【第24話】雪の女王・シャーベラ
「嘘つきお断りゲート」の門番を私の手書きスケッチブックで大満足させ、魔王城の最初の大門を突破した私たち。
しかし、通路の先へ進むと、城の中とは思えないほどの極寒の空気が吹き抜けてきた。
目の前に広がっていたのは、どこまでも白く凍りついた魔のエリア――『氷山ゾーン』だった。
「ク、クソ……ッ! さっきの火山とは真逆じゃねえか……! さむッ、マジで寒ぃわ!!」
さっきのデスマウンテン火山で「次の戦闘からはずっと上半身裸で戦ってやる!」と豪語していたヴォルだったが、あまりの極寒に即座に前言を撤回。ガタガタと全身の鱗を震わせながら、大慌てで床に脱ぎ捨てていた黒い上着を拾い上げ、首元までキッチリとボタンを留めて服を着直した。
「くっ……! せっかくさくらさんに私の肉体美を網膜に焼き付けていただいたというのに……! この寒さでは、はだけた姿を維持するのは健康上の理由で不可能です……ッ!」
レオンもまた、悔しそうに前髪を濡らす汗を払いながら、ガシャガシャと重厚な甲冑を大急ぎで着直している。
二人のイケメンが、さっきの熱血ホスト状態から一転して「キッチリ着込んで防寒対策」をしているシュールな光景に、私はスケッチブックで顔を隠しながら、(うぅ、二人とも風邪ひかないでね……でも、服を着てくれてちょっとホッとしたかも……)と、心の中で密かに胸をなでおろしていた。
私たちが凍りついた雪道を恐るおののく進んでいると、前方の吹雪がフワリと渦巻き、そこから一人の女性が姿を現した。
「フッ……我が絶対零度の結界へようこそ。魔王軍が一角――雪女の『シャーベラ』とは、私のことよ」
そこに出現したのは、息をのむほど妖艶な見た目をした美女だった。
透き通るような白磁の肌に、氷の結晶で編まれたかのような、胸元が大胆に開いた薄藍色の和風ドレス。
歩くたびに、スリットの入ったスカートから覗くしなやかで白い生脚が、周囲の銀世界の中で怪しく、そしてセクシーな魅力を放っている。
長い黒髪は氷の簪で結い上げられ、切れ上がった妖艶な瞳が、私たちを妖しく見据えていた。
(わ、わぁ……!! すっごい美人さん……! まさに大人って感じの、綺麗な雪女さんだなぁ……!)
あまりの美しさに私が圧倒されていると、隣にいたヴォルが、生唾をゴクリと飲み干した。
「……お、おい。あいつ、めちゃくちゃスタイル良いじゃねえか。っていうか、顔がすげえ好みだぞ……」
いつもは「さくらが一番だ!」と過保護に吠えているはずの竜の化身が、妖艶なシャーベラの姿に完全に目を奪われ、ぽかんと口を開けてうっとりとしてしまっている。
最強のトカゲ男の、あまりにも分かりやすすぎる鼻の下を伸ばした態度に、レオンの青い瞳がピキッと冷たく光った。
すると。
スパーーーーンッ!!!!
「ぶへぇっ!?!?!?」
凍てつく空間に、もの凄く良い音が響き渡った。
レオンが一切の手加減なしの高速スイングで、見惚れているヴォルの頬へ強烈なビンタを叩き込んだのだ。
「このケダモノがあっ!!!! 貴方はさくらさんという至高の主がいながら、敵の妖艶な誘惑に一瞬で心を売り渡すというのですか! 万死に値します、この不潔なトカゲめ!!」
「いってえな!! 何しやがるこの鉄クズ!! 俺はただちょっと綺麗だなと思っただけだろ!!」
「少しでも邪念を抱いたことが罪なのです!!」
(レオンくんのビンタ、容赦なさすぎるよぉぉぉ!!っていうか、二人とも戦いの前に身内揉めしないでーーー!!)
二人がドタバタと喧嘩を始めたその時。
「無駄なお喋りはそこまでよ。凍りつきなさい!」
シャーベラ冷徹に言い放ち、両手を掲げた。
「ブリザード・エンド!!」
ドゴオオオオオッ!!と、闘技場のような氷山全体を包み込む、視界を完全に遮るほどの凄まじい吹雪が吹き荒れた。
「くっ、迎撃するぞトカゲ!!」
「言われなくても分かってらぁ!『 漆黒の火炎弾』!!」
「九天雷刃!!」
ヴォルとレオンが慌てて黒炎と雷撃を放ち、雪女の攻撃を相殺しようとした――が、次の瞬間。
シャーベラの放った吹雪の冷気があまりにも強大すぎたため、ヴォルの放った炎も、レオンの放った雷撃も、発動した瞬間に「カチコチ」と音を立てて物理的に氷の塊へと固められ、地面へボトボトと落ちて砕け散ってしまった。
「なっ……炎まで凍らせただと!?」
「何という凶悪な魔力……! 私たちの攻撃が、完全に力負けしている……ッ!」
二人の猛者が雪女の圧倒的な力に驚愕し、身構える。……しかし。そんな緊迫した戦場の裏で、私の「万物同調」のスキルは、その妖艶な氷の女王・シャーベラの、あまりにも見た目とかけ離れた致命的な「本音」をダイレクトに受信してしまっていた。
『(うわああああああん!!! ごめんなさい嘘です!! 自分でカッコつけて大技放ったはいいけど、吹雪を強く起こしすぎて前が1ミリも見えませええええん!!! 視界が真っ白で、敵がどこにいるかも自分の足元がどうなってるかも完全に分かんないよぉぉぉ!!! 誰かエアコンつけてこの吹雪を止めてーーー!!!)』
(やっぱりこのエリアの魔物もポンコツだったーーー!?!?)
不気味な氷の微笑を浮かべたまま、心の中で涙目を流して大パニックを起こしているシャーベラの本音に、私は心の中で完璧なツッコミを入れた。
見ると、シャーベラは優雅にステップを踏んでいるように見えて、実は前が見えないせいで千鳥足になっており、フラフラと氷山の「崖の方向」へと向かって歩いてしまっていた。
『(ひぃぃ! なんか足元が急に軽くなってきた気がするんだけど!? もしかしてここ、崖っぷち!? 落ちる、これ一歩進んだら真っ逆さまに落ちて死んじゃうーーー!! 誰か助けてぇぇぇ!!)』
(あぶないっ!! あのままだと本当に崖から落ちちゃうよ!!)
シャーベラの本音を受信して可哀想になった私は、声が出ないため、大慌てで隣にいるヴォルの服の裾をグイグイと必死に引っ張った。
「あぁ?何だぁ?!」
そして、スケッチブックを掲げる暇もなく、自分の手で前方の崖のほうを指差し、ぐいっと引っ張るジェスチャーを送った。
(ヴォルくん! あの雪女さん、前が見えなくて崖から落ちそうだから、早く走って助けてあげて!! お願い!!)
必死の表情で訴えかける私を見て、ヴォルは「はぁ!?」とあからさまに嫌そうな顔をして声を荒らげた。
「おいおいさくら、何言ってんだよ!? あいつは俺たちを殺そうとしてる敵だぞ? なんで俺がそんな奴を助けなきゃいけねえんだ――」
「ヴォル、さくらさんの意図が分からないのですか!!」
すかさずレオンが前に出て、胸を張った。
「さくらさんは、敵である四天王の『足元の乱れ』を完璧に見抜き、敢えてあちらに恩を売ることで、無傷で降伏させるという高度な精神戦を仕掛けようとされているのです! 行きなさい、トカゲ脳!!」
(違うのーーー! 私はただ純粋に、あのお姉さんが崖から落ちそうで危ないから助けてって言いたいだけなのーーー!!)
言葉が出ない私は、涙目でコクコクと首を縦に振る(諦めの肯定)しかなかった。
ヴォルはチッと不機嫌そうに舌打ちをしながらも、「さくらの頼みなら仕方ねえな!」と地面を蹴った。
ドムッ!!と、竜の脚力で一瞬にして吹雪を突き抜け、崖っぷちで完全に足を踏み外して「うわあっ」と声を上げたシャーベラの身体を、ヴォルはその逞しい腕でガシッと力強く抱きとめた。
「おっと……危ねえな、おてんばお姉さん。さくらの指示がなきゃ、今ごろ下まで真っ逆さまだぞ」
間一髪のところで、ヴォルのワイルドな腕に「お姫様抱っこ」の形で受け止められたシャーベラ。
自分の吹雪が晴れ、目の前に現れたヴォルの、至近距離での整った野生的な顔立ちと、自分を軽々と支える男らしい腕の逞しさを前に、シャーベラの白い頬が一瞬にしてポッと薔薇色に染まった。
『(えっ……なにこの男の人、めちゃくちゃ格好いいんだけど……!! さっき私の見た目にうっとりしてたから、ただのチャラ男かと思ったら……私がピンチの時に、こんなに王子様みたいに助けに来てくれるなんて……。やだ、胸のドキドキが止まらない……私、この竜の男の人に惚れちゃったかも……っ)』
「……あ? なんだよ、顔真っ赤にして。まだ寒いのか?」
自分の腕の中で完全に乙女の目をしてときめいているシャーベラを見下ろし、ヴォルは照れくさそうに頭を掻きながら、フンと鼻を鳴らした。
「……まあ、お前、近くで見ると余計に……美人だな。さくらを助けるためなら、お前が俺らの仲間になっても、まあ、かまわねえけどよ……」
満更でもない様子で、鼻の下を少し伸ばしながら雪女を抱きしめ直すヴォル。
それを見た私は――。
(…………ムッ)
胸の奥が、なんだか急にチクッと痛むのを感じた。
いつもは「さくら、さくら!」と私のことばかり追いかけて、ぷに丸にすら嫉妬していた過保護なヴォルが、新しく現れた妖艶な大人の美女と、お互いに顔を赤くして何だか良い雰囲気になっている。
(……な、なんか、面白くない……かも)
ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ、ヴォルが別の女の人にときめかれていることに、自分でも気づかないくらい小さな「嫉妬」の感情が芽生えてしまい、私はスケッチブックをギュッと胸に抱きしめて、ぷくーっと頬を膨らませて俯いてしまうのだった。
「きゅぴ〜……?」
「さくらさん……?」
私の足元で、ぷに丸が「さくらちゃん、やきもち?」と言いたげに、心配そうに顔を見合わせていた。
レオンも様子を伺っているようだった。
私は、二人のいい感じの雰囲気をむすっと見つめているのだった。




