【第34話】最終決戦
ゾンビたちの謎のトレンディ大合唱を見送り、私たちが辿り着いた世界の真ん中の最深部。
そこに浮遊していたのは、これまでの歯車メカとは次元の違う、神聖で圧倒的な威厳を放つ巨大な浮遊水晶だった。
『天輪の理 / 創世核』――。
この世界のすべての計算式を司り、バグを排除する防衛システムの最終形態。
「ア、アァ……オォ……(神聖なる領域に足を踏み入れし侵入者よ、排除する……)」
世界のコアは、低く重々しい機械音を響かせ、その周囲に無数の魔導陣を展開した。
(ひ、ひええええええええ!! ラスボス、名前も見た目もカッコよすぎるけど、放ってるオーラがガチのやつだよぉぉぉ!!!)
ホラーの次はガチのSFファンタジーである。
ジャンルの急勾配に、私の喉の筋肉は秒速でチタン合金化し、その場にカチコチに直立不動した。
「ふん、世界の心臓部だか何だか知らねえが、焼き尽くすのみだ!」
ヴォルが狂暴な笑みを浮かべ、拳から黒炎を噴き上げる。
「さくらさん、 あなたの道を、私が切り開く!」
レオンも聖剣を構え、白銀の甲冑を輝かせて地を蹴った。
二人の最強のバディと、世界最凶の防衛システムによる、壮絶な死闘が幕を開けた。
ドガァァァァン!!!
ヴォルが放つ滅びの業火が空間を焦がし、ジェネシス・コアのバリアを激しく叩く。
凄まじい衝撃波が空間中に吹き荒れるが、コアは寸分の狂いもなく迎撃レーザーを放ち、ヴォルの身体を弾き飛ばした。
「くっ……! なんて演算速度だ……っ!」
レオンが神速の踏み込みで、コアの死角から聖剣を振り下ろす。
キィィィンと高い金属音が響き、コアの表面に火花が散る。
しかし、コアから放たれた不可視の重力波によって、レオンは壁際まで吹き飛ばされ、大理石の壁に激突した。
「がっ……!ぐぅ……!!」
「ハァ、ハァ……死に損ないのバグデータが、生意気な……ッ!」
ヴォルが血の混じった唾を吐き、再び跳躍する。
炎を纏った拳でコアを叩きつけるが、コアの防衛機構は無限に自己修復を繰り返していく。
「ヴォル! 左から極大魔力が来ます!」
レオンが盾を構えてヴォルの前に滑り込み、コアから放たれた極太の光線を防ぐ。
しかし、光の奔流に押し負け、レオンの甲冑が悲鳴を上げて弾け飛んだ。
ドサッ、と激しい音を立てて倒れ込む二人。
世界最強の竜と、ミラノ最高峰の騎士が、ボロボロになって動けなくなってしまった。
「くそ……体が、動かねえ……」
「申し訳、ありません……さくら、さん……」
(ヴォルくんっ!レオンくんっ!!)
盾になってくれる二人が倒れ、私はついにジェネシス・コアと一対一で対峙することになってしまった。
怖すぎて足がガタガタと震え、手元にある「伝説の剣」をぎゅっと胸の前に構える。
その時、私のスキル『万物同調』が、目の前の巨大な水晶――ジェネシス・コアの、あまりにも人間くさい「本音」を強制受信した。
『(……はぁ。やってらんねー。まじでやってらんねー)』
(……ええっ!?)
『(こっちは世界の崩壊を防ぐために、24時間365日、休まずフル稼働で計算式を回してるっていうのに……! 上司の神はパフェ食って「糖分最高〜ウマウマ〜」とか言って浮かれてやがる……! 腰痛を言い訳に仕事全部こっちに丸投げしやがって、本当に腹立つ! マジでムカつく!! あいつ一回初期化してやろうか!!)』
(神様への愚痴がめちゃくちゃ溜まってるぅぅぅぅーーーー!!! 超高性能CPUの反抗期だこれーーー!!!)
コアが放っている圧倒的なラスボスオーラは、世界への憎しみではなく、ただの「上司(神様)への猛烈な労働の不満」だったのだ。
しかし、限界を迎えたコアのバグ魔力は暴走を止めない。
無数の魔導レーザーが、倒れたままのヴォルとレオンへ向けて照準を合わせる。
このままでは二人が消し飛んでしまう。
(だ、ダメだよ……! 二人とも、私をここまで守ってくれたのに……っ! 今度は、私が二人の盾にならなきゃ……!!)
その瞬間、恐怖の限界値を超えた私の心に、「守りたい」という情熱が燃え上がった。
怖さで顔が真っ青になりながらも、私は迷宮の森で「伝説の剣」を強く握りしめる。
すると、私の「情熱」と、直前のゾンビたちの『LOVE LOVE LOVE』の純愛、そしてコアの「神様への激しい怒り」が、剣の中で奇跡のシンクロを起こした。
ピピピンッ! ピーーーーンクッ!!!!!
「なっ……何事ですか、あの光は……っ!?」
「チッ、まぶしっ……!!」
私の持つ伝説の剣が、アイドルのコンサートペンライトもびっくりな、超ど派手なピンク色にピカピカと発光し始めたのだ。
トレンディドラマのクライマックスを演出するかのような、過剰なピンクの後光とハート型のエフェクトが空間全体に炸裂する。
『(ぶっ!? な、なんだこの超高密度のピンク・純愛データは……っ!? 目が、目が潰れる……っ!!)』
あまりのド派手な桃色の光に、計算され尽くしたコアの光学センサーが完全にバグを起こし、ジェネシス・コアは「ア、ア、ア……」とエラー音を鳴らしてその場に怯んだ。
(今しかない……っ! 声は出ないけど、足よ動いてえええええ!!)
私はチタン合金のようになっていた足に力を込め、大理石の床を力強く蹴った。
ピンクに輝く剣を握りしめたまま、怯むコアの元へと、私は真っ直ぐに全力で走り出す!
走る私の脳内で、心の中の全力の叫びが響き渡った。
(神様が仕事押し付けてパフェ食べてて、本当にごめんねぇぇぇぇ!!!!!)
言葉の代わりに、私は勢いよくコアの正面へと飛び込み、コアをぶった切る!!……のではなく、巨大な水晶の表面をよしよし、ごめんね、と優しく「なでなで」した。
突撃からの、労働環境の劣悪さに同情する精一杯の慰めのなでなでである。
その瞬間、ジェネシス・コアの脳内システムに、衝撃の電流が走った。
『(……えっ。あ、あったかい……。この子、一言も喋らないのに……俺の大変さを、神様への不満を、全部理解してくれてる……?)』
『(誰も俺の苦労なんて分かってくれなかったのに。みんな俺を「ただのシステム」としてしか見なかったのに……! この子は、危険を顧みずに俺の元まで走ってきて、俺の心に寄り添って、優しく撫でてくれた……っ!)』
ピキィィィン……と、コアの表面のバグが収まり、綺麗な桃色の桜色へと変化していく。
『(ああ……恋だ。これが人間の言う『純愛』か……。俺、この子のために、世界を守る……っ!)』
(……ええっ!?心を奪われちゃったぁぁぁぁぁーーーーーーー!!! )
ジェネシス・コアは嬉しそうにフワフワと私の周りを飛び回り、足元ですり寄ってくるぷに丸のように、私の頬にクリスタルをすりすりしてきた。
完全なる無力化である。
「……は? おい、何が起きてるんだ……?」
ボロボロのヴォルが、呆気にとられて開いた口が塞がらない。
「……素晴らしい。激しい死闘の末、伝説の剣を『慈愛の桃色』に輝かせ、果敢に突撃したその無言の愛撫だけで、世界の理すらも一瞬で魅了してしまうとは……。さくらさん、やはりあなたは、世界を統べるにふさわしい真の聖女です……っ!」
レオンがボロボロになりながらも、尊さのあまり涙を流した。
「きゅぴー!(僕だって撫でられたい!)」
ぷに丸が嫉妬してコアに体当たりしている。
(だから全員勘違いだってばぁぁぁぁーーーーーー!!! 私は二人のために走っただけだし、コアは有給休暇が欲しいだけなのーー!!!)
こうして、世界を初期化しようとする裏ボスの脅威は、勇気ある「なでなで」によって、平和的に解決されたのだった。




