【第3話】さくらの初対戦
「……って、おい。なんでついてくるんだよ」
前を歩く銀髪の男――ヴォルが、急に足を止めて顔をしかめて言った。
(ええっ、本音では「ついてこい」って言ってたのに……! 本音と建前が違いすぎるよお……)
私は困惑しながらも、ヴォルの後を一生懸命追う。
ヴォルくん、身長が高いから、歩幅が私と全然違う……!
追いつくので精一杯だよ。
「……おい、聞いてるのか?」
ヴォルがぶっきらぼうに振り返る。
え、えっ?何??
どうやら、歩くのに必死で、ヴォルの声が聞こえなかったみたいだ。
「お前、名前は? それと、さっきから一言も喋らねぇが、俺を警戒してんのか?」
(うぅ、警戒っていうか、緊張で声が……。)
私は、高校初日の時に、前の席の人に話しかけられた。
その際、話しかけられても口を開かない私を見て、「何で喋らないの?」と聞いてきて、ショックを受けたことを思い出した。
(そうだよね。初対面では、誰しもそう思うよね……)
私は慌てて手近な木の枝を拾うと、地面の泥に大きく「姫 乃 さ く ら」と文字を書いた。
そして、自分の喉をトントンと指差し、首を大きく横に振る。
「……姫乃さくら? 喋れないのか?」
良かった。
何とか、伝わったみたい。
私はコクコクと激しく首を縦に振る。
すると、ヴォルは「チッ、面倒な奴だな」と不機嫌そうに腕を組んだ。
「……まあ、いいんじゃねえの?人には誰しも、そういうこだわりみたいなのがあるし。」
私は衝撃を受けた。
いつもなら、そう伝えると、「変なの」とか「本当は喋れるんでしょ?」と聞かれるのがお決まりだったからだ。
正直いうと、こだわりなんかじゃない。
私だって喋りたいのに、どうしても声が出ないだけ。
……だけど、私の「喋れない状態」を、変な目で見ずにそのまま受け入れてくれた人は、これまでの人生で彼が初めてだった。
喉の奥が、プレッシャーとは違う温かい何かでツンと熱くなる。
ヴォルの優しさに衝撃を受けていると、私は突き出た木の根っこに足を引っかけてしまった。
「っ……!?」
どてんっ! と、勢いよく地面に突っ伏す。
ブレザーがさらに泥だらけになった。
「ハッ、だっせぇな。自分の足元も見えねぇのかよ、どんくさい小娘――」
ヴォルが鼻で笑い、勝ち誇ったように私を見下ろした、その次の瞬間。
「――ぬおっ!?」
バシャァァァン!!!
今度はヴォルが、水たまりの石に足を滑らせ、前のめりにダイブした。
完璧な五体投地である。
「…………」
「…………」
薄暗い静かな森に、さらなる静寂が満ちる。
ヴォルは泥に顔を埋めたままピクリとも動かない。
その時、私の万物同調のスキルが発動した。
『(うわあああああ恥ずかしいいいいい!!! 伝説の黒竜たるこの俺が、ただの石ころに躓いて水たまりにダイビングだと!? クソが! 見られた! あの小娘にバッチリ見られたァァァ!! 頼むから今すぐ記憶喪失になってくれえぇぇ!!!)』
(お、面白すぎる……っ!)
笑いを堪えるのに必死で、私は口元を両手で押さえ、全身をガタガタと震わせた。
声が出ないせいで、はたから見れば「泥だらけの男を無言で凝視しながら震えている」という、かなり不気味な状態だ。
ヴォルがバッと泥だらけの顔を上げ、耳まで真っ赤にしながら私を睨む。
「な、何を見てやがる……! 殺すぞ!」
その言葉で、私はさらに笑いを堪えきれなくなった。
ちょっと、やめてよ……!!
面白い……!!
色んなことがあったが、私たちは森を抜け、青々と一面に広がる大草原に出た。
爽やかな風が私の体を突き抜ける。
すごく気持ちいい……!
「……おい、さくら。この世界には、至る所に凶暴な魔物がいる。そんな物騒なところで生き抜くためには、魔物を殺す訓練をしなければならない。」
ぶっきらぼうな口調だが、そんな言葉に、今までたくさんの魔物と戦ってきた背景をひしひしと感じさせられる。
「……まずはそうだな。あいつにするか。」
ヴォルが指を指した先には、ぷるんと弾力のある水色の魔物「スライム」がいた。
ヴォルが叫ぶ。
「インフェルノ!!!」
ヴォルが腕を「サッ」と横に振ると、スライムめがけて五つの火の玉が放たれた。
ドガァァァァァァァン!!!
凄まじい爆風と熱風。
思わず、私の体がよろける。
目を開けると、スライムがいた場所を中心に、半径数十メートルが見事な焼け野原になっていた。
(やりすぎだよぉぉぉ!!! スライム相手に何てことするの!?)
恐怖で引きつる私を見て、ヴォルはフッと不敵に笑う。
「まあ、こんなところだな。俺にかかれば、あんなやつ、朝飯前だ。」
格が違いすぎる……!
あんなすごい技ができるなんて、ヴォルくんは何者なの……!?
すると、ヴォルはふんぞり返りながら、草むらからさらに現れた別のスライムを顎でしゃくった。
「おい、さくら。いつまでも俺の後ろに隠れていられると思うなよ。次は……お前がそいつを倒してみろ。その分厚い教科書でぶん殴れ。」
(……ええええええええええ!? 私なんか、一撃で死んじゃうってばぁぁぁ!!)
驚くのも束の間、スライムはぷる、ぷる、と音を立てながら近づいてくる。
ど、どうしよう……!?
ヴォルはというと、あぐらをかいて頬杖をつきながら、にやにやと笑っている。
(み、見てないで助けてよおおおお!!)
いつの間にか、スライムは私のふくらはぎをぺちぺちと叩いている。
痛くはないけど、何か気持ち悪い……!
どうすればいいか分からず、迫り来るスライムを前に、私は涙目で頭を抱えてしゃがみ込んだ。
その時、頭の中にポロン、と優しい音が響く。
『固有スキル【万物同調】が発動しました』
すると、目の前で弾んでいたスライムの「心の声」が聞こえてきたのだ。
『(ぷるぷる、今日こそは、僕が強いってことを証明してやる!……ぺちぺち)』
……もしかして、過去に「スライムは弱いなあ」とバカにされたことがあるのかな……?だから、頑張って特訓してるのかもしれない。私の勝手な解釈だけど。
「スライムは雑魚だな」
「そんなんじゃ誰も倒せないよ?」
「見習い剣士でも倒せないんでしょ」
……スライムの辛い過去を想像しているうちに、私の目から一筋の涙が伝ってきた。
(今まで、辛かったよね……)
私は、何とかしてスライムのことを応援している意思を伝えるために、スライムに近づいた。
そして、スライムの頭をそっと撫でた。
「……きゅぴーー!!」
スライムは歓声をあげ、私の足元にすり寄ってきた。完全に懐いている。
「…………は?」
今まで黙って見ていたヴォルが、見たこともない間抜けな声を漏らした。
その頭の中は、今日一番のパニックに陥っている。
『(なななな、攻撃魔法も使わず、ただ無言で手を差し伸べただけで、凶暴な魔獣スライムを完全に屈服させ、配下に従えただと……!?奴はとんでもない力を持っているに違いねえっ……!!さくらって奴、何者だ……?!)』
ヴォルは引きつった顔で私を見つめ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「お前……まさか、ただの小娘じゃねぇな? ……面白い。いいだろう、お前を俺の相棒として認めてやる」
『(べ、別にビビってなんかねぇからな!? でも、敵に回したら一番恐ろしいタイプだこれ……! 絶対に怒らせないようにしよう……!)』
(何かすごい勘違いされてるけど……とりあえず、生き延びたぁぁぁ!!!)
私は否定の首振りをしたが、ヴォルは目を見開いたまま固まっている。
私は足元でぷにぷにするスライムを抱き上げ、ホッと安堵するのであった。




