【第22話】灼熱のデスマウンテン
地下迷宮で骸骨くんの骨粗鬆症(カルシウム不足)を救い、無事に『魔界への切符』を手に入れた私たちだったが、宿に戻った直後、とんでもないものが送りつけられてきた。
地獄の業火で焼かれたような真っ黒な便箋に、禍々しい紫色のオーラを放つ文字。
それは、魔界の支配者である『魔王』からの直接の挑戦状だった。
『我が領域へ足を踏み入れんとする無礼なる人間どもよ。生きて魔界の土を踏みたくば、道中にある灼熱の監獄「デスマウンテン火山」を越えてみせよ。我が軍勢が貴様らを塵へと変えてくれよう』
「ハッ! 上等じゃねえか。魔界の切符を手に入れた途端にこれかよ。待ってろ、そのツラ拝んだ瞬間に魔王の野郎をボコボコにしてやる!」
(ええええっ!本当に行くのおおお!?)
ヴォルは不敵な笑みを浮かべ、バキバキと拳を鳴らす。こうして私たちは、魔王城へと続く唯一のルートにして、世界で最も過酷と言われる凶悪なアクティブ火山――「デスマウンテン」へと突入することになったのだった。
「……あちぃな、おい」
デスマウンテンの登山口に足を踏み入れた瞬間、世界がまるごとオーブンに変わったかのような、凄まじい熱波が襲いかかってきた。
地面の至る所からドロドロの溶岩が噴き出し、空気はゆらゆらと陽炎のように揺れている。
サウナの最上段に100倍の火力を持ってきたような地獄の環境だ。
「おいさくら、クソ暑い。やってられっかよ、こんなもん!」
登り始めてわずか十分。
ヴォルが限界を迎えたように悪態をついた。
黒を基調とした、あの細かく繊細なデザインの厚手のファンタジー衣装。
金属の鎖や装飾が容赦なく火山の熱を吸収し、今や彼自身の体温を限界まで引き上げているようだった。
「おいトカゲ、ちょっとは我慢しなさい」
「うるせえ! お前だってその重そうな鉄クズ、さっさと脱ぎやがれ!」
「断ります。私はミラノ王国の――」
「あー、クソッ! 限界だ!」
レオンの言葉を遮り、ヴォルが「あちぃ!!」と吐き捨てながら、上着のボタンを乱暴に引きちぎるようにして、上着を腰に巻きつけた。
(ぎゃああああああああああ!?!?)
声には出ない。
しかし、私の心の中の鼓膜は完全に破れるほどの絶叫が響き渡った。
な、何脱いでるのヴォルくんーーー!?
現れたのは、竜の化身にふさわしい、信じられないほど引き締まった見事なシックスパックの腹筋と、汗が艶やかに光る眩しすぎる大胸筋だった。
現実世界で男子の裸、しかもこんな異次元レベルの肉体美なんて見慣れていない私の純情な心臓は、熱中症ではなく別の理由で爆発寸前だ。
私は両手で顔を覆い、指の隙間から(見ちゃダメ、でも格好いい、いやダメぇぇぇ!)と大パニックを起こしていた。
一方のレオンは、前髪を汗で額に張り付かせながら、必死に騎士のプライドを保とうと直立不動を貫いている。
だが、その白と青の高貴な甲冑は、いまや完全に「熱伝導チート」と化していた。
火山の熱をダイレクトに吸収した金属パーツが、彼の皮膚を容赦なく焼きにかかっている。
甲冑の隙間から、冗談抜きでシュウシュウと蒸気が上がっていた。
「くっ……ミラノの……騎士としての、誇りが……っ。さくらさんの前で、このような……無礼な真似……ぐふっ」
熱中症の一歩手前で、ついにレオンの美しい膝がガクガクと震え始める。
白目を剥きかけたレオンを心配して、私がオドオドしながらその袖を引っ張ると、レオンは悲痛な面持ちで私を見つめ返した。
「す、すみませんが……さくらさん……これ以上、ご心配をかけるわけにはいきません。不本意、不本意ながら……少し、失礼します……ッ!」
カシャーン、ガシャーン!!と悲鳴のような音を立てて、レオンは自慢のフル装備の甲冑を脱いだ。
それだけに留まらず、熱がこもった上着のボタンを、あの綺麗な指先で一つ、また一つと切羽詰まった様子ではじき開けていく。
汗に濡れた金髪ロングの隙間から、白シャツの胸元が、これでもかというほどセクシーに大きくはだけていく――!
(うわあああああああああ!!!! どこのホストクラブなのおおおおおお!!!!)
私の脳内は完全にパニックの頂点に達した。
目の前で繰り広げられる、ワイルドなトカゲ系イケメンと、色気抜群の王子様系騎士の生着替えオンステージ。
違う、ここは地獄の火山。
なのに、目のやり場がなさすぎて、私の顔の赤さは周囲のマグマを遥かに超越していた。
しかし、私たちのホストクラブ状態の空間は、突如として破られた。
ズズズズズズ……ッ!!
地響きとともに、目の前の巨大な溶岩の川が激しく沸き立ち、中から山のような巨体を持つ魔獣が姿を現した。
全身が真っ赤に燃え盛る岩石で形成された、火山の主――燃えた岩の魔獣「マグマス」である。
「グラアアアアアオオオオオンッ!!」
マグマスが咆哮を上げると、周囲の気温がさらに跳ね上がった。
「けっ、ちょうどいいサンドバッグだ! ぶっ潰してやる!」
「さくらさん、お下がりください。私が道を切り開きます!」
上半身裸のヴォルが漆黒の炎をその拳に纏わせ、胸元を大きくはだけたレオンが愛剣に激しい雷撃を宿す。
イケメン二人が、露出度高めの格好のまま猛然とマグマスへと襲いかかった。
「オラァッ! 『インフェルノ』!!」
ヴォルの強烈な一発がマグマスの岩肌に炸裂する。
しかし、炎の属性を持つヴォルの攻撃は、全身が火の塊であるマグマスに対して相性が悪すぎた。
「チッ、熱を吸収しやがる……! クソっ、地面まで熱すぎて踏ん張りが効かねえ!」
「私が行きます! 『九天雷刃』!!」
レオンの鋭い雷撃の斬撃がマグマスを捉える。
バリバリと火花が散るが、火山全体の圧倒的な熱気と上昇気流のせいで、雷の威力が途中で霧散してしまった。
さらに、熱せられた空気のせいで酸素が薄く、二人は息を激しく切らして膝をつく。
「はぁ、はぁ……何という熱量……。こちらの魔力が、発動した瞬間に熱で乱されていく……ッ!」
「おい金ヅラ、しっかりしろ!……くそ、俺の身体まで、竜の熱が暴走しそうだ……!」
二人の最強の猛者が、暑すぎる火山の環境デバフのせいで、まさかの大苦戦を強いられていた。それを見たマグマスは、さらに威圧するようにドスドスと迫ってくる――が、私の「万物同調」のスキルは、そのマグマスの、あまりにも見た目とかけ離れた致命的な「本音」をダイレクトに受信してしまった。
『(アッツ!!! いやマジでアッツいわこの山!!! 誰だよ俺をここに配置したやつ!!! 何が悲しくて毎日毎日こんな灼熱のサウナみたいなとこで警備しなきゃいけないわけ!? 全身マグマだから自分の熱がこもって熱中症になりそうなんだけど!! 意識が朦朧としてきた……倒れる……俺、これ以上燃えたらただの灰になる……誰か冷やしてくれぇぇぇ!!)』
(君も熱中症になりそうだったんかーーーい!!!!)
自分で燃えておきながら、火山の暑さに限界を迎えているマグマスの本音に、私は心の中でツッコミを入れた。
見ると、苦戦しているように見えたヴォルとレオンの攻撃のせいではなく、ただ単に自分自身の熱と火山の暑さで、マグマスの岩肌がパキパキと干からび、フラフラと千鳥足になっているだけだった。
(あ、そうだ……! 私の頭の上に、最高のひんやりアイテムがいるじゃん!)
私は、地下迷宮のレーザーで二匹に分裂した、我が従者のぷに丸に目をやった。
ぷに丸は、不思議なことに火山の熱をスルーして、水分をたっぷりと含んだ「ひんやりボディ」をキープしたまま、私の頭の上でポヨンポヨンと涼しそうに跳ねている。
私は声が出ないため、すかさず目の前で苦戦しているレオンの背中を、ツンツンと必死に突っついた。
そして、自分の頭の上のぷに丸を指差し、それから前方のマグマスの頭の上を指差して、必死のジェスチャーを送った。
(レオンくん! 私の頭の上にいる、ひんやりしたぷに丸を、あのマグマスの上に投げて! お願い!)
すると、ゼーゼーと息を切らしていたレオンが、ハッと目を見開いた。
彼の耳には、私の声は届かない。
しかし、私の必死の視線と、的確な指示のジェスチャーから、彼は私からの『絶対の信頼』を感じ取ってしまったらしい。
「さ、さくらさん……ッ! この絶体絶命の危機において、一言も発さず、ただ私を見つめるだけで次なる一手を示してくださる高潔さ……! しかも、この役立たずの私を、まだ見捨てずに指示を、頼りにしてくださるなんて……ッ!!」
ブワッ、とレオンの美しい瞳から、滝のような大粒の涙が溢れ出た。
(レ、レオンくん!? なんで泣いてるの!?)
「 うぅ、有り難き幸せにございます、さくらさん! 私は、私は、貴女の期待に命をかけて応えてみせます!!」
(いや泣きすぎだってばーーー! 水分が涙で全部出ちゃうよぉぉぉ!!)
レオンは号泣しながら、しかしその動きは騎士としての完璧なキレを取り戻していた。
彼は泣きながら、私の頭の上からぷに丸を優しく、しかし正確にひっ掴むと、渾身の力でマグマス目がけて遠投した。
「さくらさんの大いなる慈悲、受け取るが良い――!!」
シュパアアンッ!!と綺麗な放物線を描いて、ぷに丸がマグマスの燃え盛る脳天へとジャストミートした。
その瞬間。
『(冷たあああああああああああああああああああいい!!!!!)』
マグマスの心からの歓喜の絶叫が、私の脳内に木霊した。
頭上に冷やピタを貼られたかのような極上の冷気に、マグマスは「ふにゃあぁ……」と完全に骨抜きになり、そのまま地面にドサッと座り込んでしまった。
しかし、一方で、マグマスの脳天に張り付けられたぷに丸はといえば。
「きゅぴーーーーーーっ!!!!(熱ううううううううううう!!!!)」
(ご、ごめん……!)
さすがのぷに丸も、マグマ直下の熱さには耐えかねたようで、これまでに聞いたこともないような甲高い悲鳴を上げながら、私の元へと大慌てでポヨンポヨンと転がり戻ってきた。
私の腕の中に飛び込んできたぷに丸は、気のせいか、少しだけ表面が「焼き小籠包」のようにこんがりと温まっていた。
「……おい、今度はゼリー野郎を投げつけただけで、あの化け物が骨抜きになりやがったぞ」
上半身裸のヴォルが、呆然とマグマスの様子を見つめる。
マグマスは頭のぷに丸が離れた後も、余韻の冷気で完全に沈静化しており、もはや私たちを襲う気力を完全に失っていた。
それどころか、私に向かって「あざっす……命の恩人っす……」と言いたげに、岩の手を合わせて拝んできている。
「流石はさくらさん。敵の弱点を見抜くだけでなく、その苦しみをも救うことで、戦わずして勝利を収めるとは。私は、貴女にどこまでも付いていきます……!」
胸元をはだけ、涙を拭ったレオンが、再び熱い視線を私に向ける。
(だから違うのーーー! 私はただ、みんな熱中症で共倒れしそうだったから、ぷに丸で冷やしてあげたかっただけなのーーー!! ぷに丸、熱い思いをさせてごめんねぇぇ!!)
こうして、過酷なデスマウンテン火山は、イケメン二人の生着替えと、マグマスの熱中症対策という謎の展開によって突破された。
一言も喋れない女子高生、姫乃さくら。
彼女の「沈黙の覇道」は、またしても勘違いの熱量を上げながら、魔王城へと近づいていくのだった。




