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DT250 yamaha

インテリの正人は、ガリ勉じゃなくて

本当のインテリで、正義感があったいい奴。

1年の時だったか、僕がクラスで吊るし上げにあって

教師は「みんな、深町をどう思う!」と差別を助長した。


(今なら処分ものだろうが、当時はそんなこともあった。

体罰も当たり前で、よく殴られた。まあ、殴り返してもいたが)


そんな時、クラスのほとんどは僕を嫌いだ、と言った。

(真意ではなく、先生に逆らうと怖いのだろう)。


だが、正人は。


「困っていても負けずにがんばるし、まっすぐでいいと思います。」


と、静かにひとり、言うのだった。


クラス委員長がそう言うと、クラスもざわめく(笑)。



そんなものである。



正人は、今は国際企業になっている会社の重役の息子である。

後々、やはり企業経営者になるのであるが


そういう人なので、ものの見方がはっきりしていた。



でも、正人は別に主張をするタイプではなくて

ひとりで考えるのが好きな人。


それでも、僕が持ってくるバイク雑誌。

ヤングマシンが多かったが(今もあるのかな。

当時はのんびりしていて、ミニコミふうだった。

編集者がバイクを自分で作ってしまったり、1000kmテスト

なんて時間のかかるツーリングテストをしたり。

そういう時代であったので、雑誌も面白かった)。



その、ヤングマシンを見て正人は「DT250がいい」と言った。


黄色の、モノクロスと言う先進技術サスペンションのバイク。


「どこが?」と言うと


正人は「道なき道を走るような感じ」



バイクをしらなくても、見て判るらしい。




僕のことも「自由でいい」と言う正人は


本当は親の思った道を進むのに、多少は抵抗があったのかもしれない。

なんて、その頃僕は思った。



「乗せてやるよ」と僕は言った。



その頃、同じヤマハのTY50が家にあったからだった。



僕は、時々無免許であったが

河原に持っていってそれを乗っていた。


のどかな田舎なので、別に咎められる事もない。



正人は「ありがとう。でも、いいよ。免許取って買うから。」



と、そう言ったが。




ずっと後、僕が高校生になって

新聞配達をするバイトをした。

正人の家もルートで、日本経済新聞を取っていた。

お父さんだろう。



柔和だが、しっかりとした感じのお父さんで

新聞配達が遅れても、静かに「ご苦労様」と

会釈をするような人物。


正人によく似ていた。




僕は、DTがあるかな、と期待して見ていたが

さすがに高校はバイク禁止なので、無かった。


でも、その数年後。



黄色いDT250と、BMWのオフロードが2台置かれていた。


「お父さんとツーリングかな」なんて


僕は、その頃持っていたヤマハのXS750スペシャルで

その前を通り、微笑ましく思った。

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