【第25話】魔界の四天王・風竜
雪女のシャーベラさんが崖から落ちそうになったところを、私の指示でヴォルが抱きとめて救った、氷山ゾーンでの戦い。
間一髪で助かったシャーベラさんは、あろうことかヴォルのワイルドな男らしさにガチ恋してしまい、ヴォルも鼻の下を伸ばして満更でもない様子。
それを見た私は、胸の奥がチクッと痛み、スケッチブックを抱きしめてぷくーっと頬を膨らませていた。
そんな微熱を帯びた空気のまま、私たちは魔王城の核心部――数々の猛者が命を落としてきたという、巨大な『闘技場ステージ』へと足を踏み入れた。
刹那、闘技場全体に猛烈な暴風が吹き荒れた。
「グルアアアオオオオンッ!! 我が領域へようこそ。魔王軍四天王が最強の一角――風竜とは、我のことなり!!」
そこに君臨していたのは、巨木をも一瞬で引きちぎるようなエメラルド色の翼を持った、伝説の巨大な風竜だった。
闘技場を埋め尽くすほどの威圧感と、肌を切り裂くような鋭い風の刃。
「チッ、またトカゲの同類かよ! 吹き飛ばしてやるぜ!」
「さくらさん、お下がりください! 暴風ごと一刀難断してみせます!」
先ほど私の網膜に筋肉を焼き付けた(と勘違いしている)二人は、またいいところを見せようと突撃した――が。
「烈風・嵐刃乱舞!!」
風竜が巨大な翼をひと振りすると、闘技場にいくつもの巨大な竜巻が発生した。
あまりの風圧と凄まじい風の結界の前に、ヴォルの黒炎も、レオンの雷撃も、近づくことすらできずに上空へと吹き飛ばされてしまう。
さらに、足場が風で浮き上がり、二人は踏ん張りが効かずに壁へと叩きつけられてしまった。
「はぁ、はぁ……何という風圧……! 近づくことすら許されないというのですか……ッ!」
「クソっ、風が強すぎて攻撃が全部流されやがる……! おい金ヅラ、お前が盾になれ!」
二人の最強の猛者が、風竜の圧倒的な環境デバフの前に、かつてないほどの死闘を繰り広げ、大苦戦を強いられていた。
……しかし。そんな命がけの戦場の裏で、私の「万物同調」のスキルは、その巨大で凶悪な風竜の、あまりにも外見とかけ離れた、衝撃的な「本音」をダイレクトに受信してしまっていた。
『(……ここを通りたくば、我を倒してみせよ。……って、おいおいおいおい待って!? 何あの空気、最高に激アツなんだけど!! 真ん中の黒髪の少女、ちょっと拗ねてやきもち焼いてるわよね!? 尊い……!! ちょ、戦うのやめて、我、他人の恋愛ゴシップが三度の飯より大好きなのよォォォ!! 男たちの泥臭い戦闘なんてどうでもいいから、早く恋バナの準備しなきゃ!!)』
(ええっ、まさかの乙女ちっくな恋バナ好きな女の子風竜だったーーー!?!?)
見た目は嵐を呼ぶ伝説の超巨大竜なのに、中身は深夜の女子会で他人の恋事情に興奮するギャルそのものな本音に、私は心の中で猛烈なツッコミを入れた。
『(あ、お茶会の準備しなきゃ! 我の風でお茶が吹き飛ばないように結界を張って……)』
風竜の本音と連動するように、闘技場の中心に突如として、風の結界に守られた「無風でポカポカとした平和な空間」が出現した。
(あ、ありがたいかも……。風竜さんの風で身体が冷えてたし、ちょっとヴォルたちのことでモヤモヤしてたから、前のお話の街で買っておいた『お気に入りのマイお茶セット』でお茶を淹れて休憩しよう……!)
私は声が出ないため、無言のまま直立不動で、スッとお茶セットを下ろした。
そして、お気に入りの急須と、とっても良い香りがするこだわりの茶葉、そして綺麗なティーカップをテーブルの上へと丁寧に並べた。
お湯を沸かし、茶葉を急須に入れて、じっくりと蒸らす。
トクトクトク……と、綺麗な琥珀色の温かいお茶をカップに注ぐと、無風の空間にふんわりと心が落ち着く最高の香りが広がっていく。
私が丁寧に淹れたそのお茶を、対面に座った風竜の前にスッと差し出すと、風竜は「わぁ、気が利くじゃない!」と嬉しそうに目を輝かせた。
私が上品にお茶をコトッと一口いただくと、風竜の目が、ピキィィィンと鋭く光り、私の心に直接語りかけてきた。
『(ちょっとあなた ……我が風のセンサーをナメちゃダメよ。さっきからあなたの心の風、もの凄く乱れてるわ。……ずばり、さっきのエリアで、激しくやきもちを焼いていたわね!?』
(ーーーっ!?!?)
完璧に見抜かれていた。
私はお茶を吹きそうになりながら、顔を一瞬で真っ赤に染め、大慌てでいつものスケッチブックとペンを取り出した。
何より、この恋バナ好きの女の子風竜の親しみやすいオーラに、私の壁がガラガラと崩れてしまったのだ。
私はガタガタと震えながら、スケッチブックに一生懸命、先ほどの不満と愚痴を書き殴って風竜に見せた。
『いつもは私のことばっかり過保護に追いかけてきて、ぷに丸にすら嫉妬するくせに、新しく現れた大人の色気があるシャーベラさんに一瞬で見惚れて鼻の下伸ばすなんて、ヴォルくんのバカ! 満更でもない顔しちゃって、男の人ってやっぱり綺麗な大人の人がいいんだ、私みたいな子供じゃダメなんだって思ったら、なんだかもう凄くモヤモヤして面白くないんです!!』
スケッチブックいっぱいに書かれた、女子高生らしい可愛い直筆の愚痴。
それを読んだ風竜は、巨大な尾をバンバンと床に叩きつけて大興奮した。
『(キャーーーハハハ!! 最高!! あなた可愛すぎる!! でもね、それは男っていう生き物を分かってないわ! 良い? あの黒竜男の「本音」を我が風で読み取ってあげたけど、あいつ、シャーベラ様に惚れてるわけじゃ全くないわよ。ただ単に「お、野生の美人がいるな」って、道端の綺麗な花を見る感覚で一瞬ボケーっとしただけ! あいつの心の一番深いところにあるのは、さくらちゃん、あなたへの過保護な独占欲だけよ! だから自信持ちなさい!!』
『えっ……本当ですか……? 私への独占欲だけ……?』
『(本当よ! だから、そんな風に拗ねてスケッチブックで顔を隠してないで、次のエリアではちょっとツンとして「私、怒ってます」ってアピールしてみなさい! あいつ、焦って犬みたいにワンワン謝ってくるから! これが我が烈風の的確な恋バナアドバイスよ!』
『なるほど……! ツンとしてみればいいんですね……! 風竜さん、お茶を飲んで相談に乗ってくれてありがとうございます……!』
私が少し元気を取り戻し、スケッチブックを胸に抱きしめてコトッとお茶をおかわりしている、その結界のすぐ外側では。
「はぁ、はぁ……っ! おい金ヅラ、どういうことだ!? なんでさくらが、あの凶悪な四天王の風竜とお茶をシバいてるんだよ!?」
「わ、分かりません……! しかし、さくらさんは一切の声を上げず、わざわざ事前に購入していたマイお茶セットを取り出し、四天王の風竜と高度な精神攻撃の応酬を行っている……! なぜお茶を淹れて談笑しているのか意味がわかりませんが、きっとこれも敵の精神を内側から崩壊させる、さくらさんの深遠なる智謀の儀式に違いありません!!」
満身創痍の二人の男たちは、さくらちゃんがまさかの「恋バナの愚痴」を風竜にぶつけているとは夢にも思わず、ただただ意味がわからないまま、分裂した二匹のぷに丸たちが「きゅぴ〜」とトコトコ運んできた温かいお茶を「あ、ありがとうございます……」とガタガタ震えながら、ありがたくいただくのだった。
「きゅぴ〜〜〜〜っ!」
ぷに丸が、お茶会の成功を祝うように、風竜の巨大な頭の上でポヨンポヨンと楽しそうにダンスを踊っていた。
一言も喋れない女子高生、姫乃さくら。
四天王の風竜にやきもちを完璧に見抜かれ、自分のお茶セットでもてなして的確な恋バナアドバイスをもらっただけの彼女の闘技場ステージは、またしても男たちの盛大な勘違いの熱量を上げながら、大団円として幕を閉じるのだった。




