【第15話】仲良しショッピング
「おおお……!これぞ幻の調味料『激炎岩塩』!さくらちゃん、本当に持ってきてくれたんだね!」
ミラノの街の大衆食堂。
厨房の奥から飛び出してきたおじさんは、私が机の上にそっと置いた、赤くキラキラと輝く岩塩の塊を見て、大粒の涙を流して震え上がった。
「これでうちの看板メニュー『激辛魔獣カレー』が復活できる!ありがとう、さくらちゃん!……いや、さくら様!!」
おじさんは突然、その場にガタバシと勢いよく五体投地した。
「神話級の妖蛇を一切傷つけることなく軍門に降らせ、その上で幻の塩を街に供給する……。ただの食堂の願いすら、世界の勢力図を塗り替えるための『布石』にしてしまうとは!喋らずとも伝わるその深遠なるカリスマ、まさに絶対強者の貫禄……!この激辛カレーの売り上げの一部は、魔王軍の軍資金として毎月必ず献上いたします!!」
(違うのーーー! ただおじさんを助けたかっただけなのーーー!!あと勝手に魔王軍のスポンサーにならないでぇぇぇ!!)
相変わらずの高速勘違いシステムに頭を抱えつつも、依頼を達成したという実績は、すぐさま王都のギルドを通じて国王陛下の元へと報告されることになった。
「――さすがは魔王……!市井の民の願いを瞬時に叶えて掌握し、神話級の魔獣すらその手足とするか……。もはや、そなたの覇道を阻める者など、この世界には存在せぬというわけか……っ!」
王都の謁見の間。
玉座の後ろでガタガタと震えながら、国王陛下は顔を真っ青にして私を仰ぎ見ていた。
(王様までそっちのディープな解釈をしないでぇぇ!私は緊張すると喋れなくなっちゃうだけなんです!!)
心の中で涙目で絶叫する私だったが、緊張と恐怖で喉が完全にロックされており、いつも通り「……」と直立不動で沈黙を貫くことしかできない。
その冷徹な佇まいを見て、王様はさらに「ひぃっ!」と息を呑み、慌てて黄金の革袋を差し出してきた。
「こ、これはミラノの経済を救い、王国の食文化に貢献したそなたへの、国からの特別な報酬だ!どうか、どうかこれで怒りを収め、城を灰にするのだけは勘弁してくれ……!好きに買い物でもして、心を癒やしてくだされ……!」
(ええっ!? なんかものすごい大金を貰っちゃったんだけどぉぉ!?)
こうして、一言も喋れない私の『沈黙の威圧』によって、国費から莫大なお小遣いをゲットしてしまった私は、そのお金を使って王都に新しくできた最新鋭の大型ショッピングセンターへ、息抜きのためにショッピングへ行くことになったのだった。
(わあぁ……! すっごく広くて、まるでお休みの日のイオンモールみたい……!)
新しくできた巨大な商業施設は、吹き抜けの天井から魔法の光が降り注ぎ、たくさんのお店や屋台、さらには子供たちが遊べる小さな屋内遊園地まで併設されていた。
私は、お小遣い袋をギュッと握りしめながら、久しぶりの現代風の雰囲気に心の中で大はしゃぎしていた。
そんな私の頭の上では、最弱スライムのぷに丸が「きゅぴー!」と大興奮。
屋内遊園地にある、魔法で動く小さな「コーヒーカップ」の乗り物を見つけるや否や、ポヨンと私の頭から飛び降りて、無人のカップの中へと転がっていってしまった。
切符も買ってないのに――。
バララララララララッ!!!
「きゅぴ〜〜〜〜〜〜〜んwwwww」
プルプルの水色な身体を遠心力で平べったいお餅みたいに変形させながら、ぷに丸はものすごい超高速でコーヒーカップをぐるぐると回転させ始めた。
手動の限界を超えたスピードで、カップが摩擦で火花を散らしそうになっている。
(ぷ、ぷに丸!?回りすぎ、回りすぎだから!脱水機みたいになってるよぉぉ!!)
私が目が点になって固まっていると、背後からこれみよがしにため息をつく、聞き覚えのある生意気な声が聞こえてきた。
「――ハハン。見苦しいね。王都に新しくできた一等施設で、そんな水色のゼリー野郎をぐるぐる回して遊んでいるなんて。相変わらず危機管理能力が低いよ、黒髪のお姉さん」
人混みを割って現れたのは、ミラノの街で迷子になっていた、サラサラの銀髪をきれいに七三に整えた良家のお坊ちゃん――ティオ・ローレンスだった!
仕立ての良い青い上着を着て腕を組み、ふんぞり返っている。
(あ、ティオくん!なんで王都のショッピングセンターに一人でいるの!?)
すかさず、私の固有スキル『万物同調』が、彼の脳内から強烈な「本音」を強制受信した。
『(わ、わあぁぁぁん!!お姉さんお姉さん!また会えたよぉぉ!!お姉さんが王都に来てるって噂を聞いて、お付きのメイドたちを全員巻いて、何日もこのモールの中を探し回ってたんだよぉぉ!!会いたかった、会いたかったよぉぉぉぉ!!)』
(ティオくん、心の中だと相変わらず大号泣のデレデレ状態だよ……!わざわざ私を探しにきてくれたんだね、可愛いなぁ)
私がほっこりしていると、私のすぐ後ろから、ものすごく不機嫌そうな影がぬっと前に出た。
ヴォルだ。
「あぁ?誰かと思ったら、この前のクソガキじゃねえか。またメイドを巻いて迷子になってんのか?俺たちのの買い物の邪魔すんじゃねえよ、消し炭にするぞ」
ヴォルが額に青筋を立ててティオを睨みつける。
ティオも負けじとフンと顎を尖らせて言い返した。
「ハハン、もじゃもじゃ白髪のゴリラお兄さん、相変わらず口が悪いね。ボクは迷子なんかじゃない、さくらお姉さんの『お買い物エスコート』に相応しいかどうかを、未来の特級冒険者として直々にテストしにきてあげたのさ!」
「んだとコラ!?さくらのエスコート役は俺だって決まってんだよ!!」
そこへ、純白の甲冑をこれみよがしに輝かせたレオンが、ヴォルの前にビシッと立ちはだかった。
「そこまでだ、ヴォル・カタロス!このような無垢で愛らしい子供相手に、本気で凄むなど言語道断!騎士道精神の欠片もないトカゲめ、さくらさんの前でその野蛮な暴力を振るうのは私が許しません!」
「あぁ!? 何が騎士道だ金ヅラ!このガキ、中身は全然無垢じゃねえぞ!さっきからさくらにベタベタすんじゃねえ!」
「何だい、その無駄にまばゆい金ピカ騎士は!ボクはお姉さんの第一の騎士(自称)だぞ!お前なんかにお姉さんの隣を譲るものか!」
「貴様こそ下がれ、クソガキ!」
「うるさい、脳筋ゴリラ!」
「二人とも静かにしなさい!さくらさんが困っているでしょう!」
「お前が一番うるせえんだよ金ヅラ!!」
ショッピングセンターのど真ん中で、ヴォル、レオン、ティオの3人が、激しく火花を散らしてめちゃくちゃに言い合いを始めてしまった。
伝説の古竜、王国のトップ騎士、そして良家のお坊ちゃん。
お互いのプライドと「さくらちゃん大好きパワー」が激突し、周囲の買い物客たちが「ひえっ、何事!?」と遠巻きにざわざわと集まってくる。
(う、うわああああ……っ! みんなお願いだから静かにしてぇぇぇ!!目立ってる、ものすっごく目立ってて恥ずかしいよぉぉぉ!!)
注目の的になってしまった私は、恥ずかしさとパニックで完全に思考がショートした。
顔から火が出そうなほど真っ赤になり、恐怖で喉がキュッと閉じて直立不動のままフリーズする。
一言も発さず、ただガタガタと震えながら3人を交互に見つめることしかできない。
すると、私の「万物同調」が、3人の脳内から同時に凄まじい「勘違い」を受信した。
『(し、しまった……!さくらさんが「無言の怒り」を放っていらっしゃる……!買い物の平穏を乱す我々凡愚どもに対して、言葉を失うほどの失望を感じておられるのだ……!)』
『(クソッ……!さくらが怒りで震えてやがる……!俺たちが醜く言い争ったせいで、魔王の逆鱗に触れちまった……!)』
『(ひ、ひいいぃぃ!お姉さんの目がマジで怖いよぉぉ!喋らないのは「これ以上騒いだら全員消す」っていう死の宣告だぁぁ!!)』
一瞬にして、3人はピタリと言い合いを止め、サッと青ざめてその場にピシッと直立不動になった。
「……す、すみませんでした、さくらさん。取り乱しました」
「……悪かったよ、さくら。もう言わねえ」
「ご、ごめんなさい、お姉さん……」
(勝手に勘違いして静かになった……!)
私が困惑して首を傾げていると、ティオくんは名誉挽回とばかりに、ゴホンと小さく咳払いをして、腕を組み直した。
「……ハ、ハハン。まあ、ボクほどの男になれば、お姉さんの怒りの真意くらい、言葉がなくても理解できるさ。……ところで、お姉さん。ボクが今日ここに来たのは、ただお姉さんの顔を見にきただけじゃないんだ」
ティオくんは腰の木剣に手を当て、少し声を潜めて、いかにも「国家機密を握ったエージェント」のような澄ました顔で言った。
「ボクのローレンス家が独自に仕入れた極秘の噂話さ。ここから遥か北にある伝説の山『世界樹の霊峰』――その最深部に、どんな病や呪いも一瞬で癒やし、所有者に神の如き魔力を与えるという、伝説の秘宝『世界樹の雫』が存在するらしいんだ。……どうだい?ボクほどの男が案内してあげるなら、一緒に行ってあげなくもないけれど?」
(ええっ、伝説の山……!?なんだか危なそう……!)
あまりに物騒な「伝説の山」というワードに、私は恐怖でヒエッとお腹の底が冷え、さらにカチコチに固まってしまった。
もちろん、拒否の声すら出ない。
しかし、私の背後にいる二人の過保護な騎士たちは、その私の沈黙を完全に「別の意味」で捉えていた。
「なるほど……。さすがはさくらさん」
レオンが、深く感じ入ったようにウンウンとうなずく。
「王から貰った軍資金を、その『世界樹の雫』を奪取するための遠征準備に充てるために、このショッピングセンターへ来られたのですね……!民の願いを叶えた直後に、もう次の世界規模の秘宝に目を付けるとは……なんという果てなき覇気!このレオン、その伝説の山へも喜んでお供いたします!」
「ふっ、面白そうじゃねえか。その世界樹とやら、俺の炎で丸焼きにして、雫をごっそりさくらに献上してやるよ」
ヴォルもまた、不敵に笑ってマントを翻す。
(ええっ、みんな行きたがってる!!ただお洋服とか可愛い雑貨を買いたかっただけなのにぃぃぃ!!)
「きゅぴぃ〜〜〜〜ん(目が回る〜〜〜)」
そこへ、コーヒーカップで限界まで回転しすぎて、完全に目が渦巻きになったぷに丸が、千鳥足(?)でポテポテと戻ってきて私の足元でパタリと倒れた。
こうして、一言も喋れない私の静かな絶叫を置き去りにしたまま、「世界樹の雫強奪作戦」が、勝手に決定されてしまうのだった――。




