第9話 父の短い言葉
畑仕事の合間、父が珍しく声をかけてきた。
「レイン」
「ん?」
「最近、お前の様子が違う」
鍬を立てたまま、父は俺の方を見ている。
表情は普段と変わらない。
ただ、目だけが少し真剣だ。
「悪い意味じゃない。前より、落ち着いてる」
「……そうか」
「無理してるわけでもなさそうだしな。母さんも言ってた」
父はそこで一度、言葉を切った。
風が吹いて、小麦の穂がさらさらと揺れる。
「お前がこの村で普通にやっていけるなら、それでいい」
それだけ言って父は再び鍬を動かし始めた。
俺は少しだけ手を止めて、父の横顔を見た。
前世では、親にこんな風に言われた記憶があまりない。
「結果を出せ」「もっと頑張れ」——そういう言葉の方が多かった。
ここでは違う。
「普通にやっていけるなら、それでいい」
その一言が、妙に胸に残った。
能力のことを話すつもりはまだない。
だが、少なくとも家族は
俺の変化を否定していない。
それだけで、少し気が楽になった。
夕方、仕事を終えて家に戻る道中
リリアが遠くから手を振ってきた。
俺も軽く手を挙げて応える。
村の空気は、相変わらず穏やかだった。
そして、その穏やかさが
以前よりほんの少しだけ濃くなっている気がした。
俺が分けた小さな幸運のせいなのか。
それとも、ただの気のせいか。
どちらでもいい。
今日も、無事に一日が終わる。
それだけで十分だった。




