16 ー魔道ー (鬼乃平柊子)
まあしかし、それも「殺し屋」としては「資質」になるのかもしれない——と、ガライは気を取り直し、しばらくの沈黙のあと、会話を続けることを試みた。
「まさかシリアルキラーじゃないだろうな? そういうのは、仕事にミスを引き込む要因になるぞ。」
柊子はしばらく黙って、目で空中の何かを探していた。
「違う——。探しても、それらしいものが見つからないから——、とりあえず・・・仕事、かな——と。」
ガライはピクルスを1つ、フォークで突き刺して口に運んだ。
「何の楽しみもなくて——、オフの時はどうしてるんだよ? 普通、なんか楽しみのようなものがあるだろ? 人間なら・・・。」
それに対する柊子の答えは、またガライを少し狼狽えさせた。
「わたしたち、まだ人間なの——?」
ガライは奇妙なことに気がついていた。
仕事の時に、柊子はいつも首から変なペンダントを下げているのだ。それは「装飾品」と呼ぶにはあまりにも滑稽なシロモノだった。
メッキの剥げかかった安物の鎖の先にぶら下がっているのは、あろうことか何の変哲もないドングリだった。
「何かの呪いなのか、それ?」
一度だけ、ガライがそう聞いた時、柊子の眼に宿ったものは——、何と言えばいいのだろう。
憎悪、恐怖、嫌悪、殺意・・・・・、どの言葉もうまく当てはまらない。
この世のありとあらゆる負の感情が折り重なって、巨大な牙だらけの顎となってガライに襲いかかろうとしたように見え、彼は瞬間、数メートルも跳び下がった。
「何をやってるの、師匠?」
「いや・・・・」
ガライは苦笑いをしながらも、背中を流れる冷たい汗をどうすることもできなかった。
以来、ガライはそれについては触れないようにしている。
ただ・・・
と、ガライは思う。
あれは、何だか『白』のようなニオイがする——。それが、どうも気になった。
柊子は気がついているのか、どうか——。
喜び、楽しみ、希望・・・・。
柊子にわずかに残ったポジティブな感情の全てが、そのドングリの中に封印してあったのだ。——おそらくは、無意識のうちに・・・。
あるいは、それを下げていることで、シューコは戦いの最中にも「柊子」という形を崩壊させずにいられたのかもしれない。
とまれ、この時期、柊子はその戦闘力において、師匠のガライを超えてしまっていた。
ガライは、いくばくかの嫉妬を覚えながらも、相変わらず柊子を「便利な道具」として使い続けている。
というのも、柊子はガライが受けてくる「仕事」を、ガライの望み通り完璧に仕上げるだけで、ガライの立場を脅かすようなことを全くしないからだった。
ガライの見るところ、柊子には地位や立場、金、といったものに一切の執着がないようだった。
振り込まれる殺しの報酬でさえ、ガライが管理してやらなければならないくらい、柊子は無頓着だった。
柊子が成長するにつれ、ルシファー様の周辺でも、ガライの名が少しは聞こえるようになってきた。
それもあって、ガライは柊子が手放せないのである。
本当にそれだけだろうか——?
とガライは思うことがある。
表情らしい表情というものを見せない柊子の顔は、変に媚びた笑顔なぞを見せる女なんかより、はるかに美しいのだ。
ガライといえど、20代の肉体的には健康な男である。しかし、ガライは柊子に対して決してそういうことを求めようとはしなかった。
柊子の生い立ちに何があったか——を、ガライは知り過ぎるほど知っているからである。
ガライの優しさ、ではない。
迂闊にそこに触れようとするならば、ガライもまた、目出し帽と同じようにその首が床に転がるだろうことが分かっているからである。
ガライは柊子を、仕事の相棒としてのみ扱った。
「仕事」は、殺しだけではない。さまざまな「立場」にいる一般人を蛇で操って、『黒』側にコトが有利に運ぶように持っていくこともそれに含まれていた。
むしろ、そっちの方が量としては多い。
そういう「仕事」は、ガライの方が上手かった。
「感情」に乏しい柊子では、ターゲットを操る蛇のプログラムに何らかの齟齬があるようだった。
仕方なく、報酬の安いそういう仕事はガライがほとんど一人でこなし、柊子はその補佐にしか使えなかった。
(こいつは自立してはやってけないな)
とガライは思う。
もっともそれは、さまざまな理由で柊子を手放したくないガライの言い訳かもしれなかったが——。
10代も終わりに近づくにつれて、柊子がガライの言うことを聞かないことが増えてきた。
殺しのターゲットを選り好みするのだ。
「こいつを殺す理由は何?」
柊子は、そんなふうにガライに聞いてくる。ようするに「この仕事は、やりたくない」という意味だ。
どういう基準で柊子がそれを選別しているのか、あるいは単に気まぐれなのか、ガライには見当がつかなかった。
「上からの指示だよ!」
「わたしたち、『自由』なんじゃないの?」
イラつくが、ガライには力ずくで柊子をどうにかすることはできない。柊子の強さは、もはやガライでは太刀打ちできるようなものではなくなってしまっていた。
しかし、その「力」は、ほぼ全て、ガライの「評価」につながっている。シューコはガライの命令しか聞かないのだ。
そのおかげで、『黒』の世界におけるガライの存在価値は維持されていた。トップアスリートのコーチ兼マネージャーみたいなものだ。
ただし、アスリートの気が向かないと、このマネージャーは自分で「試合」に出なければならないのだが・・・。
それだけではない。
時おり、柊子は『命令』とは無関係の殺しもやった。
何が気に入らないのか、突然蛇を放って、その犠牲者をビルから飛び降りさせたり、工事現場から鉄骨を降らせて、下にいた男をぺしゃんこにしたこともあった。
ある日、ガライが柊子と一緒に広い通りの歩道を歩いている時、道路の対岸から女の悲鳴と罵る声が聞こえた。
ヤクザ風の男が、若い女の髪をつかんで引きずっている。
柊子が無表情のまま、それに向かって蛇を放った。
それは男の耳に吸い込まれ、男は突然女の髪を放すと、走ってきたトラックの前に身を投げ出した。
大きなタイヤに轢かれた男の頭から脳みそが飛び出し、アスファルトの上に赤い抽象画を描いた。
髪を掴まれていた女は、今度は別の意味で悲鳴をあげている。
ガライはついにたまりかねて、傍の柊子をたしなめた。
「おまえな——。なんで、ああいう『命令』もされてない殺しやってんだよ?」
「わたしの『自由』でしょ?」
「そんな『自由』なんて、誰にもあるもんか!」——とはガライは言わない。
代わりにガライは「安全」の話をした。
「ああいうことを繰り返してれば、そのうち『白』のハンターに目をつけられる。」
「そしたらまた、返り討ちにするだけよ。師匠もそう言ってたじゃない。」
ガライは珍しく、この厄介な弟子に食い下がった。
「おまえはハンターをナメてる。おまえがこれまで倒したハンターなど、雑魚だよ。目立てばそのうち、あのハンター下条がやって来るぞ。ヤツの強さは、ハンパじゃない。
今のおまえでも、一瞬で殺されるぞ。」
柊子の微表情に、奇妙な反応が一瞬現れた。ガライはそれを、自分の話に対する興味と解釈した。
「オレは昔、あいつを殺そうとして失敗したことがある。まだ、ほんのガキでしかない下条だぜ? ヤツは、オレが送り込んだ最凶のエージェントを一瞬で殺しちまったんだ。——しかも、その場で覚醒しただけでな。」
失敗してて、良かったね——。と、柊子は思った。
(もし、成功してたら、わたしがあなたを殺してたよ。)
その殺気を感じとったのだろう。ガライは「?」という顔をして黙った。
柊子はこの頃、薄々気がついていた。
近ごろ彗星のように、魔導界にその名が現れてきたハンター下条数馬こそ、あの「かずまくん」なのではないのか——と。
ガライは、恐怖からハンター下条を避け続けている。
柊子が避けているのは、たぶん別の理由だ——と柊子は思う。柊子自身、それを上手く言葉にはできない。
会いたい。という気持ちと、会いたくない、という気持ちが柊子の中で半々にせめぎ合っている。
もし、ハンター下条数馬が、本当にあの「かずまくん」だったとしても、たぶん、もうあの頃の「かずまくん」の面影はないだろう。
下手をすれば——、いや十中八九、「かずまくん」は柊子を覚えていない。
その現実に直面した瞬間、柊子の中でかろうじて「柊子」を形作っている何かが、ざらざらと崩れ落ちてしまいそうな気がするのだ。浜辺の砂で作った彫刻が、その水分を全て失ってしまったようにして——。
もう1つ。今の柊子を「かずまくん」に見せたくない——という気持ちもあるのかもしれなかった。
今のわたしは、ただの殺し屋だ。何人もの「人」を屠ってきた——。
奇妙なことに、ハンター下条もまた、多数の『黒の魔導士』を殺しているのだ——という視点を、柊子は持つことができないようだった。
第一、会えば「ハンター」である彼は、柊子を殺すかもしれない。
いや、間違いなく殺すだろう。
・・・・・・・・・
ひょっとして・・・。
自分は「かずまくん」に殺されたいと願っているのだろうか?
柊子はふと、自分の気持ちを訝しんだ。




