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end

 道に迷ったら最悪、タクシーでもなんでも使えばいい。そう思って自転車のかごからカバンを出そうと伸ばした手を、日高くんがしっかとつかんだ。

「駅まで送る」

「いいよ、そんな。せっかく日高くん、家に帰ったのに……」

 無理にカバンを取ろうとすると、強い力で押し戻される。そして日高くんは自転車にまたがってくるりと方向転換したかと思うと、おもむろに後ろを指差した。

「乗って。荷台ないけど、立つところわかるだろ?」

「だから、あたし歩いて帰るってば」

「俺ん家の近くで国崎がうろついてたって噂になったら嫌なんだよ」

 てっきり優しさだと思ったら、違った。あたしはむっとして、無言で自転車にまたがる。

「ちゃんとつかまってるか?」

「……うん」

 肩に手を乗せると、日高くんは首が弱いのか「もうちょっと外側にして」とくすぐったがる。顔は見えないけどそのしぐさが可愛くて、あたしは素直に手の位置を変えた。

「じゃ、行くぞ。足まきこまれんなよ」

「わかった」

 日高くんはよろめくことなく、すんなりと自転車をこぎ出した。

「国崎ん家、帰るの遅くなっても大丈夫なのか?」

「うん、全然へーき」

 日高くんはまた、川沿いの道を走った。

 気づけば、夕暮れになっていた。まだ空の端に暗さはないけれど、太陽は茜色に変わっている。川の流れも水面の反射も、すべてが燃えるように赤く色づいている。

 いつもは隣か正面で話していたから、こうして日高くんの後ろ姿をまじまじと見るのは初めてだった。風になびく短い髪から、ちらちらと耳がのぞいている。肩に手を乗せてみて、あらためて広い背中をしているのだと気づいた。

 行きと違って、帰りは本当に会話がない。またあたしは空気のようになっているかと思うけど、日高くんはあたしを送るために自転車に乗っている。それがなんだか嬉しかった。

 日高くんのこういうところが好きだった。

 ぶっきらぼうで、冷たくて、でも実は優しいところ。あたしは何度、それで心が鳴ったかわからない。

 結局今日の会話だって、ただ単にあたしを注意していたわけじゃない。あたしのことを心配して、考えながら喋ってくれた。言葉は冷たいけど、そのふしぶしに、あたしは日高くんの優しさを感じていた。

 日高くんのことをいつ好きになったのか。考えてみたらそれはよくわからない。隣の席でかっこいいなとは思ったけど、それはまだ、好き、ではなかった。

 少しずつ話すようになって、あたしはいつもどきっとしてばかりで、でもすぐには言わないようにと心にストッパーをかけていた。

 でも今、こうして日高くんの後ろにいたら、抑えもなにもきかなくなってしまう。

「――言うなよ」

 ねぇ、と口を開きかけたとき。日高くんが言った。

「絶対、今は言うなよ」

 決してこっちは見ない。あたしは日高くんの頭ばかり見ているけど、その声は風に乗ってよく聞こえた。

「でもあたし、やっぱり……」

「言うなってば」

 ふりむいてきっと睨み、日高くんはまた向き直る。彼がこっちを見ていないのをいいことに、あたしはぷっと頬を膨らませた。

 断るつもりでも、せめて言わせてくれてもいいだろうに。

「……二年になってクラスが違っても、気持ちが変わらなかったら、言っていい」

「え?」

 声が小さくて、よく聞こえなかった。でも日高くんは確かに、そう言った。

 あいかわらずこっちを見ない。あたしが身を乗り出して見ようとすると、意地になって顔をそむける。バランスを崩しかけて自転車がふらついて、日高くんは舌打ちしながら元に戻した。

 そんな背中に、あたしは訊いてみた。

「……どうして日高くんは、あたしにここまで言ってくれるの?」

 噂とか、まわりの反応とか、あたしの考え方とか。そんなの無視していいものなのに、なんで日高くんは、あたしに言ってくれるのだろう。

 その答えを、日高くんはすぐに返さなかった。

 しばらく川の流れを眺めて、時間をやり過ごしてから、おもむろに口を開いた。

「――俺も、案外惚れっぽいんだよ」

 日高くんはそれだけ言って、また無言になってしまう。

 もくもくと自転車をこぎ続ける彼の、その見え隠れする耳が赤くなっているのを、あたしは見逃さなかった。

「日高くん、もしかして――」

「言うな」

「日高くん、あたしね」

「言うなっつの!」

 急にスピードをあげられて、あたしは悲鳴をあげてその背中にしがみついた。

 くっつけた頬から、日高くんの体温を感じる。彼の早い鼓動と、鳴り響くあたしの心が溶け合って聞こえてくる。

 そっと、背中に唇を寄せても、日高くんは気づかなかった。

 かつてないくらい大きな『好き』を、あたしは今、日高くんに感じていた。






        END


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