【第6話】初めてのクエスト
翌日、私たちはミラノの街の真ん中に位置する「ギルド」へ向かった。
「冒険者はここでクエストを受けて、その報酬で生計を立てているらしい。……まあ、俺レベルになれば、そんなん受けなくても、野良で生きていけるけどな」
ヴォルから説明を受け、私は深憂を抱いた。
(ええっ、クエスト……?何だか難しそう、私なんかでもできるのかな……?)
これから先、私は生を営めるのだろうか……
不安になりながらギルドへ入ると、そこはホテルのように綺麗だった。
木造建てで、掃除がきちんとされている。
ギルド内の真ん中に掲示板が掛かっていて、その隣にカウンターがある。
どうやら、掲示板でクエスト一覧を見て、カウンターで受付をするらしい。
私たちは掲示板をじーっと見る。
「ハッ、どれもお前にとっちゃ難しすぎるな!何も出来やしねえ!!」
ヴォルは掲示板をバシバシ叩き、酸欠になりそうなほど笑い転げている。
(失礼な!私だって、やればできるもん!!)
逆ねじを食わせてやろうと思ったけど、相手は伝説の黒竜。
勝ち目がないよ……!
何とか簡単なクエストはないかと探していると、「薬草採取」の文字が目に入った。
これなら、私でも出来そう……!!
私は背中を向けて笑っているヴォルの肩を叩き、薬草採取のクエストを指差した。
「……あぁ面白え。……あ?薬草採取?ハハッ、さくらには雑草摘みがお似合いかもな」
またもや蔑みを受けた私は、ショックを受け、カウンターにとぼとぼと向かった。
「こんにちは。クエストの受付でしょうか?」
カウンターのお姉さんが、優しく声をかけてくれる。
私はこくこくとうなづいた。
「初めての方には、こちらにお名前をご記入いただいてもらっています。ご記入いただけませんか?」
私は、カウンターの方から、小さな紙を受け取った。
(どうしよう、書けるかな……?)
実のところ、私はこの緘動のせいで、字もまともに書けないのだ。
学校の小テストで一文字も書けずに補修になったり、授業のみみずみたいな字の板書を、家でまとめ直したりするという苦い思い出がある。
私は力が入りすぎている手を懸命に動かし、何とか「初心者の姫乃さくらです」と書いた。
しかし。
「……ええっ!?『瞬殺です』?!?!」
カウンターのお姉さんは、みるみる青ざめた顔になり、呼吸が乱れている。
悲しいことに、「初心者」の文字が「瞬殺」に見間違えられてしまったようだ。
(ど、どうしよう……!!)
あろうことか、お姉さんの大声に反応し、周りの冒険者たちが皆こちらを見ている。
「おい見ろよ……あのお嬢ちゃん、ギルドを瞬殺する気だぞ……」
「とんでもねえ化け物が来ちまった……」
私は一気に全身に力が入り、緘動状態になった。
(ヴォ、ヴォルくん……!!)
私はヴォルに助けを求めるが、ヴォルは「ハッ、攻撃力10のお前が瞬殺だと?!嘘も大概にしろよ、ハハハハ!!」とまたもや笑い転げている。
私は全てを諦め、悟りを開いた……
私は何とか誤解を解き、クエストに行くことができた。
場所は、ミラノの街の近くの洞窟。
洞窟の奥にある薬草を採取するというものだ。
「……おいさくら、洞窟は草原に比べて凶暴な魔獣がうじゃうじゃいる。足を引っ張るなよ」
ヴォルが息を吐くように、私にプレッシャーをかけた。
そ、そんなことを言われても……!
すると、ヴォルの声に反応したのか、影からぴょんぴょんとスライムが現れた。
「きゅぴー!!」
頭の上のぷに丸が反応する。
一匹現れたかと思いきや、二匹、三匹、四匹……
ちょ、ちょっと待って、どんだけ出てくるの?!
気づいたら、スライムが15匹も現れてしまった。
(ど、どうしよう……!!)
本日二回目の「どうしよう」に応えるように、頭の上のぷに丸が叫ぶ。
「きゅぴーーー!!!」
すると、ぷに丸はさくらの頭から飛び降り、スライムの大群に丸裸で突っ込んでいった。
(あ、危ないよ……!!)
そして、私の万物同調が反応する。
(『あいつ、人間に飼われてやがるぜ』)
(『ははっ、魔獣のプライドも無しかよ』)
(『お前ら、やっちまえーー!!』)
わーーーーーーー!!!
ぷに丸はあっという間に揉みくちゃになってしまった。
今、どこにぷに丸がいるのか、さっぱり分からない。
側から見ると、スライムたちのじゃれ合いのように見えて、危険性はない。
「ハッ、雑魚同士の喧嘩かよ。見る価値もねえな」
ヴォルくんは相変わらずぶいぶい言っている。
だけど、このままじゃ、ぷに丸が怪我しちゃう……!!
私は胸の奥が痛み、必死にぷに丸を探す。
……あ!いた!!
すると、私はぷに丸に向かってダーーッと走り、抱き寄せた。
(喧嘩しちゃ、ダメーー!!)
ぎゅーーー。
「ぎゅ、ぎゅぴぃぃぃぃぃぃ……」
なんと、抱き寄せる力が強すぎて、ぷに丸が縦に潰れてしまったのだ。
(ご、ごめん……!!)
すると、周りのスライムたちが衝撃を受ける。
(『ひいいぃぃぃ!!あいつ、ペットを殺したぞ!!』)
(『とんでもない裏切り者だ!!』)
(『逃げろおおおぉぉぉぉぉぉ!!』)
(待って、違うの、待ってええええええ!!)
私の心の叫びは聞こえるはずもなく、スライムの大群は足早と逃げていってしまった。
「ふん、まあ、お前にしちゃ良くやったんじゃないのか?」
ヴォルは相変わらず偉そうだが、心の中では「味方をあえて裏切るという斬新な戦い方か……!?」と足をガクガクさせていた。
「きゅぴ?」
ぷに丸は、いつの間にか元の形状に戻っていた。
でも、とにかく、ぷに丸を助けられてよかった……!
スライムたちが蜘蛛の子を散らすように去っていき、再び静まり返った洞窟の通路。
私は、完全に濡れ衣を着せられてしまったショックで、その場に呆然と立ち尽くしていた。
(そんな……殺してないのに……。ただ、ぎゅーってしただけなのに……!)
私の心の嘆きをよそに、洞窟のさらに奥――濃い闇の中から、おぞましい地鳴りのような足音が響いてきた。
「――グルルルル、ガルルァァァ!!」
空気の温度が、一気に下がったような錯覚に陥る。
闇を切り裂いて現れたのは、漆黒の毛並みと血のように赤い目を持つ巨大な魔獣――「シャドウウルフ」だった。
スライムたちの天敵であり、この洞窟の本当のボスだ。
(ひっ、怖いよお……!!)
あまりの恐怖に、一瞬で全身の血の気が引いていく。
足に強烈な重圧がかかったように、また一歩も動けなくなる。
完全な緘動状態だ。
「チッ、めんどくせえな。コバエの次は犬っころかよ」
ヴォルが鬱陶しそうに片足に重心をのせて立っている。
だが、私の万物同調へと飛び込んできた彼の『脳内インフェルノ』は、すでに大パニックを起こしていた。
『(うおおおおおおおおおお!!! さくらが恐怖で震えてるじゃねえか!! もし、さくらの綺麗な肌に一ミリでも傷がついたらどうするんだ!! 許さん、絶対に許さんぞ!! さくら、危ないから早く俺の背中に隠れろ! 俺の服の裾をぎゅって掴んでろおおお!!!)』
(ヴォルくん、やっぱり心の中だとめちゃくちゃ過保護だ……!)
ヴォルが臨戦態勢に入ろうとした、その時。
私の頭の上で、元の形にプルンと戻っていたぷに丸が、激しく身震いをして怒り狂った。
「……きゅ、きゅっ、きゅぴぃぃぃ!!」
ぷに丸は私の頭から飛び降りると、短い手(?)を激しく動かし、地面の土をガッと掴んで「ドババババッ!」とシャドウウルフの顔面に投げつけた。
「キャンッ!?」
まさかの泥臭い目潰し攻撃。
ウルフが視界を奪われてガタガタと怯んだ、その瞬間だった。
ぷに丸の体が、あり得ないサイズにまでグワッと巨大な口のように裂けた。
まるでブラックホールのような驚異の吸引力が巻き起こる。
「きゅぴいいいいいいぃぃぃぃ!!!」
――ゴクッ。
「……は?」
横で見ていたヴォルが、本日一番の間抜けな声をあげた。
なんとぷに丸は、自分より何倍も大きいはずのシャドウウルフを、一瞬で丸呑みにしてしまったのだ。
静まり返る洞窟。
すると、岩陰からそっと様子を窺っていた、さっき逃げ出したはずのスライムたちが、ガタガタと震えながら再び姿を現した。
彼らの怯えきった声が聞こえてくる。
『ひ、ひえええ! あの水色の塊、ペット殺しの次はウルフを一口で食べたぞ!?』
『魔獣のプライドどころか、バケモノだー! 逆らったら僕たちも食べられちゃうー!』
スライムたちは涙目になりながら、ぷに丸に向かってペコペコと何度も平伏している。
そして、さっき悪口を言っていたリーダー格のスライムが、プルプルと震えながら、洞窟の壁の隠し通路を指差した。
『あ、あそこに……一番美味しくて、高値で売れる極上の薬草が、たくさん生えてます……! だから食べないでぇぇ!』
(わあ、恐怖で支配しちゃったけど……薬草の場所を教えてくれた!)
こうして、私たちは無事に目的の薬草を大量に手に入れることができた。
帰り道、隣を歩くヴォルはぽつりと言った。
「チッ。今日はゼリー野郎に一本取られたな。あんなやつ、インフェルノで消し飛ばしてやればよいものを……」
しかし、私の脳内ではヴォルの本音が聞こえていた。
『(……あのゼリー野郎、まさか俺のブレス級の胃袋を持ってんのか……? 怒らせたら俺も食われるんじゃねえだろうな……!?)』
(ヴォルくん、ぷに丸を完全に恐れてるよ……!)
当のぷに丸は、お腹をスイカのようにぽっこりと膨らませて、「きゅぴ〜」と満足そうに私の頭の上に鎮座している。
私は苦笑いしながら、その丸い体を優しく撫でてあげるのだった。




