17 ー魔道ー (鬼乃平柊子)
ガライは柊子の腕を掴んで、目立たない場所まで引っ張っていった。
「とにかく・・・」
と、ガライは言葉を継ぐ。
「もう少し、慎重に行動しろ。おまえが考えてるほど、『白』の組織は甘くない。」
まあ、とりあえずは「交通事故」だ。『白』がその場にいなければ、感づかれてはいまい——。
「分かったか? もう少し、慎重に行動するんだ。オレは、おまえを失いたくない。」
そう言ったガライの頬がわずかに紅に染まったのは、光のせいだっただろうか。
その晩、珍しくガライが柊子を自分のアジトのマンションに誘った。
「晩飯、作ってやるから、一緒に食わないか? 一緒にメシ食う時はいつも外食じゃ飽きたろ。」
ガライは見かけによらず、手慣れた感じでパスタを中心にしたイタリアン風の料理を3品ほど仕上げた。
「オレだって、外食ばかりだと飽きるからな——。」
と、少し照れたように言い訳がましく言う。
柊子がガライの傍らにきて、余りの野菜くずを指差した。
「これ、使っていい?」
ガライがうなずくと、柊子は見惚れるほどの手際の良さで、もう1品をガライの料理に付け加えた。
「おまえ、料理も上手いんだな——。」
テーブルを挟んで座って、ガライが言う。
「一人暮らしだから。」
「一人だと寂しくないか?」などと危険なことは、ガライは言わない。
代わりに、柊子の料理の味を褒めた。
柊子は無言でガライの料理を食べている。
「オレの片目——な。」
とガライは話し出した。
「熱湯かけられたんだ——。親にな。・・・『躾け』だってよ。」
そう言って、シャツの腕をまくり上げて見せた。目と同じ、左側の腕の肘から少し下まで、火傷の痕が痛々しく残っていた。
「オレはその場で、近くにあった包丁でその女の喉をかっ切ってやったのさ。」
そう言って、ガライは口の端を歪めた。
「だから・・・」
と、ガライは残った方の目で柊子を見た。
珍しく、その目に光がわずかに宿っている。
「おまえの境遇については同情もしてるし、共感もしてるんだよ。」
ガライがこんな話を柊子にするのは、異例中の異例と言ってよかった。
・・・が、柊子は、ちらとガライのケロイドを見ただけで、やはり無言でパスタをフォークに絡めて口に持っていっただけだった。
ガライはその微表情を読み取ろうとしたが、「哀しみ」以外の何ものも読み取ることはできなかった。
そういうことをしている自分を、ガライは訝しんでいる。
これは、上司と部下のコミュニケーションとは違うな・・・。
オレは、何を期待している?
まさか———
ガライは、自分の命が惜しい。
性的な欲求を満たすだけなら、蛇でも金でも手段は有り余っているのだ。そんな中で、自身の安全を脅かすような挙に出るほど愚かではない——と自認している。
命がけの恋——などする気は、毛頭なかった。
この一方的な「会話」は、これだけで終わった。
こうして、この奇妙なコンビは、魔導界でもそれなりに名を聞く「殺し屋」として10年以上の歳月を闇の世界で生きてきている。
もっとも、名を聞くのはもっぱら「ガライ」の方で、その力の多くを成す「シューコ」の名は、よほどの事情通でないと知らなかった。
最近は、柊子も表情を見せる。
しかし、それは「作られたもの」であって、ガライが読む微表情とは全く矛盾した別物であった。
この「表情」は、ガライが訓練した「技術」だ。
ただでさえ美形で目立ちやすい柊子が一般人の中に目立たぬように紛れるには、馬鹿みたいに間の抜けた表情や、くだらないことに喜んでいるような表情が必要なのである。
まれに勘違いしたストーカー野郎などが、頭のてっぺんから肛門まで縦に引き裂かれた死体になった。
そういう時の後始末はガライがやった。
『黒』にも「掃除屋」の組織はあるが、公式の依頼ではない「私的な殺し」の後始末を頼むわけにはいかない。
もちろん、金を払って依頼すれば彼らは動くが、そういうことをすると『黒』の世界の中でのガライの評判が落ちる。
ガライは、手なずけてある半グレたちに金をやって始末させた。手際は悪いが、仕方がない。
時に、どうやったらこんな殺し方ができるのか、聞きたそうなそぶりを見せるやつがいると、ガライは穏やかだが凄みの効いた声でこう言った。
「これと同じになる覚悟があったら、聞いてもいいぜ。」




