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【第13話】勘違いの王都と上級騎士


 

 


「おーい! さくらちゃん! 大変だ、大変なことになったぞ!」




 

 

ミラノの街の広場で、いつものようにフレアハウンドたちに囲まれてボール遊びをしていた私の元へ、街の衛兵さんが血相を変えて走ってきた。

 

 

息を荒くした衛兵さんは、私の前に来ると、まるで神聖な儀式でも行うかのように居住まいを正し、緊張した面持ちで告げた。

 

 


「さくらちゃん……いや、さくら様! たった今、王都からの使者が到着した!なんと、国王陛下が直々に『さくらという少女を城へ連れてまいれ』と、直々の召喚状をお出しになったんだ!」




 

 


(え……ええええええっ!?!?)




 

 

声にならない悲鳴が、私の脳内を駆け巡る。

 

 

こ、国王陛下!?

 

 

一国のトップが、なんで私みたいなペーペーの女子高生を指名手配してるの!?

 

 

あまりの恐怖に喉がキュッと閉じてしまい、私はただ「あう……」とも漏らせないまま、目を白黒させてカチコチに固まってしまった。

 

 

すると、私の周囲にいた街の人々や冒険者たちが、ざわざわと騒ぎ始める。

 

 


「おい、聞いたか……? 王様がさくらちゃんを直々に呼び出したってよ……」




 

 


「やはり、あの忘却迷宮の古竜を一瞬で手懐けた『沈黙の支配者』の噂が、王都にまで届いたんだな」




 

 


「ついに国が、さくら様を公の支配者として認めるか、あるいは『世界の脅威』として囲い込もうという腹か……!」




 

 


(違うのーーー!! ただのおじいちゃん竜の肩揉みをしただけだから! 国を脅かすようなクオリティのことは何もしてないってば!!) 




 

 

必死に首を振って否定したいのに、怖すぎて首の筋肉までロックされて動かない。

 

 

涙目でガタガタ震えながら直立不動になっている私を見て、衛兵さんはゴクリと息を呑んだ。

 

 


「……なるほど。王からの呼び出しに対しても、眉一つ動かさず、ただ『無言』でその覇気を受け流すとは。やはり貴女にとっては、一国の王の権威など、平伏すべきものではないのですね……。恐れ入りました、さくら様! すぐに王都行きの最高級馬車を手配いたします!」




 

 


(話を聞いてぇぇぇ! 単に恐怖でフリーズしてるだけなのーーー!!)




 

 


「おい、さくら」




 

 

背後から、黒いマントを翻したヴォルが歩み寄ってきた。

 

 

彼は不敵に笑いながら口を開く。

 

 


「王の生魚風情が、俺の相棒を呼び出すとはいい度胸じゃねえか。気に入らなければ、その王都ごと俺の炎で灰にしてやってもいいんだぞ?」




 

 


(ヴォルくん、物騒なこと言わないで!余計に話がややこしくなるからぁぁ!!)




 

 

こうして、一言も喋れない私の「沈黙の威圧(ただの恐怖)」と、周りの猛烈な勘違いによって、私は最高級の馬車に乗せられ、王都の城へと連行――もとい、招待されることになってしまったのだった。

 

 

 


 

  

 

まばゆい黄金の装飾。

 

 

見上げるほどに高い天井。

 

 

そして、赤い絨毯の先にある豪奢な玉座。

 

 

私たちがたどり着いたのは、王国の心臓部――王都の謁見の間だった。

 

 


(ひ、ひえええええええ……! 本当に城の一番エラい部屋に来ちゃったよぉぉぉ……!?)




 

 

私は、豪華絢爛な空間の真ん中で、借りてきた猫のように小さくなってガタガタと震えていた。

 

 

学校の面談室に呼び出された時ですら心臓が口から飛び出そうになるというのに、本物の王様と対面するなんて、私のキャパシティを遥かに超えている。

 

 

怖すぎて足の筋肉が完全にロックされ、一歩も動けない。

 

 

そんな私のすぐ隣では、ヴォルが相変わらず不機嫌そうに腕を組んでいる。

 

 


「おい、王の生魚。さくらをこんな埃っぽい部屋に呼び出して何用だ。用件は三行でまとめろ。さもなくば、この城ごと灰にしてやってもいいんだぞ」







(ヴォ、ヴォルくん、不敬!不敬だから静かにして……!)




 

 

心の中で涙目で叫ぶ私をよそに、玉座に深く腰掛けた初老の国王陛下は、威厳に満ちた眼光でじっと私を見つめていた。

 

 

王様の表情は、感謝というよりは、人類の天敵を目の前にしたかのように強張っている。

 

 

重々しい沈黙の後、王様はゴクリと息を呑み、ゆっくりと口を開いた。

 

 


「……話は聞いたぞ。そなたが、世界を裏から牛耳る新たなる『魔王』だな……?」




 

 


(……ええっ!?!?!?)




 

 

声にならない悲鳴が、私の脳内を木霊した。

 

 

魔王!?

 

 

今、魔王って言った!?

 

 

私はただの、緊張すると喋れなくなっちゃうただの女子高生なんですけど!?

 

 


「陛下、お待ちください」




 

 

私の胃がストレスで千切れそうになったその時、謁見の間の大きな扉が開き、一人の騎士が新風のように凛とした足取りで入ってきた。 

 


まばゆい純白の甲冑。

 

 

気品あふれる立ち振る舞い。

 

 

そして、綺麗に束ねられた美しい金髪――。

 

 

王からの信頼も厚いミラノの上級騎士だった。

 

 

男は私に視線を止めると、それまでの厳しい表情を一瞬で和らげ、胸に手を当てて優雅に一礼した。

 

 


「話はお聞きしました。お怪我はありませんでしたか、さくらさん。このようなむさ苦しい場所に突然呼び出され、さぞ不快な思いをされたことでしょう。どうかご安心ください。このレオン・ハルバート、さくらさんの紳士として、貴女の身の安全は命に代えても保障いたします」




 

 


(レ、レオンくん……! 態度がすっごく優しくて王子様みたいで救われるんだけど……!)




 

 

すかさず、私の固有スキル『万物同調』が、レオンの脳内から強烈な【本音】を強制受信し始める。

 

 


『(ああ、さくらさん……。王の放つ浅はかな言葉の刃に対しても、一言も反論せず、ただ「沈黙」という名の絶対的な余裕で受け流していらっしゃる……! これほどの圧倒的な器。やはり貴女は、私が生涯を賭けてお仕えするに相応しい、気高き「深淵の支配者」だ……!)』




 

 


(レオンさんまでそっちのディープな勘違いに入り込んでるーーーー!! 誰も受け流してない!怖くて声が出ないだけですってば!!)




 

 

レオンは私の心の絶叫など露知らず、すっと立ち上がると、玉座の王様に向けて毅然と言い放った。

 

 


「陛下、言葉が過ぎます。さくらさんは魔獣たちの暴走を鎮め、ミラノを救った聖女。決して、そのような禍々しい呼び名で語られるべきお方ではありません。……さくらさんを『魔王』などと不当に貶める不届き者は、この私が排除いたします。……たとえ、それがそこにいる「害獣」であってもな」




 

 

レオンの鋭い青い瞳が、私の隣にいるヴォルを射抜いた。

 

 

ヴォルもまた、冷たい目を細め、不敵な笑みを浮かべる。

 

 


「あぁ? 誰が害獣だ、この金ヅラ野郎。お前、さくらの前にしゃしゃり出てくるんじゃねえよ。眩しくて目が腐る」




 

 


「ふん、口の悪いトカゲだな。さくらさんのような高潔なお方が、貴様のような野蛮なトカゲを連れていること自体が世の理不尽だ。さくらさん、今すぐそのトカゲを処分し、私の元へおいでください。私が最高級の紅茶と共に、貴女に相応しい席をご用意いたします」




 

 


「おい金ヅラ、誰を処分するって?」




 

 


「貴様だ、トカゲ」




 

 

バチバチバチッ……!!

 

 

二人が睨み合った瞬間、謁見の間の空気が一変した。

 

 

ヴォルの周囲から、空間を焼き尽くさんばかりの禍々しい「紅蓮の火柱」が立ち上る。

 

 

対するレオンもまた、腰の細身の長剣を抜くと、その白銀の刃にバリバリと激しい「紫電の雷光」を纏わせた。

 

 


(ひ、ひえええ!お城の中で魔法戦始めないでぇぇぇ!!)




 

  

 


 

 

 


「そこまでだ、トカゲ!さくらさんの御前で、その不敬な魔力を片付けろ!」




 

 


「うるせえよ金ヅラ! お前のその無駄に長い髪ごと、消し炭にしてやる!」




 

 

次の瞬間、二人の体が同時に動いた。

 

 

ヴォルが右手を振ると、凝縮された火炎の弾が、大砲のような轟音を立ててレオンへと放たれる。

 

 


「迅雷――ッ!」




 

 

レオンは雷の使い手だった。

 

 

束ねた金髪を激しく揺らしながら、雷速の踏み込みで火炎弾を紙一重で回避する。

 

 

その刃から放たれた紫色の雷撃が、ヴォルの足元を爆破した。

 

 

ドゴオオオオオオン!!

 

 

激しい爆風と煙が謁見の間を包む。

 

 

王様は「ひいいっ!」と悲鳴を上げて玉座の後ろに隠れ、衛兵たちも巻き込まれまいとクモの子を散らすように逃げていく。

 

  


(ど、どうしよう……! 二人とも強すぎて、止めに入るなんて絶対無理だよぉ……!)




 

 

私は完全にフリーズしたまま、涙目で二人の超次元バトルを見守るしかなかった。

 

 

火花と雷光が交差し、大気がビリビリと震える。

 

 

ヴォルの圧倒的な暴力としての「火」と、レオンの洗練された神速の「雷」。

 

 

実力は完全に拮抗していた。

 

 

だが、その混沌とした戦場の真ん中に、のそのそと、実にあくせくしない動きで近づいてくる、小さな水色の影があった。

 

 


「きゅぴ〜〜〜?」




 

 

ぷに丸だ。



 

さっきまで私の頭の上で寝ていたはずのぷに丸が、何が起きたのかも分かっていない様子で、戦いのド真ん中へとマイペースに這い出ていってしまったのだ。

 

 


(ぷ、ぷに丸! 危ないから戻ってきてぇぇぇ!!)




 

 

私が心の中で叫んだ、まさにその時。

 

 

レオンの雷撃をバックステップで華麗に避けようとしたヴォルが、大きく後ろへ足を踏み出した。

 

 

その足の真下には――のそのそと移動していた、ぷに丸。

 

 


「きゅぷっ!?」




 

 


「ぬおっ!?!? なんだこの柔らかい――」




 

 

グニョン、と妙に弾力のある体を踏んづけてしまったヴォルは、完全に目測を誤った。

 

 

かつて世界を滅ぼしかけた伝説の竜が、最弱スライムを踏んづけて、実に見事なまでにツルンと足を滑らせたのだ。

 

 


「あ、ぶふぉっ!?!?!?」




 

 

ドダァァァァァン!!!

 

 

豪快な音を立てて、ヴォルが背中から大の字にひっくり返る。

 

 


「きゅぷぅぅぅぅぅん!?」 




 

 

踏まれたぷに丸は、その場でペシャンコになってしまった。

 

 


「今だっ!!」




 

 

レオンはその隙を見逃さなかった。

 

 

上級騎士としての冷徹な判断力。

 

 

体勢を崩したヴォルに向けて、レオンは長剣を上段に構え、全魔力を込めた最大級の雷を刃に収束させる。

 

 


「これで終わりだ、トカゲ! さくらさんの側から永久に消え去るがいいーー」




 

 

ヴォルはまだ完全に体勢を立て直せていない。

 

 

レオンの放つトドメの一撃が、無防備なヴォルに直撃する――!

 

 


(だ、ダメえええええええええええ!!!)




 

 

その瞬間、私の身体は、恐怖を置き去りにして動いていた。

 

 

ヴォルくんが死んじゃうかもしれない。

 

 

そんなの絶対嫌だ。

 

 

カチコチだったはずの足をがむしゃらに動かし、私はひっくり返っているヴォルの前に、両手を大きく広げて立ちはだかった。

 

 

レオンの振り下ろそうとした、雷を纏う白銀の刃が、私の目の前わずか数センチのところでピタリと止まる。

 

 


「なっ……!? さくら、さん……っ!?」




 

 

レオンは驚愕のあまり、青い瞳を大きく見開いた。

 

 

刃から放たれる激しい電撃の風圧で、私の黒髪が大きく後ろへなびく。

 

 

私は、恐怖で全身の血の気が引き、涙目でガタガタと震えながら、ただレオンの剣をじっと見つめ返すことしかできなかった。

 

 

声は出ない。

 

 

ただ、無言で、必死に両手を広げてヴォルを守るポーズのまま、完全にフリーズしてしまったのだ。

 

 

謁見の間に、張り詰めたような静寂が訪れる。

 

 

すると、私の『万物同調』のスキルが、目の前で固まっているレオンの脳内から、過去最高クラスの超巨大な【勘違いの本音】を受信し始めた。

 

 


『(ば、バカな……っ!! 私の「九天絶雷」、神速の剣撃を……一歩も動かず、瞬き一つせず、ただの肉体一つで受け止めるというのか……!?)』




 

 


(受け止めたくないよぉ!私はただ間に割って入って怖くて固まってるだけ!!)




 

 


『(しかも、この私を睨みつける、あの冷徹で悲しげな瞳……。ああ、そうか。さくらさんは、言葉を使わず、その身を挺して私に教えてくださっているのだ。――「争いは何も生まない。このトカゲの命すら、私の慈悲の傘の中にあるのだ」と……!)』




 

 


(そんな高尚なこと考えてない! ヴォルくんを助けたくて必死だっただけ!!)




 

 


『(なんという……なんという圧倒的な聖母の如き包容力。己の身が傷つくことなど一寸も恐れず、愚かな私たちの争いを【沈黙の威圧】だけで鎮めてしまわれた。……私は、なんて浅はかな真似を。さくらさんの深い御心を傷つけてしまった……!)』




 

 


(レオンくん、勝手に感動して涙ぐまないでぇぇぇぇ!!)  




 

 

レオンはガタガタと剣を震わせると、自らの意志で雷の魔力を完全に霧散させた。

 

 

そして、その場にバサリと膝を突き、深く頭を垂れた。

 

 


「……見事な御覚悟です、さくらさん。貴女の無言の教え、このレオン、魂に刻みました。私の未熟な一撃など、貴女の絶対的な結界の前には羽虫の羽ばたきに等しかったというのに……あえて肉体で遮ることで、私の暴走を止めてくださった。……この無礼、どのような罰でも受ける所存です」




 

 


(結界なんて張ってないよぉ! 当たってたら私、消し炭になってたよぉ!!)




 

 

私が心の中で頭を抱えていると、私の背後から、ようやく起き上がったヴォルが「チッ……」と忌々しそうに舌打ちをしながら立ち上がった。 

 

 

その顔は、なぜか耳の裏まで真っ赤に染まっている。

 

 


「……おい、さくら。お前、誰が守ってくれなんて頼んだ……」




 

 

ヴォルがふいっと顔を背けながら、ソワソワとマントの端を握りしめる。

 

 

もちろん、彼の脳内からもツンデレ全開の本音がダダ漏れだった。

 

 


『(な、ななな、何なんだよあいつ……! この俺を守るために、あの金ヅラの雷撃の前に飛び出してくるなんて……。……どんだけ俺のことが好きなんだよ……っ! あー、もう、心臓がうるさすぎて魔力が暴走しそうだわクソ……っ!)』




 

 


(ヴォルくんも変な方向で赤面しないでぇぇぇ!! ただの仲間意識だから! 勘違いしないでぇぇ!!)




 

 


「きゅ、きゅぴぃぃ……」




 

 

そこへ、潰れていたぷに丸が、私の頭の上にポスッと綺麗に着地した。

 

 

何事もなかったかのように、ぷにぷにと私の髪を甘噛みしている。

 

 

玉座の後ろから恐る恐る顔を出した王様は、一言も喋らないまま、伝説の竜と王国最強の騎士を同時にひれ伏せさせた私を見て、完全に恐怖に顔を白くさせていた。

 

 


「お、恐ろしい……。一言の呪文も交わさず、ただ立ち塞がるだけで、上級騎士の最大奥義の魔力を消失させ、最凶の竜の心をも掌握したというのか……。やはり、彼女こそが、この世界を統べる……真の魔王……っ!」




 

 


(だから違うってばーーーーーーー!!!)




 

 

こうして、二人の戦いを何とか止めることができたのであった。

 

 

 

 



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