【第16話】世界樹の霊峰
「ハハン!ボクほどの男になれば、お留守番だってスマートにこなしてみせるさ!」
王都の大型ショッピングセンターで、伝説の秘宝「世界樹の雫」の噂を教えてくれた銀髪の少年ティオくんは、そう言って誇らしげに胸を張ってミラノの街へと帰っていった。
心の中では『本当はボクだってお姉さんと一緒にピクニックに行きたかったよぉぉん!』と激しく大号泣していたけれど、まだ子供の彼を過酷な伝説の山へ連れていくわけにはいかない。
というわけで、私、姫乃さくらは、黒竜のヴォル、上級騎士レオン、そして頭の上のぷに丸という「三人+一匹」の布陣で、遥か北にそびえ立つ「世界樹の霊峰」の登山道を歩いていた。
(……っていうか、登山道なんてレベルじゃないよぉ!これ、ただの崖じゃん!道が急すぎて足がちぎれそうだよぉぉ……!)
目の前に広がるのは、切り立った岩肌と、容赦なく吹き付ける冷たい強風。
普段は学校と家を往復するだけのインドア派女子高生な私にとって、この登山はまさに地獄そのものだった。
怖さと疲労で喉が完全に閉じてしまい、声なんて一言も出ない。
ただひたすら、ガタガタと膝を震わせながら、一歩一歩必死に足を前に進めていた。
(……わっ、危ない……!)
その時、突風に煽られて、私の足がゴロリとした小石に滑った。
身体が大きく後ろへ傾き、あわや崖から真っ逆さま――というその瞬間。
「大丈夫ですか、さくらさん!」
シュバッ、と小気味よい風を切る音と共に、眩い純白の甲冑に身を包んだレオンが私の元へと滑り込んできた。
彼は白い手袋をはめた大きな手で、私の頼りない手をすっと優しく、けれど絶対に離さないという強い意志を込めて引き上げた。
レオンの端正な顔がすぐ目の前に迫り、金髪の束が風にしなやかに揺れる。
「……私の不徳です。さくらさんのような高潔なお方を、このような悪路で歩かせてしまうとは。さあ、私の手をしっかりと握っていてください。このレオン・ハルバートの命に代えても、貴女の一歩を私が支えましょう」
(レ、レオンくん……!王子様対応すっごく助かるんだけど、顔が近くて緊張で心臓が爆発しそうだよぉ……!)
お礼を言いたいのに声が出ない私は、ただ顔を真っ赤にして、コクコクと激しくうなずくことしかできない。
すると、そんな私たちの様子を、私のすぐ後ろから、ものの凄まじい殺気で見つめている男がいた。
ヴォルだ。
「――チッ。おい金ヅラ、どさくさに紛れてさくらの手を握ってんじゃねえよ。そのニヤけた顔ごと、今すぐ炭火焼きにしてやろうか?」
ヴォルは奥歯をギリリ……と激しく食いしばり、拳を血がにじむほど強く握りしめていた。
彼の周囲から、怒りのあまり紅蓮の火花がパチパチと飛び散っている。
すかさず、私の固有スキル「万物同調」が、ヴォルの脳内からヘビー級の「嫉妬の本音」を強制受信した。
『(クソッ……!クソクソクソ!なんで俺があの時、一歩遅れちまったんだよ!さくらが転びそうになった時、真っ先に手を引くのはこの俺のはずだったのに……!あの金ヅラ、さくらの手を握りやがって!俺だって、俺だって本当はさくらの手を引いて、ついでにおんぶとか抱っこして山頂まで飛んでいきたかったんだよぉぉぉ!あーもう腹立つ!あの金ヅラ、絶対に後ろから燃やす……!!)』
(ヴォルくん、心の中の悔しがり方が完全に小型犬のそれだよ……!後ろから燃やすのは絶対にやめてね!?)
そんな二人の過保護な男たちに挟まれながら、私は別の意味で冷や汗をだくだく流し、なんとか山頂付近へとたどり着いたのだった。
「おい、さくら。着いたぞ」
そこは、雲を眼下に見下ろす、霊峰の最頂部だった。
中央には、天をも突き刺さんばかりに巨大な輝く大樹――「世界樹」がそびえ立っており、その太い根の根元には、息をのむほど美しく輝く翡翠色の結晶があった。
ティオくんが言っていた、どんな呪いも癒やす伝説の秘宝『世界樹の雫』だ。
(わあぁ……!あれが世界樹の雫……!本当にあったんだ……!)
私が感動で目を輝かせた、その瞬間。
「キィィィィィアアアアアアアアアアッ!!!!」
世界樹の遥か上空から、空間を切り裂くような神々しくも激しい咆哮が響き渡った。
現れたのは、全身が眩い黄金の炎と雷光で包まれた、神聖なる巨鳥――この霊峰と秘宝を守る伝説の霊鳥「フェニックス」だった。
フェニックスは大きな翼を広げると、凄まじいスピードで急降下し、その羽ばたきだけで周囲に無数の「光の弾」を放ってきた!
「さくらさん、下がってください!」
レオンが瞬時に私の前に立ち塞がり、細身の長剣を地面に突き刺す。バリバリと激しい紫電が這い、光の弾をすべて空中で爆破して私を完璧に守護した。
「ハッ、そんな軟弱な盾じゃ、さくらを守りきれねえんだよ!どいてろ金ヅラ!」
ヴォルが黒いマントを翻して前方へ跳躍する。
その両手には、空間を歪ませるほどの圧倒的な「紅蓮の火柱」が宿っていた。
「焼き鳥にしてやる!『爆炎』――ッ!!」
ドゴオオオオオオン!!!
ヴォルが放った巨大な炎の塊が、空中のフェニックスへと直撃する。
しかし、フェニックスもまた神聖な結界を張り、ヴォルの炎を強引に押し返しながら、さらに激しい「突風の嵐」を巻き起こして反撃してきた。
火花と雷光、そして黄金の羽根が空中を乱舞する、超次元のバトル。
レオンが神速の雷撃で霊鳥の翼を狙い、ヴォルが地を割る炎の壁で霊鳥の退路を断つ。
実力は拮抗しており、霊峰の頂上が地鳴りを立てて激しく揺れ動く。
(ひ、ひえええ……!二人とも強すぎて、バトルが派手すぎて、見てるだけで心臓が止まりそうだよぉ……!)
私がパニックでフリーズしている、その時だった。
私の頭の上で、ずっと大人しくしていたはずのぷに丸が、何を血迷ったのかポヨンと跳ね上がった。
「きゅぴーーー(ぼくが最強ーーー)!!」
なんとぷに丸は、やる気満々で、二人の騎士と激闘を繰り広げている最中の伝説の霊鳥に向かって、弾丸のように真っ直ぐ突っ込んでいってしまったのだ。
(ぷ、ぷに丸!?戦闘のド真ん中に突っ込んじゃダメええええ!!)
私の心の絶叫が響く中、空中へと飛び出したぷに丸は――。
パクッ。
「きゅぷっ!?」
旋回してきた霊鳥の鋭いクチバシによって、いとも簡単に、まるでお菓子のグミのようにひょいっと摘み上げられてしまった。
そして――。
ブンバサ!ブンバサ!
「きゅきゅきゅ、きゅぴーーー(目が回る〜〜)」
戦闘中のはずのフェニックスは、捕まえたぷに丸を左右に激しく振り回したり、お手玉のように空中に放り投げてはキャッチしたりと、完全に「新しく見つけた面白いおもちゃ」として、ぷに丸を弄び始めてしまった。
ぷに丸はプルプルの身体を限界まで引き延ばされながら、空中を無残に右往足往している。
あまりの急展開に、レオンもヴォルも「は……?」と武器を構えたまま攻撃の手を止めてしまった。
二人の男が「なっ、あのスライム、命を賭して囮になり、敵の隙を作り出したのか!?」と勝手に感心し始めたその時、私の「万物同調」のスキルが、空中でぷに丸を摘まんでブンブン振り回している霊鳥の脳内から、悲痛すぎる「本音」を強制受信した。
『(誰かぁぁ!誰か私のお家を知りませんかーーー!!世界樹のてっぺんにある我が家に帰りたいだけなのに、5時間くらいずーーっと同じ場所をぐるぐる回ってて完全に行方不明なのーーー!!)』
(……ええっ!?戦ってたんじゃないの!?鳥のくせにまた方向音痴のパターンだこれーーー!!)
『(何なのこの山!?雲が多すぎて上がどっちか分かんないよぉ!自分の巣がすぐそこにあるはずなのに、ちょっと目を離したら迷子になっちゃったんだよ!さっきから人間たちが怒って攻撃してくるし、怖くてパニックになって必死で叫んで光の弾を乱射してただけなのに!もうお家帰りたい!誰か私に目印を教えてええええ!!)』
フェニックスは、秘宝を守るために激しく戦っていたように見えて、実は「雲で上が見えなくなって巣に帰れなくなった超絶方向音痴の鳥」だったのだ。
そして、ぷに丸を摘まんでいるのは単なる現実逃避である。
(かわいそうに……。鳥なのに方向音痴なんて、生きづらさが半端ないよね……)
大蛇のウロボロスに続き、またしても魔獣のあまりに情けない本音を知ってしまった私は、すっかり同情モードになってしまった。
なんとかして、この可哀想な迷子の鳥さんにお家を教えてあげたい。
私は、恐怖とバトルの余波で涙目になりながら、パニックでガタガタ震える手をなんとか動かした。
臨戦態勢を再開しようとするレオンとヴォルの前で、「あっちに行って落ち着いて!」という意味を込めて、涙目で適当に、頭上にある世界樹の大きな枝の方向を『すっ』と指差した。
本当に、パニックになりながら適当に指を動かしただけだった。
だが、その指し示した方向が――偶然にも、雲の切れ間に隠れていた、霊鳥の「本当の巣」の真下と、奇跡的にぴったり一致していたのだ。
『(――ハッ!?あ、あっち……!?あそこの枝の裏が、私のマイホーム……!?)』
私の指差しを見た霊鳥は、空中でビクッと激しく硬直した。
その黄色い鳥の目を限界まで見開く。
『(う、うわあああああ!!本当だ、あっちがお家だぁぁぁ!あの黒髪の人間、一言も喋らないのに、私の脳内迷路を完全に透視して、一瞬で正しい帰路を示してくれた……!神だ、あの人間は方向音痴の私を救ってくれた、道しるべの神なんだわーーー!!!)』
霊鳥はクチバシからぷに丸を「ポロッ」と落とすと、大歓喜の声を上げて世界樹のてっぺんへと一目散に飛んでいった。
ポスッ、と私の頭の上に、目が渦巻きになったぷに丸が奇跡的に着地する。
「きゅぴ〜〜(宇宙が見える〜〜)」と完全にグロッキー状態だ。
すると、その場に残された二人の過保護な男たちが、凄まじい衝撃を受けた顔でガタガタと震え出した。
「な……っ、何ということだ……!!」
レオンは剣を収め、その場にバサリと崩れ落ちるように跪いた。
その青い瞳には、涙すら浮かんでいる。
「霊鳥の神速の変則飛行……私とヴォルの猛攻すら物ともしなかったあの激しい嵐のような軌道を、さくらさんは完璧に見切っていた。そして、一言の呪文も交わさず、ただ『無言の指差し』一つで、霊鳥の急所を正確に突き刺し、戦意を完全に喪失させて退散せしめた……!さくらさん、貴女の武の極み、そして万物を平伏させる覇気……やはり、神の領域を超えている……!」
(急所なんて突いてないよぉ!ただ適当にお家を指差してあげただけだってば!!)
「ふん、さすがは俺のさくらだ」
ヴォルもまた、ふいっと顔を背けながら、耳の裏を真っ赤にしてソワソワとマントを握りしめていた。
『(クソッ……!あの傲慢な霊鳥を一瞬でパシリにしちまうなんて、相変わらず底が知れねえ強さだな。……でも、さっきさくらがレオンに手を引かれてる時、めちゃくちゃ俺の方をチラチラ見てた(燃やさないか見張っていただけ)のは、やっぱり俺に助けてほしかったからだよな……?あーもう、後で世界樹の雫、俺の手で一番にさくらに渡してやるからな……っ!)』
(ヴォルくんも相変わらず都合のいい脳内変換をしないでぇぇぇ!!)
大蛇のウロボロスに続き、激しいバトルを繰り広げた霊鳥をもノーダメージで「完全調伏」してしまった(と周りが勝手に思い込んだ)私は、誰の邪魔を受けることもなく、世界樹の根元に輝く翡翠色の秘宝「世界樹の雫」を、無事にその手へと手に入れることができたのだった。
手のひらに収まる、ひんやりと冷たい伝説の秘宝。
これがあれば、どんな困難も乗り越えられる、はず。
そう思った私の耳に、またしても世界を揺るがすような「新たなる勘違いの噂」が広まり始めているとは、この時の私はまだ、知る由もなかったのである――。




