【第7話】迷子の少年
私たちは薬草を大量に抱えて、ミラノの街に帰ってきた。
受付のお姉さんは、私たちが差し出した最高品質の薬草の山を見て、「ひ、悲鳴をあげる暇もなく洞窟を蹂躙してきたのですね……!」と、これまた顔を真っ青にしてガタガタと震えていた。
でも、何はともあれ、初めての報酬として銀貨数枚を受け取ることができた。
(ふぅ……本当に緊張した。でも、なんとか初めてのクエストをクリアできてよかった……)
私は胸をなでおろし、懐の小さな革袋に収まった銀貨の重みを感じて、ほんの少しだけ達成感に浸っていた。
夕日に照らされたミラノの大通りは、家路を急ぐ人々や、夜に向けて明かりを灯し始める屋台の活気で満ち溢れている。
美味しそうな焼き鳥や甘いクレープの香りが漂ってきて、自然とお腹が鳴りそうになる。
すると、広場の方で何やら声が聞こえた。
「うわああああん!ママああああ!!」
少年の泣き声だ。
(どうしたんだろう……?)
私は「あんなクソガキ放っておけ」と容赦ないヴォルを無理やり引っ張って、広場へ向かった。
広場には、確かに男の子の姿があった。
身長は120センチくらい。
年齢は10歳くらいだろうか。
仕立ての良い、金色の刺繍が施された上質な青い上着を着て、サラサラの銀髪をきれいに七三に整えている。
お人形のように整った顔立ちをした、いかにも良家のお坊ちゃん風の子供だ。
生意気にも、腰には小さな装飾用の木剣を差している。
(もしかして、お母さんを探しているのかな……?)
男の子は腕を組み、フンと顎を尖らせて、いかにも「僕は忙しい大人です」と言いたげな澄ました顔をしている。
けれど、その場で何度も足踏みをしたり、通り過ぎる大人たちの顔を必死に追っては落胆したりしている。
私はスケッチブックに「迷子になっちゃったの?」と書き、男の子に恐る恐る差し出した。
男の子はスケッチブックの文字を面倒くさそうに見ると、小さく肩を震わせた。
しかし、彼はすぐさま腕を組み直し、フンと冷笑的な笑みを浮かべてみせる。
ものすごく澄ました顔で、いかにも「僕は大人です」と言いたげな、生意気な口調で言い放った。
「……ハハン。見苦しいね。そこの黒髪のお姉さん、ボクを誰だと思っているんだい? ボクの名前はティオ・ローレンス。いずれこの国、いや世界に名を轟かせる未来の特級冒険者さ。ボクほどの男になると、この広大な広場の美しさをじっくりと『鑑賞』するために、あえてここに留まっているのさ。迷子だなんて、危機管理能力の低い子供と一緒にしないでほしいね」
すると、ヴォルがティオを睨んでいぶかる。
「は?お前、さっき『ママああああ!!』とか情けないこと言ってただろ。お前も危機管理能力の低い子供と一緒じゃねえか」
「この僕が?『ママああああ!!』だと?ふざけないでくれよ。もじゃもじゃ白髪のお兄さん、耳が腐ってるんじゃないんですか?そこらの子供と一緒にしないでくれたまえ」
「あぁ?!誰がもじゃもじゃ白髪だ!?まだ若いっつーの!!」
二人がばちばちと睨み合っている。
(わわ、二人とも落ち着いて……!)
ヴォルが前髪を跳ね上げながら、まだ小さいティオに向かって本気で吠える。
伝説の黒竜としての威厳はどこへやら、10歳の子供相手に額に青筋を立ててムキになっている。
二人がバチバチと火花を散らして睨み合う中、私の『万物同調』のスキルが、生意気なティオくんの『もう一つの本音』をダイレクトにキャッチした。
『(わ、わあぁぁぁん!! ごめんなさいごめんなさい!! 本当はボクだってめちゃくちゃ怖いよぉぉ!! 完全に迷子になって大パニックになってたところに『ママ』って叫んだの完璧に聞かれてたぁぁ!! 恥ずかしいよぅ!! しかもこのお兄さん、口ゲンカは子供っぽいけど目がマジで化け物みたいで超怖いよぉぉ!! 殺される、ボク一瞬で消し炭にされちゃう!! お姉さん助けて! あのゴリラみたいな怖いお兄さんからボクを守ってぇぇ!!)』
(ええっ!? ティオくん、心の中だとやっぱり大号泣状態だよ……! あとヴォルくんはゴリラじゃないよ、伝説の黒竜だよ……!)
ティオくんの表面のふてぶてしい態度とは裏腹に、脳内は完全に涙目だった。
ヴォルに詰められてかわいそうだと思った私は、ティオに近づき、ガチガチに固まった手で頭を撫でた。
そして、「私が守るからね」と言う意思を伝えるために、こくこくと深くうなづいた。
すると、ティオの顔が耳の付け根から首元まで、一気に真っ赤に染まった。
私の手の下で小さく身を硬くさせながら、フイッとそっぽを向く。
けれど、私の『万物同調』がキャッチした彼の脳内の声は、すでに大変なことになっていた。
『(うわあああああん!!! お姉さんがボクの頭を撫でてくれたぁぁ!! 手がちっちゃくてちょっと震えてて、でもすっごくあったかくて優しいよぉぉ!! 天使だ、本物の女神様がここにいた!! 好き!! ボクもうお姉さんのこと一生離さない!! 本当は今すぐその白くて柔らかそうな手をギュッて繋いで、このままボクのお家に連れて帰って毎日ナデナデしてほしいよぉぉぉ!!!)』
(ええええ!!すごい懐かれちゃった……!!)
ティオくんは口元をワナワナと震わせながら、ツンと顎を尖らせて精一杯の虚勢を張った。
「な、何だいっ……! ボクは子供じゃないんだから、安易に頭を撫でないでくれたまえ! 無礼じゃないか! ……で、でも、どうしてもボクの『広場鑑賞』に同行したいって言うなら、後ろからついてくることくらいは許可してあげなくもないけどね!」
すると、ヴォルが間にぐいぐいと入ってきた。
「おい、クソガキ。誰の許可をもらってさくらに頭を撫でられてやがる。その生意気な頭、今すぐ俺のインフェルノで消し炭にしてやろうか」
ヴォルくんが前髪の隙間から、本物の竜のような恐ろしい眼光でティオくんを睨みつける。
周囲の空気が一瞬で氷結したかのように重くなった。
だけど、ヴォルくんの『脳内インフェルノ』は、それ以上に凄まじい大パニックを起こしていた。
『(うおおおおお!!俺だってまだ一度も頭を撫でられたことがないってのに、このクソガキはあああああ!!初対面のくせに頭を撫でてもらって!!悔しい、悔しいぞちくしょおおおおおおお!!)』
(ええっ、ヴォルくんも撫でて欲しいの?!)
ヴォルくんは素早く私の前に立ちはだかり、ティオくんから私を隠すようにマントを広げた。
ティオくんは「ヒッ」と一瞬肩を震わせたものの、そこはさすが良家のお坊ちゃん、すぐにふてぶてしい笑みを浮かべ直した。
「ふん、ただ体が大きいだけの野蛮な脳筋冒険者には用はないよ。ボクは常にスマートに物事を解決するだけさ。」
『(ひいいぃぃ!! 目がマジで化け物みたいで超怖いよぉぉ!! 殺される、ボク一瞬で消し炭にされちゃう!! お姉さん助けて! あとボク、本当は鑑賞なんかしてない! 完全に迷子! 家に帰りたい! お腹空いたよぉぉぉ!!!)』
私は一言も喋れないまま、二人の「ツン(表)」と「デレ(裏)」の応酬を頭の中で同時に受信し続け、情報過多で頭がパンクしそうになっていた。
(ああもう、二人とも頭の中も外も大騒ぎだよ……!)
とりあえず、今は二人のプライドの張り合いよりも、ティオくんをお家に帰してあげるのが先決だ。
私は言葉が出ない代わりに、スケッチブックをパタパタとめくり、新しいページに「一緒にお家を探そう?」と書いて、ティオくんに見せた。
ティオくんはフンと鼻を鳴らした。
「ふん、ボクが案内してあげるからついてくるがいい!」
自分がリードするフリをして歩き出そうとするが、足元がおぼつかない。
どっちに行っていいか分からないのだ。
そんなティオくんの様子を見て、私の頭の上で大人しくしていたぷに丸が、しびれを切らしたように動いた。
「きゅぴ〜?」
ぷに丸はポヨンと私の頭から飛び降りると、ティオくんの足元へと転がっていった。
そして、その水色のプルプルした体を巧みに変形させ、ティオくんのズボンの裾を引っ張って「こっちだよ」と案内し始めたのだ。
実はぷに丸、さっきギルドから歩いてくるときに、ローレンス家の紋章が入った大きな馬車が、近くの通りを探し回るように走っていたのを見覚えていたらしい。
「な、なんだいこのゼリー野郎は……。まぁいい、そのゼリーがどうしてもと言うなら、そっちの道も『鑑賞』してあげようじゃないか」
ティオくんは必死に言い訳をしながら、ぷに丸の後をトコトコとついて歩き出した。
すると、私たちは大通りに出てすぐ、青い顔をしてティオくんを探していたローレンス家のメイドや護衛の大人たちを見つけることができた。
時間がかかると思っていたら、ほんの20秒で見つかったようだ。
「坊ちゃまーっ!! 探しましたぞ!!」
「まったく、勝手に馬車を降りて走り出すから……!」
大人たちに囲まれ、ティオくんは再び腕を組み、ふんぞり返ってフンと鼻を鳴らした。
「ふん、騒々しいね。ボクにかかればミラノの街の構造を把握するなんて朝飯前さ。ちょっと散歩をしていただけだよ。じゃあね、そこにいる無能で口の悪いもじゃもじゃお兄さんと、……優しくて綺麗なお姉さん」
ティオは最後まで格好をつけたまま、メイドたちに連れられて馬車へと乗り込んでいった。
嵐のように去っていった少年を見送った後、大通りに残されたヴォルくんが、ものすごく不機嫌そうな顔で私の服の袖をツンツンと、少し強めに引っ張ってきた。
「おい、さくら。あんな生意気で口だけの迷子ガキのことは一瞬で忘れろ。……それより、さっきの薬草の報酬が入ったんだ。美味いもんでも食いに行くぞ。俺が最高級の店で、美味いカレーを奢ってやる。だから……」
そこまで言うと、ヴォルがもごもごと口を動かす。
(……??)
私のヴォルに向けての万物同調は、ただ端的にこう呟いた。
『(奢ってやるから、俺のことも撫でてくれよ……)』
(ええっ、伝説の黒竜を撫でるの……?!)
私は戸惑いながらも、ヴォルに一歩ずつ近づき、亀さんスピードで頭をそっと撫でた。
「……っ!?」
すると、ヴォルの顔が赤風船のように真っ赤に染まった。
「な、なななな、何触ってるんだよ!!俺を誰だと思ってるんだ!!」
(え!触って欲しいって言ってたのに……!)
ヴォルくんはガバッと飛び退くように私から距離を取ると、まるで世紀の大犯罪でも犯されたかのように大慌てで自分の髪をぐしゃぐしゃと掻きむしった。
湯気が出そうなほど真っ赤になって憤慨している。
理不尽な怒られ方に私が心の中でそっと眉をひそめていると、ヴォルは「うおおおおおお!!」と言いながら、猛ダッシュでカレー屋さんに行ってしまった。
(ま、待ってよおおお!!)
「きゅぴー!!」
私とぷに丸は、どんどん小さくなっていくヴォルを必死に追いかけるのであった。




