【第33話】愛してると言ってくれ
――ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!
強烈な光の渦に揉まれながらゲートを通り抜けた私たちは、そのまま冷たい地面へと投げ出された。
恐る恐る目をあけると、そこはさっきまでの歯車だらけの世界とは一変、どんよりとした紫色の霧が立ち込める、不気味なお墓のような空間だった。
頭の上では、さっきの爆風でぬるま湯のようになっていたぷに丸が、「きゅぴぃ……」と元に戻りながら身を縮めている。
ズサァ……、ズサァ……。
霧の奥から、無数の不快な引きずるような足音が聞こえてきた。
「……おい、何かが来るぞ」
ヴォルが低い声で警戒を促し、両手に滅びの炎を宿す。
「さくらさん、私の後ろへ!」
レオンも素早く聖剣を構え、私の前に立ちはだかってくれた。
霧を引き裂いて姿を現したのは、衣服がボロボロに擦り切れ、肌が青白く腐敗した――本物の『ゾンビ』の群れだった。
しかも世界のバグのせいか、体の一部がモザイクのようにチカチカと点滅している。
「アァァ……オォォ……」
(う、うわあああああああ!!大本命が来ちゃったよぉぉぉぉぉ!!! 歯車メカも怖かったけど、ゾンビはジャンルが違いすぎるでしょぉぉぉ!!!)
ホラー映画が大の苦手な私は、その場で頭が真っ白になった。
あまりの恐怖に喉の筋肉がチタン合金並みにロックされ、悲鳴の一文字すら出てこない。
私は押し寄せるゾンビの壁を見て、パニックのまま後ろを向いて全力で走り出した。
「おい、さくら! どこ行くんだ!?」
「さくらさんっ!」
背後で二人の叫び声が聞こえる。
しかし、焦って走った私の足元から、靴がポロッと片方脱げて転がってしまった。
(うわあっ!!)
まさにシンデレラのような靴の脱落。
「チッ、世話の焼ける!」と背後でヴォルがそれを拾い上げる気配がしたが、今の私に振り返る余裕はない。
しかし、逃げた先もゾンビ、ゾンビ、ゾンビ!
無限に湧き出るゾンビの群れの質量によって、私はヴォルやレオンたちから完全に隔離され、気づけば透明なバグデータの結界(窓ガラスのような壁)の向こう側に閉じ込められてしまっていた。
(う、うわえーん! 完全に孤立しちゃったよぉぉぉ! 助けて、誰か助けてぇぇぇ!!)
結界の隙間から遠くにいるヴォルたちに向かって、私は必死に両手を伸ばした。
言葉が出ないから、必死に口パクと、覚えたてのジェスチャーで、『た・す・け・て――!!』と、涙目で激しく手を振って、必死の想いを(手話のように)紡ぎ出す。
その時、私のスキル『万物同調』が、目の前に迫るゾンビたちの脳内を強制受信した。
その中心にいる、なぜかトヨエツ(豊川悦司)並みの圧倒的な色気でボロボロの髪をかきあげた「イケメン風ゾンビ」が、私の手振りを見て激しく胸を打たれていた。
『(お、おい……見ろよ、あの真ん中の黒髪の女の子……)』
『(……なんて美しい、そして切ない目線なんだ。俺たちのような醜いバグデータ相手に、声を出すことすら忘れて、あの美しい両手で必死に何かを伝えようとしてくれている……っ!)』
『(言葉の壁を越えて、俺たちに何かを伝えようとするあの健気な姿……まるで、井の頭公園の池でボートに乗って静かに愛を育んだ、あの初期の二人のようだ……っ!)』
(違うの! 誰も井の頭公園でデートしてないし、ただ普通に助けてほしいだけなのーーー!!)
焦った私は、胸に抱えていたスケッチブックをすばやく開き、ガタガタ震える手で『たすけて』と書いて、結界越しにゾンビたちの目の前に差し出した。
まるで、ガラケーすらない時代に、深夜のファックス機からジワジワと手書きの手紙が印刷されて出てくるかのような、もどかしくも情熱的なアプローチである。
すると、それを見たゾンビたちが、一斉に胸を押さえて激しく震えだした。
『(う、ウオォォォォン……ッ!! 手書きだ! 現代のデジタルデータを拒絶し、あえて手書きの文字で、俺たちの魂に直接メッセージを伝えてくれている……っ!)』
『(これは、言葉の壁を越えた、究極の愛の告白……! 俺たちに『愛してると言ってくれ』と、そう仰っているんだな……ッ!?)』
『(ああ、胸が熱い! こんな純愛、90年代のトレンディドラマでしか見たことがねえ……ッ!!)』
イケメン風ゾンビが、私の手書き文字に心震わせ、覚えたての手話で私の名前を呼ぶように『さ・く・ら』と不器用に指を動かしてきた。
「私の名前、呼んで」のシーンをゾンビ側からやられるなんて誰が想像しただろう。
さらに、結界の向こう側では、ゾンビの別の群れが、なぜか佐野史郎さんばりの狂気的なマザコンオーラを放ちながら、バグで出現した木馬にまたがってニヤニヤと私を見つめている。
(冬彦さんまでいるぅぅぅぅーーー!!! ゾンビ相手にトレンディな恋愛要素が渋滞しててどうするのぉぉぉぉ!!!)
私の悲痛なツッコミを置き去りにして、イケメン風ゾンビは涙(ただの濁った体液)を流しながら、結界を拳で叩き始めた。
誤解から心の距離が離れてしまい、紘子の部屋のドアを何も知らずに必死に叩き続けた、あの切なすぎる「ドアのノック」の再現である。
「アァァ……(開けてくれ、さくら……俺たちの愛の扉を……っ!)」
(叩かないでぇぇぇ! 結界が割れたら私が食べられちゃうでしょぉぉぉ!!)
あまりの恐怖に、私は結界の向こうで走る電車の窓をガバッと開け、遠くでゾンビをなぎ倒しているヴォルに向かって、涙目で口を大きく開けた。
声は出ない。
けれど、あの伝説のシーンのように、心の中で全力で叫んだ。
(こうじーーーーーーっ!!!!! じゃなくて、ヴォルくーーーーーーんッ!!!!!)
すると、イケメン風ゾンビは、永遠の別れを前にして駅のホームの反対側から声を振り絞った晃次の如く、腐敗した喉から「……く、ら……っ!」と私の名前を叫び、その場にガサリとひざまづいた。
そして、夕日のような不気味な赤いバグ光線が差し込む中、ゾンビは私を愛おしそうに見つめ、海辺のラストシーンのようにひざまづいたまま私を優しく抱擁……しようとしてきた。
「おい、死に損ない!俺のさくらに気安く触ろうとしてんじゃねえ!!」
ドガァァァァンッ!!!
間一髪、結界を力技で叩き割ったヴォルが、滅びの炎でイケメン風ゾンビを消し飛ばした。
「無事か、さくら」と、拾ってくれていた靴を私の足に不器用に履かせてくれる。
「さくらさん! 遅くなって申し訳ありません!」
レオンも駆けつけ、私の前に立ちはだかる。
しかし、ゾンビの群れはまだ諦めていなかった。
消し飛ばされたイケメン風ゾンビが光の速さで復活し、今度は何十匹ものゾンビたちと肩を組み、フォーメーションを組み始めたのだ。
(ひえっ、まだやる気なの!? 一体何が始まるのぉぉぉ!?)
身構える私たち。
すると、ゾンビたちは一斉に、どこからか聞こえてくるようなハイクオリティなベースの重低音に合わせて、身体を左右に揺らし始めた。
40・50代ならイントロの数秒で鳥肌が立つ、あの伝説の主題歌『LOVE LOVE LOVE』の再現である。
そして、イケメン風ゾンビがマイクを持つような仕草で、ダミ声ながらも驚くほど情熱的に、歌詞を歌い出し、周りのゾンビたちが一斉にハモり始めた。
「アァァ……オォォ……(ねぇ、どうして……すっごくすごく好きなこと……)」
「オォォ……(伝えるために……言葉があるのに……)」
(歌詞を歌い出したぁぁぁぁぁーーーーーー!!! )
ゾンビたちは涙(ただの体液)を流しながら、大合唱を続ける。
「アァァァ……(愛してると言ってくれ……っ!)」
「オォォォ……(ルルルルル……)」
すると、ぷに丸が主題歌のサビに合わせて、私の頭の上でエコーをかけるように「ルルルルル〜」と綺麗に跳ねる。
「……チッ、よく分からねえが、こいつら完全に戦意を喪失してやがるな。お前のその、言葉を必要としない『手話の知略(?)』が、死人どもの魂まで完全に浄化しちまったみたいだ」
ヴォルが呆れ果てたように炎を消し、頭をかいた。
「ええ。スマホもない、言葉も通じないこの極限状態で、手書きの文字と情熱的なジェスチャーだけで敵の心を掴み、大合唱に導くとは……。さくらさん、やはりあなたの愛の深さは、神をも超えています。私は、あなたに一生ついていきますよ」
レオンが感動に目を激しく潤ませ、尊さのあまり聖剣を天に掲げた。
(だから全員、最初から最後まで1ミリも合ってないからぁぁぁぁーーーーーー!!!)
霧の向こう、歌い続けるゾンビたちの花道の先には、一本の枯れ果てた不気味な大木が立っていた。
それはまるで、かつて都会の道端で二人の男女を引き合わせた、あの「伝説のりんごの木」のようだった。
ゾンビたちの盛大な「LOVE LOVE LOVE」の大合唱と温かい拍手(ボトボトと体液が落ちる音)に見送られながら、私たちは奇跡のハッピーエンドのような空気感のまま、世界の真ん中の、さらに奥深くにある最終決戦の扉へと進むのだった。




