慰労会
翔子の管理下にある生殖世帯構成員は、全部で十二名。そのうち六名については、六男の達雄との共同管理となっている。
達雄は今年で三十二歳になる。兄弟姉妹のうち、末っ子でまだ学生の翔子を除けば、その多くが都心部や海外にも邸宅を構え、それぞれの専門分野で成果を挙げていた。
しかしながら、達雄は岩屋邸の自室で過ごしていることが多く、同じ屋敷に住んでいながら翔子とはほとんど顔を合わせることがない。どのような仕事をしているのかも、翔子は詳しく知らなかった。
知ろうと思えばいくらでも知る手段はある。
それでも今日まで知らないままだったのは、単純に翔子が達雄へ興味を持っていなかったからだ。
翔子から頼まれた00821は、午前のうちに他の構成員へ連絡を回した。
急な招集ではあったものの、もとより時間にある程度の余裕を持たせて組まれている業務である。反対する者はおろか、理由を尋ねる者すらいなかった。
岩屋宗一郎の孫娘の中では最年少で、いまだ学生の身とはいえ、翔子もまた第一階級に属する岩屋家の人間である。
その意向に異を唱えることがどれほど大それたことなのか、構成員たちは皆よく理解していた。
そうして正午を回り、昼食が終わると、構成員たちはそのまま食堂に残った。
00821を含めた十二名全員が同じ食堂の席につき、物音ひとつ立てることなく待っている。
やがて扉が開いた。
翔子が姿を見せると、全員が一斉に席を立つ。
翔子はそれを見て、片手をすっと下へ向けた。それだけで全員が再び着席する。
もう片方の手には、大きめの紙袋が二つ提げられていた。
そのまま食堂の中央まで歩いてくると、翔子は十二名を見渡してから静かに一礼した。
「いつもご苦労様。楽にしてくれていいわよ。急に集まってもらってごめんなさいね」
そこまで言って、手にしていた紙袋を少し持ち上げる。
「今日は日ごろのみんなの労をねぎらうために、紅茶とお菓子を差し入れに来たわよ!」
得意げに鼻を鳴らしてから、パンパン、と二度手を叩いた。
すると、入り口の外で待機していた翔子付きの使用人たちが、ティーポットとカップ、それから菓子の載った小皿を運び込んできた。
構成員たちの目の前で一人ずつ紅茶が注がれていく。
小皿にはクッキーが二枚。それに星形の小さな砂糖菓子が、上質な和紙に包まれて添えられていた。
「おぉ……」
最近になって配属された構成員の一人が、小さく声を漏らした。
それを聞いた翔子が、にこりと笑う。
「栄養価の計算はしてあるから、遠慮なく食べてちょうだい。今日は休憩もいつもより三十分長く取ってあるから、ゆっくりしてね」
00821には、これが今朝の話とどう繋がっているのかまったく分からなかった。
ただ、翔子が意味もなくこのようなことをするはずがない。
何か考えがあるのだろう。
そう結論づけて翔子へ頭を下げると、00821は和紙を開き、星形の砂糖菓子をひとつ口へ運んだ。
舌の上で、ゆっくりと甘みが広がっていく。
合成甘味料が主流となった現代において、精製した砂糖を使った菓子は高級品だった。第三階級である00821にとっては、月に一度口にできるかどうかという代物である。
思わず翔子の方へ目を向けた。
一瞬だけ目が合ったような気がしたものの、翔子はこちらへ視線を寄越すこともなく、そのまま別の構成員の席へ向かっていった。
一人ずつ順番に席を回り、日ごろの仕事について尋ねたり、短い労いの言葉をかけたりしている。
宗一郎に仕えていたころは妻と呼ばれていたものの、このようなことは一度としてなかった。
屋敷の中で翔子の評判がいい理由が、00821にも少し分かる気がした。
生まれ持った優秀さだけではない。
少なくとも、自分たちを人間として扱おうとしている。
岩屋家の人間で、自分たちの番号と顔を十二人すべて一致させて覚えている者など、翔子くらいのものかもしれない。
そんなことを考えながら何となく翔子を目で追っていると、不意にその表情が変わった。
ほんの一瞬だけ、辛そうに眉を寄せる。
翔子は目の前に立っている構成員の首筋へ手を伸ばした。
何かを確かめるように指先で触れ、そのあとすぐに彼女の袖を捲り上げる。
少し離れているため、何を話しているのかまでは聞き取れない。
ただ、構成員の顔からみるみる血の気が引いていくのは分かった。
翔子が何かを尋ねる。
女は浮かない顔のまま、小さく頷いた。
確か、10790だったはずだ。
年齢は自分より少し下だっただろうか。四分の三ほど外国の血を引いており、華奢で小柄ながら目鼻立ちが整っている。柔らかな金髪が印象的な女性だった。
00821は菓子を食べることも忘れて、その様子を眺めていた。
10790を見る翔子の目が、なぜか気になった。
そうして全員の席を一巡し、最後に00821のところへやってきた。
「00821、いつもありがとう。これは私からのお礼だから、好きなときに食べてちょうだい」
翔子から渡されたのは、透明な包装に包まれた砂糖菓子とクッキーだった。
周囲を見ると、どうやら全員が同じものを受け取っているらしい。
「ありがとうございます、お嬢様」
「いつものように、業務が終わったら私の部屋に来てね」
「はい」
翔子は返事を確認するでもなく、そのまま離れていった。
最後に全員へ簡単な挨拶をして一礼すると、使用人を連れて食堂を出ていく。
扉が閉まった。
途端に、食堂の空気がわずかに緩んだ。
第一階級の人間を前にしていた緊張から解放された安堵と、翔子が残していった笑顔の余韻とが混ざり合い、先ほどまでとは違う穏やかな空気が流れ始める。
00821は残っていた最後のクッキーを口に入れた。
咀嚼しながら、今起きたことを頭の中でもう一度順番に振り返ってみる。
翔子が何を確かめたかったのか。
なぜ10790にだけ、あんな顔をしたのか。
しばらく考えてみたものの、00821には特に新しい発見を得ることはできなかった。




