The Stylistcs
諭は、スタイリスティックスも好きだった。
別に高尚な訳ではなく、その頃は
ラジオで普通に流れていたし
世界中でそういう音楽が溢れていたからだった。
(それは、音楽が儲かるから、だけでもなく
娯楽が少なかったせいもある。
今でも、ジャズライブは無くならないし
クラシックのコンサートもある。
ポピュラーって流行なので、今AENを聞いても
古い曲を掛けている。)
クラスでも、いくつかのグループに分けて
各名前をつけて楽しんでいた。
班制度で、今思うと工場の労働者を
教育する為だったのかもしれない。
諭は班長で、自分の班に[The Stylistcs]と
つけた。1年C組の時かな。
諭はロマンチストなのか、[愛がすべて]
が好きだった。
https://youtu.be/ckiaaT_b9FE
お金ないけど愛してます。
僕は、誓いも好き。
https://youtu.be/qyD5tAGBP9U
そういう、当時も今も変わらない気持ちを
大事にする奴だった(だから、久子みたいに
ちゃっかりしてる我が儘は嫌なのかもしれない)。
それは僕も同じだったけど。
ちなみに僕の班は[Celeste]と言う名前を
付けた。
フランス語で済みきった青空、と言う意味で
楽器のチェレスタと同じ。
フランス語、と言う事で
何故か女の子が素敵、と言うのが
面白かったが
僕の班の長は、インテリの谷口正人で
これは僕のアイデアだったが、理由を
聞かれて
それを告げると、女の子たちはキャーキャー(笑)。
なんでフランスが素敵なんだ(笑)ろ。
よく解らなかったが。これ、実は
当時のクルマ、まだ発表前の三菱でランサーセレステ、ってあったので
兄貴の影響でクルマ雑誌を読んでた僕は
これを使った(笑)。
担任の中野先生は、語源を知らず
これを認めたが
後でクルマ、と言ったら
僕を[かーまにあ]と、表現した(笑)。
そうでもないのだが。
進級の時、クラス全員の文集を作って
それに、先生がひとりひとり返信を書くのだが
(当時は、そういう温かみのある時代だった。
先生も義務的にしていた訳でもない)。
僕のところには[空回りしている気がする。
ギアオイルを入れて、ローギアから
セカンド、トップとギアを入れて
進もう]と、ユーモアのある回答をした。
中野先生は、スバルRー2(もちろんリアエンジンの)
に乗っているので4段変速だと思ったが
言わなかった(笑)
かーマニアって言われるだけだし。
ギアオイルって、言うあたりが2サイクルの
クルマ
らしい。
自動車が流行ってたし、人気もあった。
雑誌も、driver(今もあるが)
とか、CarGraphic。(これもある)
the moter(オイルショックで潰れた)
とか、いろいろ。
自動車も魅力的だった。
なんと言っても、形が自然で良かった。
いすゞ117クーペなんて、今みても
美しい。
やっぱり人間が線を引いて書いたデザインは
いいと思う。
エンジンの音も魅力的だった。
諭も同じくCarマニアで
いすゞべれっとGTRの絵を、格好よく
美術の宿題に書いたりした。
いすゞが好きなのは、僕の影響もあるだろうけど
なんというか、心意気を感じたのだろう。
キャッチフレーズが[いすゞは無個性な車は作らない]である。
売れなくてもいい。いい物を。
そういう魂に憧れるのは、剣道部の
彼らしかった。




