↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
29/34

【第29話】神の怒り


 

 

盛大なお祝いの式典がどうにか終わり、私はミラノの王城の一室で、魂が抜けたようにソファーへと突っ伏していた。

 

 


(つ、疲れたぁぁぁ……! まさか何千人もの前で、一時間も直立不動でいなきゃいけないなんて、喉どころか全身の筋肉が消滅するかと思ったよぉ……)




 

 

ガタガタと震える手をどうにか動かし、お気に入りのスケッチブックをぎゅっと抱きしめる。

 

 

学校では緊張して一言も喋れない「場面緘黙症」の高校生だった私が、最凶の魔境へ異世界転生してしまったあの日から、私の日常はノンストップで暴走し続けている。

 

 

けれど、ついに世界の呪いを解き、ラスボスであるはずの魔王様とも一緒に最新のショッピングモールでお買い物をするような、奇妙で平和な関係を築くことができた。

 

 

私の手元にある、覚醒した魔道書(元・国語の教科書)が、私のこれからの輝かしい未来を祝福するように、ほんのりと優しいピンク色の光を放ち輝いていた。

 

 


(うん……色々あったけど、これでやっと、みんなで平和に暮らせるんだよね……?)




 

 

私の隣で、ぷに丸が「ぴょーん!」と元気よく跳ねた。

 

 


「きゅぴー!」





 

 


「はぁ……面倒くさい。人間どものお祭り騒ぎに付き合わされて、こっちまで調子が狂う。おい、さくら。いつまでそうやって縮こまってるんだ?」




 

 

呆れたような、でもどこか心配そうな声をかけてきたのは、ヴォルだ。

 


相変わらずツンツンした態度で、綺麗な銀髪をいじりながら私を覗き込んでくるけれど、彼が私を溺愛してくれているのは、私のスキル『万物同調』でとっくに受信済みである。

 

 


「トカゲ、さくらさんは世界を救う大偉業を成し遂げられたばかりだ。そのお疲れを癒やす時間を邪魔するとは、相変わらず無礼なトカゲだな」




 

 


「あ? 何だと、金ヅラ。お前こそ、さくらにばっかり良い格好しようとすんじゃねえよ」




 

 

すかさず口を挟んできたのは、レオンだ。

 

 

相変わらず二人は視線が合うだけで火花が散っている。


 

紅茶を優雅に嗜む紳士的なレオンだが、ヴォルが絡むと途端に冷静さを失うのがお決まりのパターンだった。

 

 

そんな、いつも通りの騒がしくも愛おしい日常が、ずっと続くのだと信じて疑わなかった。

 

 

その時だった。

 

 

ピキィィィィィィィィィン……ッ!!! 

 

 

脳裏を突き刺すような、あまりにも高純度で冷徹な「音」が響き渡った。

 

 

 


(え……っ!? 何、これ……!?)




 

 

心臓が、ドクンと嫌な音を立てて跳ね上がる。

 

 

ただの音ではない。

 

 

空間そのものが、まるで薄いガラスのようにパキパキとひび割れていくような、圧倒的な違和感。

 

 

気がつけば、ピンク色に優しく輝いていた魔道書が、見たこともない禍々しい漆黒の光を放ち、激しくガタガタと震えていた。

 

 


「おい、さくら……っ!?」




 

 

ヴォルの顔から余裕が消え、鋭い犬歯を剥き出しにして私を背後に庇う。

 

 

レオンも即座に腰の聖剣を引き抜き、周囲を鋭い眼光で睨みつけた。

 

 

「この気配……魔王とも、魔獣とも違う……。空間の密度が、一瞬で書き換えられている……!?」

 

 

「きゅ、きゅぴーーーっ! 」

 

 

ぷに丸が震えながらも私の足元で必死に威嚇する。

 

 

しかし、抗う暇など一瞬も与えられなかった。

 

 

次の瞬間、私たちの足元の床が完全に消失し、底知れない純白の光の渦へと、引きずり込まれるようにして落下した。

 

 


「さくらーーーっ!!」




 

 


「さくらさんっ!!」




 

 

視界が真っ白に染まり、強烈な浮遊感に襲われる。

 

 

声を出して叫びたいのに、喉の筋肉が完全にロックされて、引きつった悲鳴すら出ない。

 

 

私はただ、恐怖のままにスケッチブックを胸に抱きしめ、ぎゅっと目を瞑るしかなかった。

 

 

 


 

 

 

どれほどの時間が経ったのだろうか。

 

 

恐る恐る目をあけると、そこはミラノの王城ではなかった。

 

 

壁も、床も、天井もない。

 

 

地平線の彼方まで延々と続く、大理石のような透き通った白い床と、どこまでも青く澄み渡る、しかし太陽の存在しない奇妙な天空。

 

 

まるで神話の世界に迷い込んでしまったかのような、静寂に満ちた空間だった。

 

 


「目が覚めたかね。不届きなる人間の娘、そして世界の調和を乱す咎人(とがびと)どもよ」




 

 

頭上から、空間そのものを震わせるような、低く、しかし恐ろしく透き通った声が降り注いだ。

 

 

見上げると、そこには巨大な光の輪を背負い、純白の法衣をまとった「存在」が佇んでいた。

 

 

その顔は眩い光に包れてはっきりと視認できない。

 

 

けれど、その存在が放つ圧倒的な威圧感だけで、全身の細胞が「勝てるわけがない」と悲鳴をあげる。

 

 

この世界の創造主――すなわち、『神』だった。

 

 


(ええっ……!神様……?!)




 

 

神の姿を目にした瞬間、私の喉は完全にロックされ、呼吸の仕方さえ忘れてしまいそうになるほど硬直した。

 

 

指一本、ミリ単位すら動かすことができない。

 

 

しかし、神は冷徹な眼差しを私へと向け、淡々と説教を始めた。

 

 


「姫乃さくら。私はお前を、この世界の『歪み』を正すための単なる駒として異世界転生させた。過酷な運命に抗い、絶望の中で世界のシステムに従って戦う……それこそが、お前に与えられた役割であったはずだ」




 

 

神の声には、微塵の慈悲もなかった。

 

 


「それなのに、お前は何をした? 相手の『本音』を受信するなどという不届きな力を使い、世界の防衛システムを浄化し、ラスボスである魔王を籠絡(ろうらく)し、挙句の果てには最新のショッピングモールなどというふざけた異物をこの世界に定着させて平和を楽しんでいる。……これは、私の描いた世界のシナリオに対する明白な反逆であり、冒涜だ」




 

 


(ええっ……!? ほ、反逆だなんて、そんな大層なことしてないよぉ……! 私はただ、みんなで仲良くポテトを食べたり、お土産を選んだりしたかっただけなのに……っ!)




 

 

反論したくても、声が出ない。

 

 

スケッチブックを掲げることすら、神の威圧の前では許されなかった。

 

 

そんな私の前に、一歩、ドカドカと不遜な足取りで踏み出した者がいた。

 

 

銀髪をワイルドに揺らし、神を完全に睨みつけている男――ヴォル・カタロスだ。

 

 


「おい、光ってるだけの中身空っぽ野郎。さっきから黙って聞いてりゃ、ブツブツと上から目線で何の用だよ。さくらが喋れないのをいいことに、ネチネチと説教たれてんじゃねえぞ。用があるなら、そのふざけた光の輪ごと、俺が噛み砕いてやろうか?」




 

 

ヴォルは獰猛な笑みを浮かべ、完全に舐めきった態度で神を挑発した。

 

 

伝説の竜としてのプライドが、目の前の絶対的な存在に対しても一歩も引くことを許さない。

 

 


(ヴォ、ヴォルくん……! ダメだよ、相手は神様なんだよ!? 怒らせたら大変なことに……っ!)




 

 

私の脳内での必死の静止も虚しく、神の雰囲気が一瞬で凍りついた。

 

 


「口を慎め、トカゲの風情が。創造主に対してその傲慢さ、万死に値する」




 

 

神が、すっと人差し指を微かに下へと向けた。

 

 

ただ、それだけだった。

 

 

魔法の詠唱も、魔力の奔流もない。

 

 

ガキィィィィィィンッ!!!!

 

 


「が……っ!? あ……ッ!?」




 

 

突如として、ヴォルの身体が不自然に静止した。

 

 

ヴォルの意志とは全く関係なく、その強靭な四肢がパキパキと音を立てて強制的に動かされていく。

 

 


「な、んだ……これ……っ!? 身体が……動か、ねえ……っ!?」




 

 

ヴォルの額にドッと青筋が浮かび、全身の筋肉がちぎれんばかりに膨れ上がる。

 

 

伝説の竜の怪力をもってしても、神の「命令」には絶対に抗えなかった。

 

 

バキキッ、と骨が鳴るような音が響き、ヴォルは強制的に膝を突かされた。

 

 

それだけではない。

 

 

神の指がさらに深く沈み込むと、ヴォルの上半身が、まるで目に見えない巨大な足で踏みつけられるようにして、床へとへし折られた。

 

 

ドガァァァァァンッ!!!!

 

 


「ぐ、おっ……あぁ……っ!!」




 

 

大理石の床に、ヴォルの綺麗な銀髪の頭が、もの凄い勢いで叩きつけられた。

 

 

それは、弁解の余地すら大いに与えない、完璧なる『強制土下座』の姿勢だった。

 

 


(ヴォルくんっ!?)




 

 

私は声にならない悲鳴を上げ、涙目でその光景を見つめることしかできない。

 

 

あの傲慢で、誰よりもプライドが高くて、一番強いはずのヴォルが、自分の意志を完全に奪われて床に頭を擦り付けさせられている。

 

 


「はは……っ、クソが……っ! 首が……動かねえ……っ!」




 

 

床に顔を押し付けられたまま、ヴォルは屈辱に歯を食いしばり、血が滲むほど拳を握りしめていた。

 

 

けれど、指一本、神の支配から逃れることはできない。

 

 

その惨状を見かねて、レオンが聖剣を鞘へと収め、一歩前に進み出た。

 

 

レオンはヴォルのように感情に任せて武器を振るうことはしなかった。

 

 

彼はあくまでミラノ王国の高潔な上級騎士。

 

 

理路整然とした態度で、神を見上げ、静かに頭を下げた。

 

 


「高貴なる創造主よ。この無礼な竜の不敬については、私が代わりに謝罪いたします。どうか、お怒りをお鎮めください」




 

 

レオンの声は、極限の緊張感の中でも冷静だった。

 

 


「ですが、神よ。どうかお聞き届けいただきたい。さくらさんが成し遂げたことは、世界の破滅を防ぎ、魔王という最大の脅威を無害化し、人間と魔族の間に恒久的な平和をもたらしたという、奇跡の偉業です。これはあなたの敷いたシステムの上で、さくらさんがその優しさをもって導き出した『最善の結末』。決して世界への反逆などではありません。どうか彼女たちの歩みを、正当なる調和として認めてはいただけないでしょうか」




 

 

完璧な、非の打ち所のない説得だった。

 

 

騎士としての誇りと、理性に基づいた、神の慈悲を乞うための最善の言葉。

 

 

しかし、神の返答は、あまりにも冷酷だった。

 

 


「認めぬ。人間風情が、理(ことわり)を語るな」




 

 

神の声一言で、レオンの言葉は無慈悲に切り捨てられた。

 

 


「私が求めたのは、絶望と破滅の末に訪れる凄絶なるカタルシス。このような、ショッピングモールで魔王がパーカーを選ぶようなふざけた結末ではない。私のシナリオを書き換えたこと、万死に値する。これより、この世界を一度初期化し、新たな歪みを注入することとする」




 

 


(ええっ……初期化!? そんなの絶対に嫌だよぉ……っ!)




 

 

私は恐怖と絶望で、完全にフリーズしてしまった。

 

 

喉の筋肉は完全にロックされ、全身がガタガタと小刻みに震え、お人形のように一歩も動けない。

 

 

神は私の様子を見て去ろうとした。

 

 

 

 

 

  

 



 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。