第百二十話「理由」
「やられたからやり返す……」
五大魔王率いる魔族たちが行っている人間への侵略。
その行いの動機とそれに伴う過程。
それらは単純に報復だった。
「森の魔女」の日記の中でも、彼女の先生や友達を奪ったという記述、リナの村での扱い、僕が城の中で受けた経験。
この世界の歪んだ常識に虐げられた者たちの憎しみや怒り、怨みが原動力となり世界とそこに住む人々に牙を剝く。
僕には否定する権利がない
それは当然の感情だった。
僕自身だって、訳も分からず一方的な理由でこの世界に連れて来られて、勝手な理屈で酷い目に遭い、なおかつ死にそうに、いや、最早、殺されそうになった。
その時、僕の心に怒りが確かにあった。
たったそれだけの期間でもあの気持ちになった僕が果たして、生まれた時からこの世界に否定されてきた彼らに間違っているなどと言える筈がない。
「どうした?
その様な表情をして、まさか奴らに同情でもしているのか?」
「……そうかもしれない」
魔族たちの憎しみに対して、どう向き合えばいいのかと悩みだした僕を見て、ウェニアは僕が彼らに同情しているのかと尋ねてきた。
同情。
それ以上に当てはまる言葉はない。
リナたちと比べれば、圧倒的に短いとはいえ、僕も同じ痛みを受けた。
「同病相憐れむ」。
まさにその言葉の通りだ。
「僕には彼らを否定なんかできない。
君が生きていた千年も前からそんな扱いを受けていたんだ。
何よりも、僕だって……」
千年以上も魔族、いや、もしかするとただ魔力が高いというだけで迫害を受けていた「魔族の子」という存在。
誰だって、そんな立場に生まれてそんな状況にいたら、世界を変えたいし、変えてくれる誰かを待ち焦がれる。
同時に憎むのも人間として自然の感情だ。
そして、僕は一時とはいえ、ウェニアの口車に乗って復讐する側になろうとしていた。
なのに僕が彼らを否定するのは烏滸がましいことだろう。
(いや、違う……)
いや、そもそも彼らが受けたのは歴史であって、僕はただ偶々、同じ目に遭っただけなのに彼らと自分を同一視すること自体も間違っているのかもしれない。
「ならば、貴様は奴らと戦えぬとでも言うのか?」
「それはーーー」
自分と比べること自体が彼らにとっては冒涜するに等しい彼らの受けた苦しみに対して、考えていると、ウェニアが僕に戦いを放棄するのかと投げかけてきた。
今まで、僕は戦うことになる相手を王国の方だけを見ていた。
単純に元の世界に変える方法だけを求めていたのに、何時の間にかリナやリウンの様な子供を高い魔力を持って生まれてきただけというだけで迫害しているこの世界の在り方から彼らを守らなくてはならないといけないと思い始めてきた。
けれども、ウェニアはそんな世界だけではなく、歪な支配に苦しめられてきたであろう魔王軍たちとも戦うと最初から言っていた。
彼女と進むということは彼らと戦うことも避けられないことだ。
そんな彼らに対して、戦えるかと言われれば、僕は
「---戦うよ」
そう答えるしかなかった。
「ほう、何故だ?
貴様は奴らに恨みはあるまい?
加えて、敵意もだ。
何よりも貴様は戦いそのものも他者を傷付けることも嫌であろう。
その貴様が報復の理由を持つ者に剣を向けるのか?」
僕の答えを聞いて、ウェニアは僕が魔王軍に恨みも、この世界の人間の共通認識とも言える魔族への嫌悪も、僕自身の人生から育まれた他者を害することへの躊躇のなさも存在しないことを突き付け、理由も動機もある彼らと戦う理由を尋ねた。
「けじめだよ」
僕は僕が思うなりに考えたことを言った。
「僕は最初、君に復讐への誘いに乗った。自分をぞんざいに扱って、見殺しにした相手の鼻を明かす。
そんな理由で君の提案した取引の一つに乗った」
彼女の謳い文句通りに僕は復讐の蜜を味わおうとしていた。
実際には、そんなものは味わってなどいないが、僕はその誘いに乗った。
「それが戦争をすることだっていうのに僕は乗った。
どんな相手が敵になるのかなんて相手がどんな気持ちで戦っているのかなんて考えもしないで」
そもそも、僕が彼女と交わしたのは彼女の臣下になった。
これから世界相手に戦いを挑むという彼女の臣下になる。
それは戦争に身を投じるということに他ならない。
そんなことは考えればすぐに思いつくことだった。
そして、相手が何を背負っているのかなんてこと考えるべきことだった。
全員が全員、クラスの一部や王国の人間たちと同じ訳じゃないのにだ。
いや、クラスの人間たちの中にだって、元の世界に帰りたいだけで戦っている人間だっているし、王国の人間にだって単純に今まで先祖たちや悪しき習慣の因果が巡ってきて、自分たちの国や家族を守りたいと思っている人間だっている。
それを僕は考えようともしなかった。
「なのに、今さらになってこんな筈じゃなかったって言うのは僕の自業自得だ。
君の誘いに乗ったのは紛れもなく僕自身の意思だったんだから」
僕は僕自身の意思で軽はずみに彼女と契約の一つになった。
なのに、こんなことは想定していなかったという甘い認識を理由に投げ出すのは間違っている気がするのだ。
「それに……僕はもう、投げ出すわけにはいかないよ」
既に僕はリストさんからリナを、あの声にリウンを任された。
ウェニアとの旅の間で出来たこの二つの務めを得る過程で僕は色々なことをした。
なのに途中で放り出して、自分だけ逃げるなんてことはできない。
「それと欲を言えば……見つけたいんだ」
「何だと?」
加えて、今の問答で朧気ながらも僕なりの小さな欲が出来てしまった。
「正義とか、野望とか、信念とか僕にはないけれど……
言い訳でもなく、その場の感情でもなくて、確かに胸を張って言える「何か」が欲しくなったんだ」
「!」
復讐の正当性や、愛情から来る庇護欲や、培われた価値観を相手にした時、小さなものかもしれない。
だけど、そんな時に感情や誰かを言い訳にしない自分なりの理由が見つけたくなったのだ。
「相手とちゃんと向き合える理由を見つけたいんだ」
免罪符でもなく、虚飾でもない相手と向き合える理由。
それは何もかも許されたいのでもなく、自分の弱さを隠すためのものでもない。
そんなものでこの世界に生きる人々の願いを壊していい筈などないのは百も承知だ。
それでも理由が欲しい。
生まれて初めて何かを得たいと心の底から感じ出したのだ。
「元の世界に帰る。
それだけで事足りるのではないのか?」
僕の根本的な行動理由にして目的をウェニアは挙げてきた。
そう僕にとってはそれが当たり前の理由だった。
その為に僕は彼女の臣下となった。
「今までならね……」
この世界、ザナに来てから色々と理不尽な目と酷い人間たちに苦しめられていたから僕はとっとこんな世界とはおさらばしたいと思っていた。
そもそも僕なんて佐川とかと違って、勇者様や英雄様なんて柄じゃない。
この世界の人間が困っているから助けなきゃいけないなんて思える様な人間じゃない。
そんな僕がこの世界に来てからの扱いを考えればそう思うのも無理はないだろう。
「だけど、僕はもう無関心とか、自分だけのことを考えていられない」
でも、僕は既にこの世界でそうじゃない人たちに出会ってしまった。
そして、彼らを苦しめているこの世界の歪さも知ってしまった。
なのにこのまま放り出すなんてことなんて出来ない。
「だから、僕は僕なりのこの世界と向き合っていく。
それに君が世界を変えるというなら、ちょうどいいと思えてきた」
世界が相手だから仕方がない。
それがこの世界の常識なんだから仕方がない。
現実を飲み込めばそれでいい。
そんな諦めなんかで自分を納得なんてしたくないと僕は思っている。
僕一人なら、そんな大それたことと思えかもしれないし、所詮、この世界にとって余所者な僕が何様のつもりで介入するのかという自問自答に陥っていただろう。
だけど、結局は状況に流されているだけかもしれないが、僕の目の前には世界を変えようとしている魔王がいる。
なら、彼女との契約を果たす形で僕なりにこの世界に抱いたこの世界への叫びをぶつけていきたい。
「ぷっ……!
何だ、それは?
私の野望をついで扱いと言うのか?
世界を手中に収めんとする野心を『ついで』と言うのか、貴様は?」
「だ、ダメかな?」
僕の戦いの向き合い方への理由探しを聞いた彼女は苦笑した。
世界を手にする。
そんな大きな野望を僕はちょうどいいと言った。
確かに馬鹿っぽいかもしれない。
「いや、それでよい」
「え?」
返ってきたのは意外にも嘲りでも、怒りでもなく、呆れでもなく、肯定だった。
「前に言ったであろう。
我は「詩」が好きだとな。
「詩」と言うのは、人間が一人一人が持つ人生の彩りだ。
「復讐」も所詮はその一つだ。
お前が欲する「理由」も彩りとなるであろう。
私にとってはそれが変わった程度だ。大して変わらん。
いや、むしろ、答えが分からぬだけ、その方が楽しみかもしれん」
ウェニアは以前、口に出した他者の「復讐」すらも人生の楽しみという考えが題目が変わった程度という認識であり、むしろ、楽しみだと語った。
ウェニアにとって、いや、ウェルヴィニアにとっては人の愚かしさだけではなく、抗いや探求すらも愛でるものであるのかもしれない。
「お前が得る報酬。
帰還の術だけではなく、その理由とやらも加えるべきかもしれんな」
「……うん」
何となく、ただ帰りたいと言うだけではなく、この世界に向き合う確かな理由。
それを僕は求めたい。
そんな熱い衝動を僕は生まれて初めて心の底から感じている。




