボタンを見て押す。私が選んだのは砂糖とミルクをたっぷり入れたエスプレッソだ。湯気と音を立てて注がれていく。
ぽたぽたと落ちる雫が小さくなったのを見計らって紙コップを手に取った。
「え、お湯をいちいち沸かしたりしなくてもいいんですね……」
ユイネは感嘆の声をもらして紙コップを掴んでいた。
「読めない字とかはない?」
「はい、大丈夫です……」
きゅっと上がった口角から興味や期待がにじみ出ている。ボタンを慎重に押したユイネと来たばかりの頃の自分を重ね合わせ、見守った。
ユイネの紙コップに注がれるのはブラックコーヒーだった。飲めるの!? と二度見してしまう。
空いている椅子に座って一口飲み、紙コップをテーブルに置く。昔は自動販売機を侮っていたけど、結構美味しいのでほぼ毎日飲んでいる。
後味の良さを再度確かめていると、ユイネが息で冷ましながら恐る恐る口に含む。
うっ、と声を上げて眉を寄せている。
口をもごもごと歪めて持っていた紙コップから顔をそらした。
ああ、背伸びして選んだのか……。
「砂糖とミルクなら紙コップの横にあるよ」
「ありがとうございます。でもやっぱりヴィクトリックといえばブラックですから……」
ユイネは声を震わせてからもう一口いった。
ヴィクトリック人はブラックを好む。それが外国に伝わると、ヴィクトリックへの憧れからブラックで飲むのがいかしていると思われるようになった。
昼時になると観光客がブラックコーヒーを飲みながら話しているのをよく見かける。
休憩の時くらい素で過ごしたくならないのかな……。
ユイネは他の社員や観光客のようにすまし顔を作る余裕もなく、悪戦苦闘して飲み干した。




