【第31話】果実パーティー
「ほ、報告いたします……! 禁忌の園の魔獣ぷにエル、精神崩壊により、戦線離脱いたしました……っ!!」
天界に響き渡る謎のシステム音声が、涙声でそう告げた。
私たちは、虹色に怪しく輝く「天界の果実」を抱え、再びあの真っ白な神様の空間へと引き戻されていた。
「バ、バカな……。私の最高傑作である無敵の魔獣が、ダメージを一切受けていないにもかかわらず発狂して果実を差し出しただと……!?」
頭上でまばゆい光の輪を背負った神様が、その神々しい声を思い切り裏返らせて驚愕していた。
その視線が、ガタガタと震えながらスケッチブックをぎゅっと抱きしめている私へと注がれる。
私のスキル『万物同調』が、神様の激しい動揺をリアルタイムで受信した。
『(お、恐ろしい……! あの娘、3時間もの間、瞬き一つせず無言で魔獣を睨み続け、その精神を恐怖ですり潰して自滅に追い込んだというのか……!? なんという冷徹、なんという絶対零度の覇気! もはや神の領域すら超越しているのではないか……っ!)』
(拷問とかしてないよお! 怖くて腰が抜けて座り込んでただけだからーーーっ!!)
もちろん、私の叫びは声にはならない。
神様は私の「沈黙」に完全に気圧され、青白い顔で冷や汗を流しながら、必死に威厳を保とうと大きな咳払いをした。
「コ、ホン! ……いいだろう、試練は達成された。貴様たちの実力と、その……底知れぬ不気味さは認めてやる。だが、ただ果実をそのまま差し出すだけでは芸がない。これより、その『天界の果実』を使い、私を満足させる至高の『デザート』を作って献上せよ。それが最後の条件だ」
(えっ!? デザートを作れ……!?)
神様の突然の思いつき(というか時間稼ぎ)の命令に、私はオドオドと周囲を見回した。
天界の果実を調理する。
当然、刃物を使って綺麗にカットしたり、盛り付けたりする必要がある。
すると、私の隣で腕を組んでいたヴォルが、ふんと鼻を鳴らして一歩前に出た。
「おいおい、光るおっさん。デザートだぁ? 悪りぃが、俺に刃物を持たせるのはお勧めしねえぞ。昔よ、料理ってやつに興味を持って、肉を勢いよく刻もうとしたことがあったんだが……」
ヴォルは気だるげに銀髪をかきあげ、自分の綺麗な左手を眺めながら、事も無げに恐ろしいことを口にした。
「包丁の扱いが分からなくてよ。肉と一緒に、俺の左の指を根元から勢いよく切り落としたことがある。まぁ、竜の再生力があるからすぐ生えてきたけどよ。あの時は床が血の海になって、周りの奴らが気絶したっけな。ははは!」
(笑い事じゃないよぉぉぉ!! 指が生えてきたからって包丁で指切り落とさないで! 怖すぎるよ!!)
ヴォルのぶっ飛んだ過去の事故に私が心の中で絶叫していると、今度は隣のレオンが、ふっと爽やかな、しかしどこか遠い目をして口を開いた。
「トカゲ、相変わらず野蛮なエピソードですね。ですが、刃物の危険性という意味では、私も人のことは言えません。以前、主君に手料理を振る舞おうと、厨房に入ったことがあるのですが……」
レオンは上品に顎に手を当て、真剣な顔で続けた。
「リンゴを包丁で剥こうとしたら、気づいた時にはリンゴではなく、自分の指の皮を綺麗に剥いていました。聖剣の扱いには長けているのですが、どうにも調理用の薄い刃物を持つと、距離感が狂って自分を攻撃してしまうようで……」
(レオンくんもーーー!? 上級騎士なのに包丁持ったら自傷行為が始まるの!? 2人とも不器用というか、強すぎて加減がバカになってるよぉぉ!!)
「きゅぴー!!」
足元でぷに丸が「ぼくは手がないから無理だぜ!」と誇らしげに跳ねている。
伝説の竜(指切り落とし前科あり)、上級騎士(指の皮剥き前科あり)、スライム(手がない)。
完璧な消去法だった。
(う、うう……。私がやるしかないよね……っ)
私はガタガタと震えながら挙手し、用意された調理台の前に立った。
幸い、前いた世界では普通の女子高生だったので、家庭科の授業レベルの包丁の使い方はできる、はず。
私はおそるおそる「天界の果実」を手に取った。
虹色に輝くそれは、触るとほんのり温かく、桃とマンゴーを足したような極上の甘い香りがする。
私は息を詰め、緊張で指を震わせながらも、丁寧に、丁寧に、皮を剥いて一口サイズにカットしていった。
それを綺麗なお皿に盛り付け、最後に冷蔵庫に入っていた「バニラアイス」と「チョコソース」を添えて、特製パフェ風デザートを完成させた。
(……で、できたぁ……)
声にはならないけれど、満足のいく出来だ。
私はそれを、神様の前へとそっと差し出した。
すると、神様は皿の上のデザートを見つめ、ギクリと身体を硬直させた。
その脳内から、凄まじい被害妄想の本音がダイレクトに私の脳へと流れ込んでくる。
『(な、なんだこの禍々しいまでに美しく盛り付けられた物体は……!? チョコレートの黒い線は、私を呪い殺すための魔術幾何学の陣に違いない! もしや、これを食べたら最後、神の権能をすべて奪われ、あのショッピングモールとかいう怪しい異界の奴隷へと身を落とすのでは……!? ど、毒が入ってるんじゃ……!? )』
神様は恐怖のあまり、皿を前にしてガタガタと震え、手を出そうとしない。
私が(そんな物騒なもの入れてないよぉ……)と泣きそうになっていると。
パクッ。
「お、うめえじゃねえかこれ! なんだこいつは!」
「どれ……。……っ!? なんという芳醇な甘み、そしてこのなめらかな口溶け……! さくらさん、これは至高の芸術です!」
なんと、待ちきれなくなったヴォルとレオンが、神様を差し置いて勝手にスプーンでパフェを盗み食いし始めたのだ。
「うまいぞ! おい、光るおっさんも早く食えよ。さくらが作ったんだ、残したら灰にするからな」
「本当に、神ともあろうお方が、さくらさんの手料理を前にして怖気づくとは情けない。さぁ、召し上がってください」
二人は「うまい、めっちゃうまい」とバクバク食べ進め、完全に天界の緊張感を忘れて談笑し始めている。
「きゅぴー!!」
ぷに丸も、おねだりしてアイスを分けてもらい、嬉そうに全身を波打たせていた。
その楽しそうな、あまりにもアットホームな空気感に、神様は完全に置いてきぼりにされていた。
『(う、羨ましい……。私だって、本当はそういう楽しげな輪に入りたかったのだ。毎日毎日、世界の破滅のシナリオとか考えているの、結構孤独で寂しかったのだぞ……)』
神様の心の中に、主神としてのプライドに隠された「寂しがり屋な本音」がポツリと浮かんだ。
神様は威厳を必死に取り繕いながら、おそるおそるスプーンを手に取った。
「ふ、ふん……。主神である私が、人間風情の料理など……。……パクッ」
その瞬間、神様の背後の光の輪が、ピカーーッとひまわりのように激しく輝いた。
「……う、美味い……っ!!」
ついに本音が口から漏れた神様は、涙目でパフェを貪り食い始めた。
「これ、この白い冷たいものは何だ!?」
「あ? バニラアイスだよ。地上じゃどこでも買えるぜ」
「何だと!? 地上にはこのような神をも凌駕する至高の甘味が溢れているというのか……っ!」
気づけば、神様は玉座から降りて私たちの輪にノリノリで参加し、ヴォルやレオンと「地上のモールのポテトも美味いぞ」「ほう、詳しく聞かせよ」と、楽しげに談笑し始めていた。
(あ、あれ……? 何か、神様と仲良くなっちゃった……?)
さっきまで世界を初期化するとか言っていた創世神が、今ではスプーンを片手に、地上の話に目を輝かせている。
私の手元で、覚醒した魔道書が、呆れたように、でもどこか温かくピンク色の光を明滅させていた。
世界は今日も、勘違いと優しさのおかげで、やっぱり平和に向かって暴走していくのだった。




