【第5話】ヴォル・カタロスの過去
呉服店を飛び出したヴォルを、私は必死に追いかけた。
新しく買ってもらった白いマントの旅装服が風にひるがえる。
(ぜえ、ぜえ、速すぎる……!!)
すばやさが3しかない私が大の大人を追いかけるのは、なかなか骨が折れる。
ミラノの街はのどかで、ゆったりとした方が多いから、走っている人がいれば、それはそれは奇異な視線を送られてしまうのだ。
(みんな、こっちを見てる……。恥ずかしいよ……!)
なんとか追いついたものの、ヴォルは私と絶対に目を合わせようとせず、相変わらず耳まで真っ赤にしたままスタスタと歩いていく。
(やっぱり、物凄く怒らせちゃったのかな……。お店で大声を出すくらいだし、私の着替えが遅くてイライラさせちゃったのかも……)
私が心の中でシュンとしていると、頭の上のぷに丸が「きゅぴ?」と慰めるようにぷるぷると揺れた。
そんな私の不安をよそに、私の『万物同調』スキルは、前を歩く黒竜の凄まじい大音量の本音を受信し続けていた。
『(クソがぁぁぁ!!! さっきの余韻が頭から離れねえだろ!! なんだあのモジモジした破壊力は! 思い出すだけで顔から火が出そうだ!! まだ胸の動悸が収まらねえ、伝説の黒竜たるこの俺が、人間の小娘一人の私服姿にここまで狂わされるなんて、絶対に認めんぞ……!!)』
(……えええ。怒ってるんじゃなくて、まださっきの服のことでパニックになってるの?!)
ヴォルの脳内インフェルノ(大爆発)っぷりに圧倒されていると、彼は不自然にカクカクとした動きで足を止め、一軒の店の看板を指差した。
「おい、次はここに行くぞ。さくらは体力が死ぬほどないから、回復薬草を大量に買わないとな。」
体力いじりをされた私は、不服ながらも目の前のお店を見上げた。
そこは、怪しげな骨董品から日用品までが所狭しと並ぶ「道具屋」だった。
カランカラン、とドアベルが鳴り、私たちは店に足を踏み入れる。
カウンターの奥からは、いかにも頑固そうなドワーフの店主が「いらっしゃい」と声をかけてきた。
ヴォルはふんっと鼻を鳴らし、私はぺこっと小さくお辞儀をした。
店内は薄暗く、いろんなものが散乱していて、魔石を使ったランプがちかちかと点滅している。
小さな瓶がたくさんある……
これが薬草ってやつなのかな……?
これは何だろう、ドクロマークがついてるけど、大丈夫なのかな……?
すると、私はあるものが目に入る。
古びた木箱に入った小さなお茶セットと、厚いスケッチブックだ。
お茶セットには「350ルピ」、スケッチブックには「150ルピ」と書いてある。
急須には、水色のお花が控えめに描かれていて、どこか神秘的な様子だ。
(わあ、可愛い……!)
私がお茶セットをじーーっと見入っていると、ヴォルが割り込んできた。
「ハッ、そんな安物のお茶セットとスケッチブックが欲しいのか?これから危険な旅をするってのに、お前の頭はお花畑だな」
み、見てただけだもん……!
ヴォルの人を蔑む(さげすむ)態度には、つくづく鼻につく。
しかし。
『(うおおおおお!! なんだあのキラキラした目は! お茶セットになりたい! むしろ俺が茶葉になって煮出されたいわクソがああぁぁ!!)』
(……いや、心の中ではめちゃくちゃ大興奮してるじゃん!)
ヴォルは感情の裏表が激しい。
何か素直になれない原因があるのかな……?
……それにしても、お茶セットから離れようと思っても、なかなか離れられない。
何だか、目を惹かれるものがある。
(やっぱり、これが欲しいな……!)
私はお茶セットとスケッチブックを手に取り、ヴォルを見つめる。
「……あ?何だよ、本当に買うつもりか?」
私はこくこくとうなづく。
「チッ、しょうがねえな。……あ、分かったぞ。そのお茶セットで魔獣をぶん殴る案だな?それなら、買ってやらんこともない」
すると、店主はガタガタと震えながら、心の中で涙を流していた。
『(ひ、ひえええ! あのお茶セットで魔獣を撲殺する気か!? あのお嬢ちゃんは、血に飢えた狂戦士なのか……?!)』
何だか勘違いされけど、会計を済まし、私はお茶セットとスケッチブックを手に入れることができた。
ヴォルは大量の薬草を抱えている。
その様子から、私の体力にどれだけ信頼されていないかが見て取れる。
確かに、体力には自信はないけど、だからって、そんなに買わなくてもいいじゃん……!
その日の夜、私たちはミラノの街で一番上等な宿屋に泊まることになった。
ヴォルが金貨を豪快に投げつけてとった、最上階の部屋だ。
「きゅぴー!」
頭の上のぷに丸が最上階の景色を見て声を弾ませている。
「ハッ、こうやって最上部から人を見下すのは気分がいいな、そうだろう?ゼリー野郎」
「きゅぴ?」
ヴォルは、相変わらずぶいぶい言っている。
(そんな変なことをぷに丸に聞かないでよ……!)
そうやって変な言葉をぷに丸が喋っちゃったら、私どうしよう……!
私はそんな不安も抱きつつも、買ってくれたお茶セットを取り出し、宿の厨房から借りてきたお湯で、不器用ながらもお茶を淹れてみた。
お茶の良い香りが部屋に広がる。
私は机の上にトントンとお茶を置くと、新しく手に入れたスケッチブックの最初のページに、買ってもらったばかりのペンで文字をさらさらと書いた。
そして、それをヴォルの前に差し出す。
『ヴォルくん、お茶どうぞ。……あと、お話を聞いてもいい?』
ベッドに寝転がっていたヴォルは、めんどくさそうに起き上がると、お茶をずずっとすすり、フンと鼻を鳴らした。
「茶を入れるとは、たまには役に立つじゃねえか。……で、話って何だよ。俺は忙しいんだ」
私は次のページをめくり、ずっと気になっていた質問を書いて見せた。
『昼間言っていた、「昔この街を滅ぼした」っていうのは、どういうこと?』
その文字を見た瞬間、ヴォルの目が一瞬、冷たく鋭い竜のそれへと変わった。
彼は自嘲気味にニヤリと笑う。
「なんだ、恐ろしくなったか? 最初に言っただろ、俺は最凶の黒竜だ。何十年か前、この街の人間どもが俺の昼寝の邪魔をしやがった。だから、不愉快になってブレス一発で消し飛ばしてやった。それだけの大したことのない話さ。さくらも、俺の機嫌を損ねたらどうなるか分からねえぞ?」
私を脅すように、冷酷な声で語るヴォル。
普通の人間なら、恐怖でガタガタと震え出すような場面。
……だけど、私の『万物同調』スキルは、彼のそんな演技をこれっぽっちも許さなかった。
『(本当は……この街の悪い権力者どもに、俺の数少ない友達だった精霊たちを捕らえられて、傷つけられそうになったから暴れただけだ……。結局、友達は助けられなかったし、街もめちゃくちゃにしちまった……。……クソ、こんな血生臭くて凶暴な話、さくらには聞かせるわけにはいかねえな。こんな話を聞いたら、さくらは俺のことを人殺しの化け物だと思って、怖がって離れていっちまうよな……)』
ヴォルの心からの悲痛な叫びが、私の胸に痛いほど伝わってくる。
口では強がっているけれど、彼は誰よりも優しくて、傷つきやすい心を持っているんだ。
そして、私のことも気遣ってくれている。
私はじっとヴォルを見つめた。
ヴォルは私の視線を恐れるように、ふいっと顔を背けようとする。
私は急いでペンを走らせ、スケッチブックを彼の目の前に突き出した。
そこには、私の心からの気持ちが書かれていた。
『ヴォルくんは、とっても優しくて、かっこいいね』
「――は?」
ヴォルは間抜けな声を出した。
そして、目を見開いて、スケッチブックの文字と私の顔を交互に見た。
私は言葉が出ない代わりに、全力で、何度も何度もコクコクと首を縦に振った。
嘘なんかじゃないよ、と伝えるために、彼の目をまっすぐに見つめる。
その瞬間、本日何度目か分からない、ヴォルの脳内大爆発が最大風速で巻き起こった。
『(は、はあぁぁぁああんんん!?!? 優しくてかっこいいだとォォォ!!! 化け物って怖がるどころか、そんな、聖母みたいな優しい笑顔で俺を見るなクソがあぁぁぁ!!! なんだその包容力は! 女神か!? お前が女神なのか!? 胸が苦しい、心臓が爆発するどころか、全細胞が消滅しちまううううううううっっっ!!!!)』
「ば、馬鹿言え!! 俺は最凶の黒竜だっつってんだろ!! ったく、お前はおめでたい頭してやがるな!!」
ヴォルは顔を耳から首筋まで、トマトみたいに真っ赤に染め上げると、もの凄い勢いでベッドの中にダイブした。
そして、頭からすっぽりと毛布を被って丸くなってしまう。
「きゅぴ?」
頭の上のぷに丸が、不思議そうに首を傾げた。
(あれ……? やっぱり、私の的外れな慰め方に、物凄く怒っちゃったのかな……?)
毛布の中でガタガタと震えているヴォルを見て、私は「明日からの旅、大丈夫かな……」と、小さくため息をついた。
「きゅぴーー!!」
すると、今まで静かに二人の様子を見ていたぷに丸が、急にヴォルの毛布の中に入り込んだ。
「あぁ!?てめえ、何しやがる!!」
「きゅぴきゅぴーー!」
「ふざけやがって、殺すぞ!!」
それはまるで、動揺しているヴォルをからかっているような行動だった。
(……ふふっ、二人とも仲がいいなあ)
私はそんな様子を見て、心が軽やかになったのであった。




