↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/34

【第30話】天界の果実


 

 


「これより、この世界を一度初期化し、新たな歪みを注入することとする」




 

 

神の冷徹な声が響き渡り、いよいよ世界の終わりかと思われたその時。

 

 

あまりの恐怖とプレッシャーに、私の喉の筋肉は完全にロックされ、全身がガタガタと小刻みに震えてお人形のように一歩も動けなくなっていた。

 

 

声が出ない。

 

 

スケッチブックを開くこともできない。

 

 

私はただ、絶対零度の氷のようにフリーズして神様を凝視するしかなかった。

 

 

すると、私のスキル『万物同調』が、目の前の神様の「本音」を強制受信した。

 

 


『(な、なんだこの娘の、世界が消滅すると言われても眉一つ動かさぬ不気味な沈黙は……!? 恐怖のあまり震えているのではない、あれは……私に対して放つ、絶対零度の『覇気』! もしや私が世界を初期化する神術を発動した瞬間に、その魔力経路を逆ハッキングして天界ごと乗っ取る構えか……!? お、恐ろしい娘だ……っ!)』




 

 


(違うの神様ぁぁぁ! 私はただ怖すぎて声が出ないし動けないだけなのーーーっ!!神様まで勘違いしてるぅぅぅぅ!!)




 

 

私の心の中の悲痛な叫びは一切届かない。

 

 

神様は、私の「沈黙」を最悪の戦闘態勢だと深読みし、すっと顔を引きつらせて一歩後ろに下がった。

 

 


「……ふん。いいだろう。そこまで我が理(ことわり)に不満があり、不敵な態度を崩さぬというのなら、貴様たちに一度だけ『チャンス』を与えてやろう」




 

 

神様は、自分のプライドを守るような、どこか苦し紛れの言い訳を口にした。

 

 


「神界の最奥、決して立ち入ってはならぬ禁忌の園。そこに実る『天界の果実』を私の元へと持ち帰ってみせよ。さすれば、世界の初期化は免除し、貴様たちの生存を認めてやろう。……ただし、そこを守る我が魔獣の前に、生きて戻れると思うなよ」




 

 

神様が再び人差し指をパチンと鳴らす。

 

 

その瞬間、視界を埋め尽くしていた純白の空間が、ドロリと歪んだ。

 

 

気がつくと、私たちは禍々しい金の柵に囲まれた、美しくも不気味な果樹園のような場所に立っていた。

 

 

中央の巨大な樹には、虹色に怪しく輝く「天界の果実」が実っている。

 

 


「ここが、禁忌の園……。おい、さくら、大丈夫か!?」




 

 

神の強制土下座の呪縛から解き放たれたヴォルが、血相を変えて私に駆け寄ってきた。

 

 

綺麗な銀髪を乱し、屈辱に震えながらも、その瞳は真っ直ぐに私の無事を確かめている。

 

 


「さくらさん、お怪我はありませんか。……くっ、神の理不尽、これほどまでとは」




 

 

レオンも聖剣を構え直し、私の前に立ちはだかった。

 

 

二人の変わらぬ強精神に、私は涙が出そうになる。

 

 


「きゅぴーー!!」




 

 

ぷに丸が、短い手(?)を振り回して元気に跳ねた。

 

 

自分が最強だと証明したいぷに丸は、神の世界だろうと相変わらずの負けず嫌いを発揮して、全身で「ぼくが守る!」と主張している。

 

 

その時、果実の樹の影から、不気味な光の粒子が集まっていくのが見えた。

 

 


「――来るぞ!」





 

 

神の魔獣。

 

 

あらゆる侵入者を骨まで焼き尽くす、天界最強の凶獣。

 

 

一体どれほど恐ろしい、おぞましい姿の怪物が現れるのかと、私は息を呑んだ。

 

 

しかし、光の中から現れたのは。

 

 


「ぷにぃ?」




 

 


「ふ……っ?」




 

 

思わず、私の喉から小さな裏返った吐息が漏れた。


 

 

そこにいたのは、私の足元にいるぷに丸と、形も大きさも完全に「そっくり」な、半透明のスライムだった。

 

 

違う点といえば、体の色が神聖な金色であること、そして頭の上に小さな「天使の輪っか」と、背中にパタパタと動く小さな「白い羽」が生えていることだけだ。

 

 


「きゅ、きゅぴ……っ!?」




 

 

ぷに丸が目を見開いて衝撃を受けている。

 

 

「きゅぴー!」と怒ったように鳴き声をあげ、身体をわなわなと震わせた。

 

 

完全に「ぼくの偽物だ!」と怒っているのが伝わってくる。

 

 

神の魔獣――その名は、『ぷにエル』。

 

 

見た目は最高に可愛らしい天使スライム。

 

 

しかし、神様が用意した刺客が、ただの可愛いスライムであるはずがなかった。

 

 


「きゅぴーーーっ!」




 

 

ぷに丸は勇猛果敢に、短い助走をつけてぷにエルへと突撃した。

 

 

「ぴょーん!」と高く跳ね上がり、ぷにエルの正面へと渾身の体当たりをぶちかます!

 

 

スカッ……。

 

 


「きゅぴっ!?」




 

 

ぷに丸の体が、ぷにエルの体をすり抜けた。

 

 

いや、すり抜けたのではない。

 

 

ぷにエルの周囲に、肉眼では見えないほど超高密度の「神聖魔法の結界」が、幾重にも展開されていたのだ。

 

 

パキィィィン!と澄んだ音が響き、ぷに丸は結界に弾き飛ばされて、床をゴロゴロと転がっていった。

 

 


「きゅ、きゅぴぃぃぃ……」




 

 


「ゼリー野郎! ……チッ、ただの魔獣じゃねえな。物理がダメなら、俺の炎で焼き尽くしてやるよ!」




 

 

ヴォルが前に出ると同時に、その手からすべてを灰にする黒紅の爆炎が放たれた。

 

 

激しい業火がぷにエルを包み込む。

 

 

しかし、ゴォォォという轟音が止み、煙が晴れた後も、ぷにエルは傷一つなく「ぷにぃ?」と小首を傾げていた。

 

 

すべての炎が、半透明の魔法結界によって完全にシャットアウトされている。

 

 


「私の聖剣すらも、完全に遮断されています……!!」




 

 

レオンが光速の斬撃を何十発と叩き込んでも、火花が散るだけで結界にヒビ一つ入らない。

 

 

物理無効。

 

 

魔法無効。

 

 

あらゆる概念攻撃すらも完璧に遮断する、文字通りの「無敵の絶対防御」。

 

 

それこそが、神の魔獣ぷにエルのチート能力だった。

 

 


「ぷにぃ〜〜〜んっ♪」




 

 

ぷにエルは、天使の輪っかをピカピカと輝かせ、完全に勝ち誇った顔で私たちを見下ろしている。

 

 

その瞬間、私の『万物同調』が、ぷにエルの本音を受信した。

 

 


『(ふはははは!見たか地上の雑魚ども!ぼくこそが神様に創られた天界最強の完全無敵スライム、ぷにエル様だぷに!ぼくの結界は神様の魔力無限に供給されてるから、絶対に壊せないぷに〜!お前たちなんか、ぼくがじわじわと天使の羽でペチペチ叩いて、なぶり殺しにしてやるぷにーーーっ!)』




 

 


(う、ウソでしょ……!? 攻撃が全く効かないなんて、一筋縄じゃいかないどころか、完全に詰んでるよぉ……っ!!)




 

 

絶望的だった。

 

 

勝てる要素が、何一つとして見当たらない。

 

 

あまりの恐怖に、私はその場にヘナヘナと座り込み、スケッチブックを抱きしめたままフリーズするしかなかった。

 

 

 

――しかし。

 

 

ここから、「おかしな歯車」が狂い始める。

 

 


「おい、金ヅラ。技が通じねえなら、通じるまで殴り続けるぞ」




 

 


「……ふっ、珍しくトカゲと意見が合いましたね。あの結界とやらも、無限と言いつつ限界はあるはずです」




 

 


「きゅぴ! きゅぴーーーっ!」




 

 

脳筋の伝説の竜と、生真面目すぎる上級騎士、そして言葉は喋れなくても意地と負けず嫌いだけは一人前な最弱スライム。

 

 

この3人には、「無敵だから諦める」という選択肢が、最初から存在していなかったのだ。

 

 

ドン! バキン! ぷにっ!

 

 

ヴォルの拳が結界を叩き、レオンの剣が火花を散らし、ぷに丸が「きゅぴ!」と健気に体当たりを繰り返す。

 

 

当然、結界はビクともしない。

 

 

ぷにエルは無傷だ。

 

 


「ぷに、ぷに」




 

 

最初は余裕ぶっていたぷにエルだった。

 

 

だが、彼らは止めなかった。

 

 

10分が経過した。

 

 

攻撃は効かない。

 

 

30分が経過した。

 

 

それでも彼らはハァハァと息を荒くしながら、一切攻撃の手を緩めない。

 

 

1時間が経過した。

 

 

ヴォルは「あ? 楽しくなってきたじゃねえか」と笑い、レオンは「私の辞書に撤退の文字はありません」と真剣な目で剣を振り続け、ぷに丸はもはや意地だけでバウンドを繰り返している。

 

 

そして、信じられないことに、地道な攻撃は3時間に及んだ。

 

 

延々と響き渡る、ドン、ガン、ぷにっ、という鈍い衝撃音。

 

 

攻撃は1ミリも効いていない。

 

 

ぷにエルのHPは満タンだ。

 

 

ダメージはゼロ。

 

 

――なのに。

 

 

3時間が経過した頃、ぷにエルの「本音」が、恐ろしいスピードでノイズを帯び始めた。

 

 


『(な、なんなんだぷに……こいつら……っ!? ダメージ、ゼロだぷに。ぼく、全然痛くないぷに。なのに……なんで止めないぷにぃぃ!? 3時間だぷにぞ!? 普通、効かないって分かったら絶望して泣き叫ぶか逃げるかするでしょぷに!? なんであいつら、目がギラギラしてるのぷにぃ!? 怖いぷに、怖いぷにぃぃ!!)』




 

 

 

3時間、至近距離で伝説の竜の咆哮と、上級騎士の猛攻と、謎の青いスライムの「きゅぴ! きゅぴ!」という執拗な突撃をノンストップで浴び続け、その精神は完全に限界を迎えていた。

 

 

さらに、ぷにエルの視線が、後ろでずっと微動だにせず、一言も喋らずにガタガタと震えている私へと向いた。

 

 


『(ひ、ひえぇぇぇ……っ!! あ、あの後ろにいる『沈黙の聖女』、3時間もの間、一言も発さずにじっとぼくを見つめ続けてるぷに……! 違う、あれはただ見ているんじゃない……ぼくの結界の魔力波形を3時間かけて完全に解析し終わって、『いつでもお前を消せるぞ』っていう無言のカウントダウンをしてるんだぷにぃぃぃ!反逆だあぁぁぁ!!)』




 

 


(違うのーーー! 私は3時間ずっと怖くて座り込んだまま、足が痺れて動けないだけなのーーーっ!!)




 

 

ついに、ぷにエルの精神が、耐えきれずに真っ二つに叩き割れた。

 

 


「ぷにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」




 

 

ぷにエルは突然、頭を抱えて(頭はないが)発狂した。

 

 


『(もう嫌だぷに! 痛くないのに痛い気がするぷに! あの女の無言の視線が頭から離れないぷに! 呪われるぷにぃぃ!!)』




 

 

パリン、パリン、パリン!!!

 

 

精神の崩壊と同時に、あれほど強固だった神聖結界が、ガラスのようにあっけなく全面崩壊した。

 

 

ぷにエルは涙とヨダレをボロボロと流しながら、「天界の果実」を差し出すと、そのまま一目散に果樹園の奥へと逃げ去っていった。

 

 


『((もう二度と来ないでぷにーーーっ!)』




 

 

ぽつんと床に残された、虹色に輝く天界の果実。

 

 


「……ハッ、逃げたか。骨のない魔獣め。なぁレオン、俺たちの連携にビビったんだな?」




 

 


「ええ、ヴォル。私たちの地道な騎士道の勝利です。……しかし、一番の功績は、3時間もの間、一歩も動じずに魔獣の精神を圧殺し続けたさくらさんの『沈黙の眼力』ですね」




 

 


(みんな、意地が張りまくってるよ……!!怖いよお……!!)




 

 


「きゅぴーーーっ! ぷにぷにっ!」




 

 

ぷに丸が嬉しそうに果実をポテポテと体で転がしている。

 

 

その姿は言葉はなくとも「ぼくが果実を仕留めたぞ!」と誇らしげだった。

 

 

こうして、私たちは一筋縄ではいかない壮絶な泥仕合の末に、見事「天界の果実」を手に入れたのだった。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。