【第27話】魔王戦
四天王のすべての竜たちを、教科書から覚醒した十二の絆の総力戦で完全降伏させた私たち。
ついに魔王城の最奥――禍々しい漆黒の大扉の前に立っていた。
ゴゴゴゴゴゴ……と、重厚な扉が自ら開く。
部屋の中心、世界の闇を集めたような漆黒の玉座に、その男は座っていた。
頭上に巨大な二本の角を持ち、全身から空間を歪ませるほどの闇のオーラを放つ存在。
彼こそが、この世界のラスボス――魔王だった。
「はっはっは。よく来たな、沈黙の支配者さくらよ。そして、我が四天王を破りし戦士たちよ」
魔王がゆっくりと立ち上がり、ただ低く笑っただけで、部屋全体の空気が一瞬で凍りついたように重くなった。
魔王は冷酷な眼光をギラリと光らせ、私たちを見下ろしながら傲然と言い放った。
「世界を侵食する我が絶対の闇……その絶望の力を、ここでとくと味わうがいい!!」
ドオオオオオンッ!!と、部屋を満たした絶望的な「闇の覇気」が私たちの身体を容赦なく押し潰す。
ただその場に立っているだけで、底なし沼に吸い込まれるように、みるみるうちに体力が奪われていくのが分かった。
(ひ、ひええええええ!! なにその圧倒的なラスボス台詞!! 覇気だけで息が苦しいよぉぉぉ!!)
「クソっ……立ってるだけで体力が持っていかれやがる……! だがな魔王の野郎、さくらの前で偉そうに格好つけてんじゃねえよ!!」
「ええ、さくらさんの覇道を守るため……その闇ごと、ここで一刀両断にしてみせます!」
二人は奪われていく体力を補うように、自らの命を燃やすほどの、過去最高の威力を宿した大技を同時に放った。
「黒炎極限破!!」
「神威絶閃!!」
闘技場をも一瞬で蒸発させるほどの黒炎の巨刃と、神の怒りのような極大の雷撃が、同時に魔王へと炸裂した。
ドガアアアアアアアンッ!!!!!
魔王城が崩壊せんばかりの大爆発。
部屋中が光と爆煙に包まれる。
……しかし、煙の向こうから現れた魔王は、衣服を少し焦がしただけで、その圧倒的な漆黒の障壁を維持したまま、びくともせずに佇んでいた。
「ふむ、過去最高の威力か。だが、我が闇の理を崩すには、まだ足りぬな」
魔王が冷酷に右手を掲げる。
その指先に、世界を滅ぼすほどの闇の魔力球が凝縮されていく。
その一振りが、二人の後ろでガタガタと震えている私へと向けられた。
「まずは、そのすべての元凶である『沈黙の覇王』から消し去ってくれよう」
(……ええっ!? ターゲットが私に来たぁぁぁ!?)
シュパァンッ!!と、目にも留らぬ速さで、音速を超える闇のレーザーブレスが私目がけて放たれた。
「……っ!」
恐怖で喉が完全にロックされ、固まる私の前に、純白の影が割り込んできた。
「さくらさんには、指一本触れさせませんッ!!!!」
レオンだ。
彼は自らの長剣を盾にし、全身の魔力を込めて光の障壁を展開した。
ドゴオオオオオオオオンッ!!!!
「がはっ……ぁぁぁぁっ!?」
しかし、魔王の攻撃はあまりにも強大すぎた。
光の盾は一瞬で粉砕され、レオンの身体は凄まじい衝撃とともに後方の石壁へと弾き飛ばされた。
ドサッ……と地面に倒れ伏したレオンは、全身の甲冑がボロボロに砕け散り、血まみれになってピクリとも動かなくなってしまった。
「レ、レオン……っ!?」
その光景を見たヴォルの目の色が変わった。
彼の額に見たこともないほどの青筋が浮かび上がり、全身から噴き出す黒炎が、部屋の温度を一気に跳ね上げる。
「てめぇ……よくも俺の、いや、『俺たちのさくら』に手を出そうとしやがったな……ッ! それに、レオンをそこまでボコりやがって……殺す、絶対にぶっ殺してやる!!!」
ヴォルは咆哮を上げると、凄まじい脚力で床を爆砕しながら魔王へと突撃した。
ここからは、ヴォルたった一人による、肉肉しくも圧倒的な死闘が始まった。
「オラァァァァァッ!!!」
ヴォルは巨大な黒炎の拳を容赦なく魔王の漆黒の障壁へと叩きつける。
ドゴォン!ドゴォン!と、拳が激突するたびに闘技場に爆風が吹き荒れる。
魔王もすぐさま反撃に移り、無数の闇の玉を放つが、ヴォルは野生の勘だけでそれらを最小限の動きで回避。
衣服が切り裂かれ、その自慢のシックスパックの腹筋から血が流れるのも構わず、さらに距離を詰めていく。
「オルアアアッ!」
魔王が放つ漆黒の魔力弾を、ヴォルはなんと自らの手で強引に引き裂き、そのまま魔王の顎を狙って強烈なアッパーカットを放った。
ドガァァァンッ!!
一人きりとは思えないその猛攻に、さすがの魔王も初めて顔を歪めて後退する。
「はぁ……はぁ……っ、まだまだ終わらねえぞ!! 俺が倒れたら、誰がさくらを守るんだよ!!」
はだけた衣装から汗と血を流し、息を切らしながらも、ヴォルは一人で魔王の猛攻を必死に食い止め、私の前に絶対の壁として立ち続けていた。
その圧倒的に格好良くて過保護な背中に、ぷに丸は「きゅぴぃぃぃぃ!」と涙目で絶叫していた。
(ど、どうしよう!私にも何かできることはないかな……?)
ヴォルが命がけで時間を稼いでくれている間に、私は大ピンチのレオンに駆け寄り、どうにか助けようとオドオドしながらポケットを漁った。
その時、霊峰遠征のきっかけとなった、あの伝説の秘宝――『世界樹の雫』が入った小瓶が、カチカチと激しく虹色の光を放ち始めた。
(あっ、これ……『どんな傷や呪いも一瞬で癒やす』って、ティオくんが言ってた……!)
私は無言のまま、光り輝く「世界樹の雫」の小瓶を、横たわるレオンの傷口へとそっと近づけた。
すると、瓶の中からサラサラと溢れ出た聖なる光の雫が、レオンの身体を優しく包み込んだ。
シュワァァァァァァァッ……!
「……っは!? 傷が……消えていく……!?」
次の瞬間、驚くべき奇跡が起きた。
レオンの全身の深い傷が一瞬にして完全に塞がり、砕けた甲冑の奥から、以前よりもさらにツヤツヤとした健康的な肌が覗かせたのだ。
奪われていた体力も魔力も、一瞬で全回復していた。
「あぁ……さくらさん……。傷を癒やすだけでなく、私の全細胞が神の如き魔力で満ち溢れていくのを感じます……! 貴女の愛の雫、一生忘れません!」
感動の涙を流しながらスマートに立ち上がるレオン。
それを見た、たった一人でゼーゼーと息を切らしながら戦っていた隣のヴォルが、ハッと目を見開いて、もの凄く不満そうな顔でジタバタと地団駄を踏み始めた。
「な、なぁっ!? ずるい!! ずるいぞ金ヅラ!! 俺が命がけで一人で戦ってる間に、さくらの特製お薬でそんなにピカピカになりやがって!! おいさくら! 俺も! 俺も今、魔王のせいで身体中が傷だらけなんだから、そのお薬俺にもくれ!! 俺にも近づけてクイクイしてくれよぉぉぉ!!」
(ヴォルくん、せっかく一人で格好よく戦ってくれてたのに台無しだよぉぉぉ!! 幼児退行してレオンくんに嫉妬しないでぇぇぇ!!)
ヴォルがまたしても騒がしくなり始めた、まさにその時。
私の固有スキル「万物同調」が、腕を組んで再び攻撃の構えを取ろうとしている魔王の、あるいは切なくて衝撃的な「本音」を強制受信した。
『(……ほう、世界樹の雫か。だが、我が闇を前にいつまで持つかな……だけど、頼むからこれ以上近づかないでくれ。俺だって、本当は人間たちと戦いたいわけじゃないんだ……。俺は、この世界の「理」が魔界へ流し込んでくる最悪の『呪い』を、この部屋で一身に引き受けることで、大切な魔界の民や、四天王たちを必死に守っているだけなんだ……! 俺が倒れたら、制御を失った世界の呪いが暴走して、魔界も人間界もすべてバグまみれになって滅びちまう……。だから俺は、どれだけ身体が呪いに蝕まれて痛くても、孤独な悪役としてここで戦い続けなきゃいけないんだ!!!)』
(魔王様……本当は、自分の身を犠牲にして、大好きな魔界のみんなを守るために一人で孤独に戦ってたんだ……!!)
地獄の底からの威圧的な声の裏で、大切な仲間たちのために悲痛な涙を流している魔王の本音に、私の胸はギュッと締め付けられた。
そうか、この魔王様は悪い魔物なんかじゃない。
世界の不条理なシステムから、大好きな居場所を守ろうとしていた、誰よりも優しい王様なんだ……っ!
それを察した私は、もう戦う必要はないと確信し、すぐに行動に移した。
私はいつものスケッチブックとペンを取り出し、一生懸命に文字を書き殴って魔王に見せた。
『魔王様、もう悪者ぶって戦わなくて大丈夫です! あなたが一人で魔界の仲間たちを守るために、世界の『呪い』を背負って孤独に苦しんでいた本音、私のスキルで全部聞こえました! この『世界樹の雫』があれば、あなたを蝕む呪いも一瞬で癒やせるはずです! あなたを苦しめる世界のシステムを一緒に壊して、みんなで一緒に平和に暮らしましょう!』
「……な、何だと……っ!? しかも、その召喚獣たち……俺の可愛い四天王たちを、虐めるのではなく『仲間』として連れてきてくれたというのか……っ!?」
健気な手書きのメッセージを読んだ魔王は、漆黒の目を大きく見開いてガタガタと震えだした。
「……お、俺の孤独な戦いを見抜いてくれたというのか……!? このシステムから、魔界の民ごと、俺を……救ってくれると……っ!?」
魔王の眼窩から、我慢していた大粒の涙がボロボロと溢れ出た。
「……おいレオン、どういうことだ!? さくらがスケッチブックの文字で、魔王をハッキングして泣かせやがったぞ!?」
「流石はさくらさん……! 世界樹の雫を敢えて敵にチラつかせ、『お前の命の権限は我が手にある』と無言で脅迫し、一瞬で魔王の戦意を完全崩壊させるとは……! やはり世界を制覇する真の支配者、智謀の神です!!」
(だから違うのーーー! 私はただ魔王様の優しい本音に感動して、一緒にシステムを壊そうって言いたいだけなのーーー!! 二人とも物騒な解釈しないでぇぇぇ!!)
「きゅぴ〜〜〜〜っ!」
ぷに丸が、魔王の心の解放を祝うように、魔王の巨大な角の上でポヨンポヨンと楽しそうにダンスを踊っていた。




