【第32話】真鍮の歯車
「……う、美味い……っ!!」
さっきまで世界を初期化するとか恐ろしいことを言っていた創世神様が、私の作った特製パフェを涙目で貪り食い、楽しげに談笑し始めた、まさにその直後のことだった。
ピィィィィィィィィィィーーーーーーーッ!!!!!
天界の真っ白な空間に、鼓膜を突き刺すようなけたたましい非常警報の音が鳴り響いた。
あまりの音量に、私は心臓が口から飛び出るかと思うほど跳ね上がり、その場でガタガタと震え出した。
「ぬおっ!? な、何事だ……っ!?」
神様が驚いて、手に持っていたスプーンを派手に落とす。
神様としての威厳に満ちた声が、完全に裏返っていた。
『警告。システムエラー。崩壊率70%を突破。メインサーバーへの過剰な『糖分および乳製品データ』の流入により、世界軸の計算式が狂い始めています。世界のバランスが急速に崩壊中――』
(えええええええっ!? 神様がパフェの美味しさに感動しすぎてバグっちゃったのぉぉぉ!?)
アナウンスの通り、私たちの足元の白い床が、ガラガラと音を立てて崩れ始め、底知れない暗闇が顔を覗かせる。
そんな崩壊していく世界の中心で、銀髪をワイルドに逆立てたヴォルが、神様に向かって激しい怒声を叩きつけた。
「おい、光るおっさん!! お前の創った世界だろ?! 何とかしろよ!」
「神よ! あなたの不始末でさくらさんに危機が及ぶなど、騎士として断じて見過ごせません!」
レオンも聖剣を構えながら神様を鋭く睨みつける。
世界消滅の危機だというのに、怒られた神様は、まばゆい光の輪を縮こまらせながら、実にもじもじとした様子でとんでもないことを言い放った。
「い、いや、すまぬ! 私がちょっとパフェのデータを神界ネットワークに共有したら、システムが『未確認の超高等神聖物質』として誤認識してバグってしまった。すぐに真ん中にある『コア』に行って再起動すれば直るのだが……すまぬ、私は最近ちょっと腰が悪くてな! 代わりに行ってきてくれ!」
「はぁぁぁぁぁっ!?!?」
ヴォルとレオンの、地響きのようなキレ気味の声がハモった。
(神様のくせに腰痛持ちなのぉぉぉ?! っていうか自分の不始末を人間に丸投げしないでよぉぉぉ!!)
私の心の中の悲痛なツッコミも虚しく、足元の床が完全に消滅した。
「さくらーーーっ!」
「さくらさんっ!」
「きゅぴぃぃぃーーーーーっ!!」
私たちは強烈な重力に引っ張られるようにして、暗闇の底へと真っ逆さまに落下していった。
ドガシャァァァァァンッ!!
「いってえな……。おい、お前ら無事か?」
ヴォルが頭をさすりながら立ち上がる。
恐る恐る目をあけると、そこは見たこともない異様な空間だった。
壁も、床も、天井もない。
視界のすべてを埋め尽くしているのは、大小無数の、数え切れないほどの『巨大な歯車』だった。
直径数百メートルはあろうかという真鍮色の歯車が、ガシャガシャ、ゴトゴトと、地響きのような音を立てて複雑に噛み合い、回り続けている。
「あれは……?」
レオンが聖剣を構え、周囲の凄まじい魔力の渦を睨みつける。
(う、うわあああ……っ! 映画のラストステージみたいな場所に来ちゃったよぉぉぉ! 怖い、足元の歯車が回ってて立っているだけで精一杯だよぉ!!)
私は恐怖のあまり、その場にヘナヘナとしゃがみ込み、お気に入りのスケッチブックを胸に抱きしめたままフリーズした。
全身がガタガタと小刻みに震え、喉の筋肉は完全にロック。
いつもの「沈黙の覇気(ただの恐怖によるフリーズ)」の完成である。
その時、周囲の巨大な歯車たちがガシャガシャと高速で組み替わり、全高数十メートルに及ぶ歯車仕掛けの超巨獣メカ「レギュラトリア」の姿を形作った。
『システム防衛プロトコル、発動。排除対象……『沈黙の聖女』および随伴個体を認識』
「チッ、機械の塊だろうが、俺の炎でバラバラのクズ鉄にしてやる!」
「トカゲ、油断するなよ!」
ヴォルとレオンが猛攻を仕掛けるが、レギュラトリアは冷徹に無数の歯車を回転させる。
ギガガガガガガガッ!!
突如として、レギュラトリアの全身の歯車が超高速回転を始め、ヴォルの滅びの炎もレオンの神速の斬撃も、回転する歯車の絶対的な防御壁によってすべて弾き飛ばされてしまう。
さらに、暴走した世界コアのエネルギーのせいで、空間全体の温度が急速に上昇し始めていた。
レギュラトリアの巨体からも、過負荷による火花が散り始めている。
『警告。システム温度上昇。限界値まであと120秒。オーバーヒートによる強制リセットを実行します』
(ええっ!? オーバーヒートで世界が消えちゃうのぉぉぉ?! 何か、何か冷やせるものは……っ!?)
私はパニックになりながら、足元を見た。
そこには、私の足元で「きゅぴ!きゅぴ!」と意地になってペチペチと結界に体当たりを繰り返している、ぷに丸がいた。
(そうだ、ぷに丸はひんやり冷たいスライム! デスマウンテンのマグマスみたいに、あの子に当てて、少しでも熱を冷ましてもらおう!)
私はガタガタ震える手で、足元にいたぷに丸を両手でひょいと持ち上げると、熱暴走しそうなレギュラトリアの歯車の隙間に向かって、「えいっ!」と、無言のまま投げ当てた。
「きゅ、きゅぴーーーっ!?」
ぷに丸が空中を回転しながら、レギュラトリアの真鍮の装飾パーツへと「べちゃっ」と張り付いた。
私の意図としては、ただの「即席の冷却パック代わり」だった。
しかし、何億通りもの可能性を計算できる超高性能メカ魔獣レギュラトリアの「考えすぎちゃう超解釈プログラム」は、この何気ない動作を全く違う恐怖の戦術として受信してしまった。
『(思考演算、開始。我が真鍮の絶対防御は、伝説の竜のブレスすら100%遮断している。……しかし、なぜ後ろの少女は一言も発さず、笑みを浮かべたまま、あの最弱の青い個体を私に投げつけてきたのだ? なぜだ?)』
『(待て。まさか、あの青い個体はただのスライムではない……! 表面に高密度の神聖冷却魔力をまとった、私の量子回路を内部から凍結させて破壊する『超伝導・殺伐兵器』なのか……っ!?)』
『(少女のあの沈黙は、私が自滅する瞬間を完璧に見切った『死神のカウントダウン』……!! 勝ち目はない、このままでは、あの青い暗殺スライムに私の電子脳がすべて乗っ取られて爆発させられる……あ、頭(CPU)が、考えすぎて、燃える、燃える……!!!)』
(考えすぎだよぉぉぉーーー!!! ぷに丸はただのスライムだし、私はただの熱中症対策のつもりで投げただけだからぁぁぁぁ!!)
私の必死のツッコミは届かない。
すべての可能性を計算しすぎたレギュラトリアは、私の無言のポイ捨てを「完璧な詰みの戦術」だと超解釈し、自らの処理能力(CPU)の限界を超えて勝手にパニックになり、本当に物理的に脳内がオーバーヒートした。
『システムエラー! エラー! 感情プログラムが限界突破。思考回路、完全燃焼……! もう、考えたく、ない……っ!!』
ドガシャァァァァァンッ!!!!!
レギュラトリアは突然、全身の歯車をめちゃくちゃに逆回転させ、自分自身のパニックによって派手に大爆発を起こした。
もの凄い爆風と共に真鍮の破片が飛び散る。
「きゅぴぃぃーーーっ!?」
爆風で吹き飛ばされたぷに丸が、私の頭の上にポスンと綺麗に着地する。
気のせいか、ぷに丸の体はレギュラトリアの熱を吸って、ぬるま湯のようになっていた。
「……ハッ、よく分からねえが、さくらがぷに丸を投げつけた瞬間、あいつの頭がぶっ壊れて自爆したな」
「ええ。戦わずして敵の最高性能思考を逆手に取って自滅させるとは……。さくらさん、やはりあなたというお方は、知略においても神を超えています」
(だから違うのーーーー! 私はただ冷やそうとしただけなのーーーー!!!)
しかし、レギュラトリアが爆発したその衝撃で、世界コアの真下の床に、新たな光のゲートが出現した。
ゴゴゴゴゴ……と、地鳴りのような音が響き、私たちはさらに深い「真ん中」へと引きずり込まれていく。
「おい、まだ終わりじゃねえみたいだな!」
「さくらさん、次なるエリアも、私が必ずやお守りします!」
私たちの体は光の渦に包まれ、世界の真ん中の、さらに奥深くにある「次のエリア」へと突入していくのだった。




