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銀のドラゴン 外伝  作者: Aju
第2章 ガライ
24/28

1 ー敗れてー

ガライの物語が始まります。



 前方に結界が現れた。

 魔法陣の結界だ——。


 ヤバい!

 ドラゴンが顕現する。

 全ての「邪」を消し去ると伝えられるドラゴンが———!


 逃げなきゃ。

 一刻も早く、一尺でも遠く、ここから離れなければ——!


 ガライは向きを変えて、走ろうとした。

 しかしここに至ってもまだ、結界の壁に虚しく挑みかかろうとして、さばえ為す使い魔、妖魔が、前方からやってくる。

 それらが、ガライの顔に、腕に、脚にぶつかり絡みついて、逃走の速度を鈍らせ、まるで自分がカタツムリにでもなったようにジリジリとしか進めなかった。


 なんで?

 おまえらは、なんでそんな虚しい戦いを挑んでいるのだ?


 決着はついた——。

 ついてしまったんだ!

 あとは、どうやって——

 どうやって、己れ一人の生命いのちを永らえるか、だけだろうが———!


 不意に、

 ガライの後方から、銀色の光の群れが衝撃波となって襲い来て、彼もろともあたりの風景を呑み込んだ。


 そのあたりの妖魔も邪気も、ガライの赤黒い妖力の盾も——、すべてが光に呑み込まれて消えてゆく。

 ガライは身を縮めて、己れの命を護ろうとした。


 体中の力が抜けてゆく・・・。

 足がもつれた。

 意識がスローモーションのようにして遠のいてゆく。


 地面が、顔面に近づいてきて、ぶつかりそうになる寸前に———

 ガライの意識は、とんだ。




 気がつくと、両腕を2人に掴まれて引き起こされたところだった。着ている服ごと、体がずぶ濡れになって気持ち悪い。

 両手が後ろ手に縛られている。

 彼を拘束するように抱えているのは、たぶん『白魔道士』だろう。体に力が入らず、ガライは為されるがままだった。

 あたりは晴れわたり、ビルの間から射し込む朝陽が片目に眩しい。


 もはや何の妖力も持たなくなったマントのフードが、ガライの頭からずるりと滑り落ちて、その醜いケロイドが露わになった。

「うわ! こいつ・・・」

「いかにも、って顔だな——。」

 2人の若い『白魔道士』の会話が、ガライの耳に聞こえた。


 何を言いやがる。

 おまえらみたいな恵まれて育ったヤツに、何がわかる。

 おまえの親がおまえに熱湯かけなかったのは、ただ単にそういう親の元に生まれたってだけだ。運が良かっただけだ——。


「なあ、こいつ——。ひょっとして『隻眼』じゃね?」

「どうするよ?」

「下条さんに伝えるか?」

 ガライの体が、ビクッ、と反応した。


 少しだけ沈黙が流れ、1人がガライの顔を覗き込んだ。

 まだ10代じゃないか? という若い『白』だった。その目に「憐れみ」が宿っている。

 ガライの中に「怒り」がわき起こり、彼はそいつを残った片目で睨みつけた。今のガライには、それだけしかできることがなかった。


 てめーなんぞに憐れまれる筋合いはねえ!

 下条にでも何にでも報告しやがれ!


 ちくしょう! なんで、あの銀色の光でひと思いに死んでなかったんだ? 

 このあと、処刑だよな——。間違いなく・・・。最悪だ———。

 これは・・・、オレの罰か? そりゃあ、たしかにオレは大勢殺したよ。——だけど、「これから殺します」って宣言して、恐怖に苦しませながら殺したヤツは1人もいねーぞ?

 てめーら、「正義」を振りかざして、やってることは何だよぉ?


「とりあえず、拘束場所に連れて行こうよ。『処分』は軍師が決めるんだから。」

 ガライの体は、また、ずるずると引きずられ始めた。



 拘束場所というビルの一室には、生き残った『黒』が大勢集められていた。これで、全員なのだろうか?

 ガライはシューコの顔を探したが、そこにはいなかった。

(あいつ・・・、やっぱり・・・・)


 ガライは自分の胸のどこかが痛むような感覚を覚え、その気持ちを訝しんだ。

 オレは、シューコを悼んでいるのか・・・?


 やがて、『軍師』と呼ばれた男が入ってきて、1人、1人、検分して回り始めた。

 その男は、ガライの前にくると、ぴたっ、と足を止めた。

 ガライは下を向いていたが、ケロイドも片目も隠しようはない。

「ガライさん・・・かな?」

 その男が自分の名前を呼んだのに驚いて、ガライは思わず顔を上げてその声の主を見た。

 ガライがさらに驚いたことに、その『軍師』と呼ばれる男の眼にあったのは「厳しさ」でも「憎しみ」でも、まして「蔑み」でもなかった。

 男は、ガライがこれまでに接したことのない優しげな眼差しで彼を見ていた。

 同時に、その眼はガライの1つだけの眼底を突き抜け、その奥の奥まで見通しているようでもあった。


 ガライは思わず目をそらした。

 どのような憎悪の目も、殺意の目も、この男の今の眼差しほど恐ろしいと思ったことはなかった。

 オレは・・・、何を恐れているんだ?


「教育施設Aへ。」

 それだけを言うと、男は次の検分のためにガライの前を離れていった。その声に、どこか「希望」が宿っていたことにガライは気づいていない。



 施設へと連れて行かれる前に、ガライは「生き残った人は、誰も処刑されたりはしません」と聞かされた。

「それが、ドラゴンの意思ですから。これから行くのは、更生施設です。」

 若い女の『白』の言葉に、まだ一抹の不安を感じていたガライは、ふう、と体の緊張が解けていくのを覚えた。いくばくかの屈辱感と共に——。


 その屈辱感が、ガライに言わずもがなのことを言わせた。

「オレは大勢殺してるんだぞ?」

「あなたの罪は立証のしようがないんです。一般の刑事事件としては・・・。」

 その若い『白魔道士』は弱々しく笑ったあと、目を曇らせて少しうつむいた。

「それに、それを言うなら・・・、私たちだって同じだ——。」

 ガライは少し狼狽してから、余計なことを言った、と後悔した。


 護送車の中で、ガライはなぜ後悔なんて感情が出てきたのか?——と考えていた。

 あの若い『白魔道士』の面差しが、少しシューコに似ていたからだろうか?



 施設、というのは刑務所ではなかったが、外から鍵のかかる個室で、ガライはそこで1人にされた。

 壁と扉が頑丈であることを除けばホテルの部屋のようで、ユニットバスもあり、ベッドの他に小さなライティングデスクと運動用のランニングマシンもある。

 鉄格子は嵌っているが、窓もあって外も眺められた。外は森で、木の葉の重なりだけが見えた。

 それなりに快適といえば快適な空間だったが、自由だけはない。テレビもネット環境もなく、日々の食事や着替えは小窓から差し入れられた。

 ガライは、世間から隔絶された。


 個室には毎日、カウンセラーがやって来て、本を1冊ずつ置いてゆく。

 カウンセラーは、基本的には何かを説教するわけでもなく、ただガライの話を聞くだけだ。ガライが話さなければ、当たり障りのない世間話を語っていく。

 持ってくる本に、これといったジャンルの傾向があるわけではなくバラバラだったが、ラノベみたいな軽いものはなく、小説にしても重そうで二の足を踏むようなものばかりだ。エッセイなんぞはムカついて読む気もしないし、科学書だの哲学書だのはなおさらだった。

 『サピエンス全史』? こういうムツカシイ本はシューコ向きで、オレ向きじゃねーよ。


 ガライはそれらの本をライティングデスクの上に積んだままにしていたが、さすがに5日もすると時間を持て余して退屈になった。

 要するに、これが「再教育」の仕掛けってわけか——。


 癪にさわったが、本に手を伸ばした。科学書や哲学書なんかは読む気がしない。

 小説を読んでみることにした。「わたしを離さないで」というタイトルだった。知らない作家だ。

 いや、そもそもガライは小説家の名前なんて誰一人知らない。いや、夏目漱石くらいは知ってるか——。読んだことはないが・・・。


 最初はタイトルから、ひょっとしたらエロいシーンも出てくるんじゃないか——などと期待して読み始めたのだが、しばらくすると、頭にきてベッドの上に本を放りだした。

 はぁ?? なんだよ、こいつら?

 どっから見たって、臓器抜かれるために育てられてる子供の話だろ、これ?

 なんで逆らわねーんだよ? なんで逃げねーんだよ?


 これがつまり「再教育」ってやつか?

 体制には逆らうな。家畜でいろ——ってか?


 ガライはベッドを蹴とばし、椅子を蹴とばし、壁を殴ってからベッドの上にドスンと尻餅をついた。

 妖力の蛇の消えたガライには、もはや何の力も残ってはいなかった。


 そうだった・・・。

 オレは、負けた側だったんだ・・・・。


 ガライはベッドに仰向けに上体を投げ出すと、ぼんやりと天井を眺めた。


 そのうち続きが気になって、さっきの本にまた手を伸ばす。

 そうだ。ひょっとしたら、このあと大ドンデン返しがあって、主人公たちが思い上がった金持ちどもをその特権の座から引きずり下ろすかもしれないじゃないか。


 だが、読み進めるうちに、ガライの「怒り」は次第に「哀しみ」と「切なさ」に変わっていった。

 そして、その「哀しみ」と「切なさ」のままで、物語は終わってしまった・・・。


 何なんだ、これ?

 何なんだよ——、この作家?


 翌日、やってきたカウンセラーに、奇妙な哀しみの色をその眼に湛えたままで、ガライは言葉を発した。

「これは・・・、オレたちに『従順になれ』って意味で置いてったのか?」

 ガライ自身は、その瞳に宿る「哀しみ」の色が、シューコのそれに似てきているということに気がついていない。


 カウンセラーは、少しだけ満足そうに微笑んでから言った。

「違いますよ。それはノーベル賞を受賞した作家の代表作で、あなただけではなく、世界中の人に向けて書かれたものですよ。」



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