19 ー戦ー (鬼乃平柊子)
それは、柊子が26、ガライが32という年齢を迎えていた年の早春に始まった。
その年の梅の花も終わろうとする頃、ニューヨークの四天王から直接ガライに指令が下った。
どうやら、『白』どもによって、S市に「銀のドラゴン」を呼び出す魔法陣が築かれているらしい。
その噂が本当かどうか、調査しろ——というものだった。
ガライの「暗殺者」としての隠密性が買われての指令だった。
「ただの都市伝説じゃなかったんだな。『銀のドラゴン』が顕現したら、今のルシファー様では太刀打ちできない——って話だ。
もし本当にそれが魔法陣なら、絶対に阻止しなきゃならない。」
深刻な話——として柊子に話しながら、ガライはむしろ嬉しさを隠しきれていなかった。
四天王からの直接指令、というのは、いわばガライがそのレベルで認められたという証しなのだ。
送られてきたメールの添付ファイルにあった線描きの図を柊子にも示しながら、ガライは
「いやらしい形だ。」
と、いかにも苦々しげに言って見せるが、その表情は滑稽なぐらい苦々しそうには見えない。
だが、そのあと添付の資料を読んだガライの表情は、一変した。
「環境技術研究所——だと?」
それは——!
あのハンター下条のいる会社ではないか。
冗談じゃないぞ! なんで、社内に潜伏している『黒』にやらせない?
・・・・・
それは、つまり・・・・・
調べるだけでも、それほど危険な仕事だ——。ってことか・・・。
だから、このところ評判著しいガライに御鉢が回ってきた——ということなのだろう。
ガライは、頭を抱えた。
もう少し抑えておけばよかった——。少し、調子に乗りすぎた。いくら柊子が強くても、下条相手じゃ通用するとは思えない。
しかもハンター下条は、「隻眼の『黒』」を探しているらしい——などという噂まである。それはたぶん、あいつの両親を殺したオレのことだ。
ガライは何もかも放っぽり出して逃げ出したい誘惑にかられたが、これは四天王の直接指令だ。
逃げれば、今度はガライが「裏切り者」としてガライのような暗殺者に追われることになる。
やるしかない。 しかし・・・・
この仕事は・・・、よほど慎重にいかねば・・・。
ガライは、現場の状況視察は柊子に任せることにした。
まかり間違ってハンター下条に出くわしてしまったら——。そう考えるだけで、ガライは膝の力が抜けそうになる。
隻眼のオレより、シューコなら面が割れにくい。それが、ガライの付けた表向きの理由だった。
柊子は、そ知らぬ表情を「作って」はいるが、そんなガライの心底は見通していた。
かまわない。彼は下条数馬を恐れているのだから。
それはひょっとしたら、ハンター下条の強さという以上に、彼の両親を殺したというガライ自身の罪の意識がそうさせているのではないか?
柊子はふと、そんなふうにも思う。
柊子自身はどうなんだろう?
もし、現場で「かずまくん」に出くわしてしまったら・・・? 自分はどうするんだろう?
逃げるのか?
殺されるのか?
戦うことは、考えられなかった。
ひとつだけ、はっきりしていることがある。
それは、柊子はもう、幼い頃のように「かずまくん」の傍らにいることはできないのだ——ということだった。
これは罰だ——。と柊子は思った。
これまで殺してきた多くの人間の、成仏できない魂が柊子の足に絡みついているのだろう。
見えないけれど、きっとそうだ。
わたしだけが、それらから自由になって、前に進むことなんかできるはずがない。
わたしはどこで間違えたのだろう? どこで止めればよかったのだろう?
最初に、あの「父親」を殺したことが、間違いだったのか?
一般人に紛れるために柊子はあえてマントは着ず、ありふれた服装をして、鏡の前でドングリのペンダントだけを首からかけた。
もう20年以上も経つのに、そのドングリは色褪せもせず、もらった時と同じようにつやつやと輝いている。
胸のそこだけが、ほんのりと暖かいような気がした。
鏡の中の柊子の目から、ぽろっ、と一粒の涙がこぼれた。
表情を「作る」ためのものではない、柊子ですら驚くくらい自然なものだった。
それでいて、その意味を、柊子自身がつかみかねている——。




