【第19話】森の女王・エルフレイア
「――よくぞ来てくれました、新たなる魔王、さくら殿。……いえ、今はあえて、我が森を救う聖母と呼ばせていただきましょう」
エルフの森の最深部。大樹の玉座に佇むのは、白銀の長い髪と翡翠の瞳を持つ、息をのむほどに美しいエルフの女王――「エルフレイア」だった。
エルフレイアは神妙な面持ちで、私に向けて深く頭を垂れた。
「実は、私たちの命の源であるこの森が、今、枯れかけているのです。森に潤いをもたらす『水源の谷』の川が完全に干上がってしまい、このままでは数日のうちにすべての植物が朽ち果ててしまうでしょう。どうか……どうかその圧倒的な力で、我が森に救いを……!」
(ええっ!?今度は森の滅亡の危機!?そんな重大なイベント、私みたいな普通の女子高生に任せないでぇぇぇ!!)
心の中で涙目になりながら絶叫する私だったが、あまりのスケールの大きさに喉が完全にロックされてしまい、いつも通り「……」と直立不動で凍りつくことしかできない。
その冷徹な佇まいを見たエルフレイアは、感極まったように細い手を胸に当てた。
「……言葉を交わすまでもない、と。すでに事態のすべてを見通し、無言の決意で引き受けてくださるのですね。なんという慈愛。すぐに行き先を案内いたしましょう!」
(話を聞いてぇぇぇ!引き受けてないし見通してもないのーーー!!)
こうして、一言も喋れない私の「沈黙の威圧」によって、私たちは急遽、森の命運を懸けて「水源の谷」へと向かうことになってしまったのだった。
エルフレイアに案内された道中は、恐ろしいほどの難所だった。
切り立った崖の細い足場を通り、私たちはゴツゴツとした岩肌が剥き出しになった、水の一滴も流れていないカラカラの「水源の谷」へと到着する。
ヴォルとレオンの二人は、崖道でもずっと私の両脇をソワソワと固めていた。
「さくらさん、崖の風が強いです。私の甲冑の陰にお隠れください!」
「おい金ヅラ、お前のピカピカした鎧じゃ風除けになんねえだろ。さくら、俺のマントに捕まってろ」
二人に優しく気遣われながら、私の頭の上ではぷに丸が「きゅぴ〜ん」と揺れ、肩の上では先ほど仲間になったカマイタチさんが「さくらちゃんのキューティクルは私が守るわ!」と、ふさふさの尻尾をなびかせている。
その時だった。
ズズズズズズン……!!と、干上がった谷の地盤が大きく揺れ動いた。
地割れと共に岩肌を突き破って現れたのは、小さな家ほどもある、全身が頑強な花崗岩の甲羅で覆われた神話級の巨亀――「グラウンド・タートル」だった。
(で、でかあああああああ!!)
「何だあいつは!水が出ねえ原因はあのバカデカい亀か!さくら、どいてろ、今すぐ焼き尽くしてやる!」
ヴォルが両手に激しい紅蓮の炎を宿し、火炎の濁流を巨亀に向けて放った。
ドゴオオオオオン!
しかし、グラウンド・タートルの岩の甲羅はビクともしない。
それどころか、炎の熱を吸収してさらに頑強さを増したようにさえ見えた。
「なんだとぉ!?」
ヴォルが拍子抜けする。
「くっ、炎が効かない!?ならば私の雷で内部を叩き割る!『迅雷』――!」
レオンが神速で踏み込み、紫電を纏った刃を甲羅の隙間に叩きつける。
バリバリバリッ!と激しい電撃が走るが、大地の属性を持つ巨亀には雷のダメージもほとんど通らず、逆に激しい衝撃波でレオンが弾き飛ばされてしまった。
「なっ……!火も雷も、私の剣技すら上手く効かないだと……!?なんという絶対的な防御力だ……!」
レオンが歯を食いしばり、ヴォルも「チッ、硬えな……!」と焦りの色を浮かべる。
二人の最強の男が、まさかの大苦戦を強いられていた。
岩のグラウンド・タートルが「グォォォォ!」と地鳴りのような咆哮を上げ、長い首を激しく左右に振り回して暴れ狂う。
誰の攻撃も効かない無敵の巨亀を前に、私は恐怖で完全に白目を剥きそうになりながら固まっていた。
しかし、その瞬間、私の固有スキル「万物同調」が、暴れるグラウンド・タートルの脳内から切実すぎる「本音」を強制受信した。
『(うおぉぉぉん!!痒い!痒すぎるのよーーーっ!!首の付け根と、お腹の甲羅の裏側のところが猛烈に痒いのに、私の短い手足じゃ全然届かないんだよぉぉぉ!!)』
(えっ、ええええええええ!!!)
『(干上がった泥が乾燥して皮膚にこびりついて、全身が気が狂いそうなくらい痒いのよぉぉ!だから岩に身体を擦り付けて暴れてるのに、なんか強そうな人間たちが火とか雷をぶつけてきて邪魔するし!熱いしピリピリするけどそこじゃない!もっと奥!奥をガリガリ掻いてちょうだいよぉぉぉ!!)』
神話級の巨亀グラウンド・タートルは、森の水をせき止める邪悪な魔獣などではなく、ただ単に「身体が猛烈に痒くて大暴れしているだけ」の、かわいそうな亀さんだったのだ。
このシリーズ(?)の対処法を完全に理解した私は、パニックでガタガタ震えつつも、言葉が出ない代わりに必死に身振り手振りでジェスチャーを始めた。
自分の背中を掻く真似をしながら、ヴォルとレオンの剣を指差し、亀のお腹の隙間を交互に見つめる。
(二人とも、戦うのをやめて!あの亀さん、すごく身体が痒いみたいだから、みんなで総出で身体を掻いてあげるのーーー!!)
私の必死な「身体を掻くポーズ」のジェスチャーを見た瞬間、過保護コンビはハッと息を呑み、同時に物凄い「勘違い」を炸裂させた。
「……そ、そうか! 分かりましたぞ、さくらさん!」
レオンが、大いなる天啓を受けたように目を輝かせた。
「貴女のそのジェスチャーは、『力尽くの攻撃が効かないならば、あえて武器を『孫の手』として扱い、敵の装甲の隙間に微弱な電撃の摩擦を与えて内部から神経を掌握しなさい』という、高度な無力化戦術ですね……!なんという良策……!すぐに実行します!」
「チッ、おい金ヅラ、待ちやがれ!さくら、俺の炎で弱点のツボを突いてやればいいんだな!?」
ヴォルもマントを翻し、焦りながら後に続く。
こうして、深い谷の底で、世にもシュールな「全員総出の背中掻き作戦」がスタートした。
「『白雷の孫の手』――ッ!」
レオンが長剣の雷力を極限まで弱め、ピリピリと心地よい振動を宿した刃を亀の甲羅の隙間に突っ込んで「ガリガリガリガリ!」と超高速で掻き始める。
「俺の火の温熱マッサージも喰らいやがれ!」
ヴォルも熱すぎない優しい炎を隙間に差し込み、じんわりと温めながら「ゴシゴシ!」と皮膚を擦る。
「私のハニーブラシも使いなさいよぉぉ!!」と肩から飛び出したイタチの魔獣が鋭い爪でブラッシングを始め、ぷに丸も甲羅の裏に入り込んで「きゅぴきゅぴー!」と超高速バイブレーションで振動し始めた。
その結果――。
『(ほ、ほわああああああああんん……!!!そこ!そこなのよぉぉぉ!!雷のピリピリと火の温かさが絶妙に痒いところに届いて超極楽じゃぁぁ!スライムの振動もたまらーーーん!!!)』
グラウンド・タートルはあまりの気持ちよさとスッキリ感に、でろ〜〜〜んと首を長く伸ばして完全に骨抜きになってしまった。
そして、全身の痒みが完全に解消された次の瞬間、グラウンド・タートルは喜びのあまり、その巨体からは想像もつかないほどの驚異的な身体能力を発揮した。
『(気持ちよすぎて、身体が軽いよぉぉぉーーー!!大ジャンプじゃぁぁぁ!!!)』
ドゴォォォォォン!!!
巨亀は干上がった谷の底から、雲に届くほどの勢いでド派手に真上へと大ジャンプをぶちかました。
あまりのシュールな大ジャンプに、私たちがポカンと口を開けて見上げる中、島のような巨体が再び地面へと激しく着地する。
ドズゥゥゥゥゥン!!!!!
その凄まじい着地の衝撃によって、せき止められていた水源の地下の岩盤が、見事にドゴォッと真っ二つに叩き割られた。
次の瞬間、割れた岩肌の奥から、溜まっていた澄んだ濁流が、ババババババァァァッ!!!!と凄まじい勢いで噴き出してきたのだ!
干上がっていた水源の谷は、一瞬にして豊かな美しい川へと姿を変え、枯れかけていたエルフの森へと、命の水がみるみるうちに流れていった。
「な……何ということでしょう……!」
騒ぎを聞きつけて崖の上から駆けつけた、エルフの女王「エルフレイア」は、溢れ出す美しい水源と、その前で気持ちよさそうに床にへたばっている守護獣の姿を見て、激しい衝撃のあまりその場にバサァッと膝を突いた。
「火も雷も効かぬ無敵の巨亀に対し、あえて『身体を掻きむしる』という謎の儀式を命じ、その肉体のポテンシャルを極限まで引き出して大ジャンプさせ、地下の岩盤だけを正確に破壊して水源を復活させただと……!?一言の呪文もなしに、ただ『無言のジェスチャー』だけで神話を完璧にコントロールし、森を救ってみせた……。さくら殿、貴女はやはり、噂に聞く新たなる『沈黙の魔王』……っ!」
(違うのーーー!本当にただみんなで亀さんの痒いところを掻いてあげてたら、亀さんが嬉しくて飛び跳ねて水が出ただけなのーーー!!!)
私の静かな絶叫を置き去りにしたまま、エルフの森を未曾有の危機から救い去ってしまった私は、エルフレイアや森のエルフたちから「偉大なる魔王聖母様」として、さらにヘビー級の崇拝を受けることになってしまうのだった――。




