【第21話】魔界の切符クエスト
エルフの森での盛大な凱旋パレードから数日後。
私たちが次なる目的地を決めるための作戦会議は、滞在先であるミラノの街の宿屋の一室で行われていた。
「おいさくら、暇だな。次は魔界に行こうぜ」
木製の椅子にどっかりと腰掛けたヴォルが、まるで「ちょっとコンビニに行こうぜ」くらいの軽いノリで、とんでもない提案を口にした。
(ええっ!?魔界?!)
もちろん、声には出ない。私の心の中の絶叫だけが、部屋の天井を突き抜ける勢いで響き渡った。
ま、魔界!?
魔界って、あのファンタジー小説でよく見る、恐ろしい魔族や血に飢えた魔王がウジャウジャいる、あの一歩足を踏み入れたら二度と生きて戻れないっていう、あの世紀末みたいな場所のこと!?
言葉を失って口をパクパクとさせる私を見て、白銀の騎士レオンがふっと優しく微笑み、お茶の入ったカップを目の前に置いてくれた。
「安心してください、さくらさん。魔界へ行くには、ただ門へ向かえばいいというわけではありません。世界を結ぶ大門をくぐるためには、特別な『魔界への切符』が必要となるのです」
「けっ、まどろっこしいぜ。そんなもん門番ごとぶっ壊せばいいだろ」
「だから貴方は脳筋だと言うのです。さくらさんの前で野蛮な真似はやめなさい。その『切符』は、この近くにある地下迷宮の最深部で受けられる『切符クエスト』の報酬として管理されているのです」
レオンの説明によると、その地下迷宮は、古代の魔法技術と強力な魔獣によって守られている危険地帯らしい。
(うぅ、怖い……行きたくないよぉ……。でも、世界制覇のためには避けて通れないのかな……)
俯いてガタガタと震え始めた私の頭の上で、ぷに丸が「きゅぴ〜ん!」とやる気満々に跳ねた。
私の意志とは裏腹に、こうして私たちは地下迷宮へと出発することになってしまったのだった。
地下迷宮へと続く森の道中、私たちはきれいに澄んだ大きな池のほとりを通りかかった。
「おいさくら、ちょっと待ってろ。地下に入る前に、腹ごしらえの食料を調達してやる」
ヴォルはそう言うなり、自慢の鋭い爪をギラリと光らせて池へと飛び込んだ。
バシャバシャと激しい水しぶきが上がり、池の魚たちが恐怖で飛び跳ねる。
「オラァッ! 獲ったぞさくら!」
ヴォルが満面のドヤ顔で掲げたのは、丸々と太った立派な川魚たちだった。
しかも一匹や二匹ではない。
器用に爪に引っ掛けたり口に咥えたりして、瞬く間に大量の魚を仕留めてみせた。
「フン、相変わらず野生児ですね。ですが、地下迷宮でのエネルギー補給としては悪くない判断です。さくらさん、生魚は危ないですから、後で私がしっかりとムニエルに調理して差し上げますね」
レオンがスマートにハンカチを差し出す横で、私はヴォルが獲ってくれた大量の魚を見つめながら、(わぁ、大漁だ……! でもこれ、地下にどうやって持っていくんだろう……)と、少しだけ現実的な心配をしていた。
そして、私たちはついに目的の地下迷宮へと足を踏み入れた。
ひんやりとした湿った空気が肌を刺し、奥へ進むほどに辺りは薄暗くなっていく。
根源的な恐怖が、暗闇の中でトクンと脈打つ。
(うぅ、お家に帰りたいよ……)
長い階段を降り、巨大な鉄の扉を開けた瞬間だった。
ジーーーーッ、と鼓膜を震わせる不気味な機械音が響き渡り、通路の奥から、目も眩むような真っ赤なレーザービームが無数に照射された。
それはまるで、近未来の美術館のセキュリティシステムのように、通路を網の目のように完全に塞いでいた。
(ひ、ひええええええ!! なにこれ!? 触れたら一瞬で消し炭になるやつじゃん!!)
あまりの光の強さと恐怖に、私の喉の筋肉は完全にロックされた。
恐怖のあまり、一歩も動けず、表情をピキッと引きつらせたまま、直立不動でフリーズする。
完全に言葉を失い、冷や汗を流しながら無言でレーザーを見つめることしかできない。
と、その時。
私の頭の上で退屈そうにしていたぷに丸が、何を思ったのか「きゅぴ〜?」と呑気な声を上げて、ポヨンと前方に跳ねてしまった。
「あ、おい! ゼリー野郎!」
ヴォルが叫ぶよりも早く、ぷに丸の身体が無数のレーザービームに思い切り接触した。
ジジジジジッ!!!
激しい光波が弾け、私は(ぷに丸がああぁぁぁ!!)と心の中で悲鳴を上げた――が、次の瞬間。
パチン、という小気味いい音とともに、ぷに丸の身体が綺麗に真ん中からパカッと分かれ、全く同じサイズの「二匹のぷに丸」へと分裂した。
「きゅぴ!」「きゅぴ!」
二匹になったぷに丸は、何事もなかったかのように、お互いの顔を見合わせて楽しそうに跳ねている。
どうやらダメージを受けるどころか、レーザーのエネルギーを吸収して増殖したらしい。
(えええええええ!? 増えたぁぁぁ!! ぷに丸、強すぎない!?)
私が心の底から驚愕し、しかし声が出ないため相変わらず「無言で直立不動のままガタガタと震えている」と、通路の奥にある監視室のような場所から、この罠の管理者の「本音」が私のスキルによって強制受信された。
『(な、何なんだあの黒髪の少女は……!? 我が迷宮が誇る、触れた者を分子レベルで分解する超高出力・殺戮レーザービームの網を前に、眉一つ動かさず、ただの無言の威圧だけで見つめ返してくるだと……!?)』
『(しかも、あの連れている不気味なスライムのような従者は、レーザーを浴びて死ぬどころか、エネルギーを捕食して自己増殖を始めた……! ひ、化け物だ! あの少女が本気を出したら、この地下迷宮ごと一瞬で消し飛ばされるに違いない……!!)』
(違うのーーー! 私はただ怖すぎて腰が抜けて動けないだけだし、ぷに丸がバグっただけなのーーー!!)
『(ひぃぃぃ! 命だけは助けてくれぇぇ! レーザー、解除しますっ!!)』
カチッ、という情けない音とともに、通路を塞いでいた無数の赤いレーザービームが一斉に消え去った。
管理者が恐怖のあまり、自らセキュリティを完全シャットダウンしてしまったのだ。
「フッ、流石はさくらさん。戦うまでもないと、無言の覇気だけで罠のシステムを屈服させるとは」
「へっ、あのレーザーを撃ってた腰抜け、さくらの視線にビビり散らかしてやがったな。行くぞ!」
(だから違うってばぁぁぁ!!)
過保護な二人の賞賛を浴びながら、私はガクガク震える足で、さらに奥へと進むしかなかった。
レーザー地帯を抜けた先は、広大な円形の広場になっていた。
そこが、魔界への切符をかけた『切符クエスト』の最終エリアだった。
ズズズ……と地面が揺れ、中央の地面から、カタカタと不気味な骨の音を響かせながら、巨体を持つ恐ろしい魔獣が現れた。
それは、全身が鋭利な骨で形成された、巨大な骸骨「スケルキング」だった。
その眼窩には、怪しい紅い地獄の炎がメラメラと燃え盛っている。
「グルアアアオオオオンッ!!」
地鳴りのような咆哮を上げるスケルキング。
その圧倒的な威圧感に、私は完全に白目を剥きそうになりながら、ふたたびお人形のように固まった。
(出たあぁぁぁ!! 魔獣だぁぁぁぁ! 骨なのにすっごい強そう!!)
私が恐怖で震えていると、私の「万物同調」のスキルが、その骸骨の魔獣の、あまりにも外見とかけ離れた情けない「本音」をダイレクトに受信した。
『(あ〜〜……。今日も今日とて門番の仕事だけどさぁ……。ぶっちゃけ、最近マジでカルシウムが足りてないんだよねぇ……。ちょっと咆哮しただけで、顎の関節がバキッていって超痛いんだけど……。あ〜、関節がバキバキする……軟骨すり減りそう……骨粗鬆症になったらどうしよう……)』
(カルシウムが足りないのぉぉぉぉぉぉ!?!?)
不気味な咆哮の裏で、ものすごくリアルな健康上の悩みを抱えているスケルキングの本音に、私は心の中で猛烈なツッコミを入れた。
骨の魔獣のくせにカルシウム不足ってどういうことなの。
『(あ〜あ、誰か新鮮な小魚とかミルクとか差し入れしてくれないかなぁ。カルシウムさえ補給できれば、こんな門番の仕事なんか放り投げて、喜んで切符でも何でもあげるのになぁ……カタカタカタ……)』
スケルキングの本音を聞いた私は、ハッと閃いた。
カルシウム。新鮮な小魚。
……そうだ、さっき道中の池で、ヴォルが大量の魚を獲ってくれていたじゃん!
私は声が出ないため、すかさず隣にいるヴォルの服の裾を、クイクイと必死に引っ張った。
「あぁ?何だよ」
そして、ヴォルが抱えている大量の川魚の束を指差し、それから骸骨の魔獣のほうを交互に指差した。
(ヴォルくん! そのお魚を、あの骸骨さんにあげて! お願い!)
必死のジェスチャーで、魚をあげるように指示を送る。
するとヴォルは、あからさまに嫌そうな顔をして、眉をひそめた。
「はぁ? さくら、せっかく俺がお前のために獲ったってのに、なんでこんなカサカサの骨ピエロに魚をやらなきゃいけねえんだよ? 勿体ねえだろ」
「ヴォル、さくらさんの意図が分からないのですか」
すかさずレオンが前に出て、長剣の柄に手をかけながら、骸骨の魔獣を鋭い目で見据えた。
「さくらさんは、あの魔獣が『我々の獲った魚を貢ぎ物として要求している』ことを見抜いたのです。そして、無駄な戦いによる迷宮の崩壊を防ぐため、敢えてその慈悲を与えようとされている。……違いますか、さくらさん?」
(全然違います!! 骨の関節がバキバキいってて可哀想だから、カルシウムを補給してあげてって言いたいだけなのーーー!!)
声を大にして否定したいのに、私の喉は相変わらず沈黙を守ったままだ。
私が涙目でコクコクと首を縦に振る(諦めの肯定)のを見て、ヴォルはチッと舌打ちをしながら、抱えていた大量の魚を骸骨の魔獣の足元へ放り投げた。
「ほらよッ! さくらからの施しだ、有り難く受け取りやがれ!」
ドサドサッと音を立てて、新鮮な川魚がスケルキングの前に積まれる。
スケルキングは、一瞬唖然としたように骨の身体をカタカタと震わせたが、目の前の魚の山を見るなり、その眼窩の紅い炎を激しく輝かせた。
『(えっ……!? これ、さっき獲れたばかりの、超新鮮でカルシウム満点の川魚じゃん!! う、美味そう……!! っていうか、あの黒髪の少女、俺が一言も発してないのに、俺の『カルシウムが足りない』っていう本音を完璧に見抜いて、一番欲しかったものを差し出してきたぞ……!?)』
スケルキングは、恐怖と感動のあまり、ガクガクと全身の骨を震わせた。
『(恐ろしや……! 心の底をすべて見透かされている……! これが新たなる「沈黙の魔王」の底知れぬ力か……!!)』
スケルキングは慌てて魚の山を抱え込むと、これ以上ないほど綺麗に、その場に膝をついてガシャーンと平伏した。
「グルルゥ……(偉大なる魔王様、最高のカルシウムをありがとうございます……!)」
スケルキングは、自身の骨の隙間に大切に保管していた、禍々しい魔力が込められた金色のカード――『魔界への切符』を、両手で恭しく私へと差し出してきた。
「おい、戦わずして切符を差し出しやがったぞ……」
「流石はさくらさん。魔獣の心をも一瞬で掌握し、無血開城させるとは。その底知れぬ器の大きさ、やはり貴女こそ真の支配者です」
二人の過保護な男たちが感嘆の声を上げる中、私は(あ、良かった。これで骸骨さんの骨粗鬆症も予防できるね……)と、心の中でホッと胸をなでおろしていた。
「きゅぴ〜〜〜っ!」「きゅぴ〜〜〜っ!」
分裂した二匹のぷに丸が、手に入った金色の切符の上で、楽しそうにポヨンポヨンとダンスを踊っている。
一言も喋れない女子高生、姫乃さくら。
罠をバグらせ、魔獣の健康状態を改善しただけの彼女の地下クエストは、またしても世界を震撼させる「沈黙の覇道」として、魔界の門番たちの噂に刻まれていくのだった。




