交差
何も考えずに掃除をしていたつもりが、
わたしの鼻からメロディーが漏れていて驚いた。
何処かで聴いたことがあるけど、
題名までは分からない音楽を奏でているから困ってしまう。
わたしの耳に、こびりついて取れない音楽は、勝手に口を使って
メロディーを奏でる。
今日は鼻でリズムをとっているけど、
偶に気がつくと歌っている自分がいる事もあるから驚いてしまう。
歌っていると言ったけど、本当は、一部分しか知らないので、
同じ箇所を何度も何度も繰り返しているだけだったりする。
傍から見たら、きっと楽しそうに見えるかな?
こんな事を考えている本人は、楽しくないのです。
楽しいなんて気持ち、これっぽっちも思っていないのです。
でももしかしたら、楽しくないわけでもないかも知れないから、
体は勝手にリズムを取っているのかも知れないよね。
わたしの勘違いでもなく、箒を動かす手首まで、
軽やかに動いているように感じるのは気のせいかな?
そう、わたしは何時もこんな感じ。自分の思いをはぐらかし、
自分の気持ちに嘘をつく。そして誤魔化しながら生きていくと、
わたしという人が出来上がると思っている。
でも安心して、別にネガティブなんて思ってないから、
これでもポジティブだと思っているんだから・・・・・・。
「ふぅーー終わった、終わった」と、
ミキの溜息混じりの声をにより、わたしの考えに終止符を打たれた。
「おつかれさま」と声をかけながらミキを見やる、私の顔は笑っている。
「おつかれ」と口にするミキも、笑顔で私を迎え入れた。
わたしに向けて、笑顔というよりかは、
わたしの事を笑わそうとしているのが見て取れ、感じ取れたので、
「えっ?なになに?」と私の問にたいして何故か変顔で答えたミキ・・・・・・。
「は、はい?」と首を傾げることぐらいしか出来ないわたしに、
「なぬ!これでも笑わぬか・・・お主も悪よのぉ」
と、更に変顔をバージョンアップしてみせるミキ・・・・・・。
「なんで、わたしを笑わそうと・・・・・・」と、わたしの話している最中にも
変化していく表情に、わたしは屈してしまった。
「分かった、分かったから。辞めて、お願い!お腹痛いから!」といっても本当に
お腹が痛いわけではなく、笑い死にそうだった・・・・・・。
「べぇーーー」なんて声を出して、わたしを覗きこんでくるもんだから、
わたしは必死にミキの攻撃から逃れようと顔を背け続けた。
「うん。よろしい! なんとか大丈夫そうだ」と私の肩をバシバシと叩く、ミキと、
お腹を抱えて前かがみになっている私がいた。
「じゃぁ、外の空気でも、吸ってくるから」と扉へ歩いて行く姿に
「うん分かった、終わったら行くから」と口に出してけど、
心の中では感謝の言葉を投げかけている私と、
口に出さないと伝わらないぞ?と思う、もう一人のわたしも存在していた。
「あい!」と、振り返らずに、手を挙げて扉を開閉させるミキを眺める。
そして、外気の空気がスタジオ内に優しい風を届けてくれた。
その風は体に届き、心に入り込み、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「ねぇ、ねぇ?」と背中をカナから突かれて、
振り返ってみると、わたしの頬に指が食い込んできた?
「ふにゃ?!」
「ねぇ、ねぇ、なに楽しそうに話していたの?」
「ふにぇ?ふにゃふにゃふにゃ?」
「ふにゃ?ふにゃふにゃふにゃ?・・・って分かんねぇ!」と、突っ込まれても、
頬に指先が食い込んでいるので上手く言葉を吐くことが出来ない。
「ふんにゃの、ふにぃらい、ふにゃく、ふにゃして」
「あぁ、ごめん、ごめん忘れてた」指を離すとカナは、
「忘れてたのは私だよ!」と、一際大きな声を上げるので、わたしは驚いて尋ねる。
「急に、そんな声出して、どうしたの?」
「あっ、いや大丈夫。気にしないで、何でもないから」
「何でもないって、そんなに時計を見つめて、大丈夫そうには見えないんだけど?」
「・・・・・・いやぁ、今日バイト入れてたのを忘れてた・・・でも、大丈夫だから」
と、どうやらカナは自分の心配より、わたしの事を心配しているらしい。
だから、わたしは、本当は話し相手になって欲しいとおもっていたけど、
「ありがとう、カナ。大丈夫、大丈夫。わたしは大丈夫だよ」と、自分に嘘をつき、
僅かばかりの見栄を張ってみせる。
「ほんとに、ほんと?」カナは、わたしの表情を伺いながらも、
時間からも逃れらないのだろう、2つを交互に見比べている。
「うん。ほんとに、ほんと」と、私は大嘘を続けている。
「・・・・・・うん。分かった。悩みぐらい何時でも、幾らでも聞いてやるから、
1人で悩んだりするんじゃないぞ」
「はい、はい。分かったから、ほらほら、早くバイトに行かないと」
「ナミ、ほんとに?私バイトに行っても大丈夫なん?」
「え〜っ何いってんの?当たり前じゃない。何言ってんのよ?
バイトに行っといで」
「本当に、大丈夫なの?」と、一向に動こうとしないカナの背中に回りこみ、
「しつこいぞ、大丈夫だ、か、ら、早く、行かないと、又店長に、怒られちゃうぞ」
カナの背中を押し続けると、観念したのか体が軽くなる。そして納得したのか、
「分かった、分かったから、そんなに押さなくても自分で外に出られるから」
「今日は有難う。じゃぁ、またね」
「じゃぁ、またね・・・・・・・・・・・・」カナはまだ何か言いたそうだったけど、
スタジオから外に出す任務を遂行した。本当は居て欲しかったんだけど、
という気持ちをグッと堪えていた。少しゆっくり出来るかな?なんて思っていると、
「ふぅ・・・・・・」と、溜息をつきながらハナは戻ってきた。
わたしはハナに声をかけることを忘れて、スタジオ内に入ってくる姿を目で追っていたると、
「ごめん! 店長に捕まっちゃってさ、
いろいろ聞かれちゃったよ。ほんと、店長って・・・・・・」と、
わたしは何もいってないし、聞いてないのに、最初に誤りを入れると、
空白の時間に何があったのかを早口で話し終わえた。そして何かを思い出して笑っている。
「ごめん、ごめん。すぐ手伝うから!」制服の袖をまくり上げ、ホウキを手に取った。
ハナが鼻歌まじりに掃除を始めると、嫌になるほど目にした携帯が震えているのが目に留まる。
「ハナ、携帯なってるよ」と、教えてあげるが、ハナは自分の胸ポケットを探している。
「あれ?無い。あれ?無いな・・・」なんて口に出している姿が可愛くて、
愛おしくて、可笑しくて、そして心が痛くなる。
自分の体を隈なく触って探しまわるハナに、わたしは行動を起こす。
今は、誰からも咎められることなく手に取ることが出来た。
だけど、わたしは携帯を見ずに、あえて遠ざけるようにして、ハナに差し出した。
「はい、ハナ。携帯鳴ってるよ」と、背中を突いた。
「えっ、なんで、ナミが持っているの?」なんて事を言われた。
「さぁて、なんででしょ?」こんなやりとりの最中でも、
手の中でブルブルと震えている携帯と首を傾げるハナ。
待ちきれなくなった携帯は、自らの主張をやめて大人しくなる。
その頃になってやっとハナは手を伸ばしてきた。
何か言わなきゃと思ったのか、考えが纏まらなかったのか、
「ありがとう?」なんて、わたしに尋ねるようなお礼を言われて驚いたよりかは、
おかしかったけど、一応お礼のお返しをした。
「どういたしまして?」と返したけど、わたしの返しの言葉より、
ハナの意識は携帯に注がれていた。携帯を開け、送信者の名前を確認したのかな?
とても嬉しそうにポケットにしまうと、掃除を続けるハナの真面目な姿に、
爪の垢を煎じて飲まなくちゃと思う一方で、
健児くんからのメールだってことは、ハナの姿を見れば分かるから、
とても羨ましくて、妬ましく思ってしまう自分を恥じた。
そして、掃除が終わるとハナは直ぐに携帯を取り出して確認している。
ハナの嬉しそうで、ニヤニヤしながら、メールを打っている。
たまにブツブツと呟いている姿をみていたら、
携帯の向こう側では、健児くんの笑顔が見えたような気がした。
と気づいた時には、
「ごめん。わたし用事思い出しちゃったから、先に帰るね」
「えっ、なんで? 急にどうしたの?」
と問いかけたけど、うまい言葉が出てこない・・・・・。
だから私は黙ってスタジオから出ていこうとドアノブを掴もうとする。
「待って!わたし、すぐ片付けるから、一緒に帰ろう」
とハナの声が耳に入ると、わたしの体は動かなくなった。
ハナと一緒に帰る・・・・・・耐えられない。今のわたしには耐えられない。
体中から、サァーーーっと血が引いていく感じと寒気を覚えた。
「ごめんね、お待たせしました」と声をかけると、優私の背中に優しく触れると、
優しく叩くというか撫でるように叩く。
ハナの優しさに、私の心は耐えられなくなっていく。
わたしに優しい言葉なんて要らないんだよ。
わたしって最低なんだから。
わたしの気持ちに気づいてしまったら、わたしが嫌いになるよ。
わたしは健司くんが、好きなんです。大好きなんです。
だから、わたしだけを見ていて欲しいと思ってるんだよ。
どう?嫌いになったでしょ?お願いだから、嫌いになってよ。
ふたりとも、わたしの気持ちに気づいてよ・・・早く気づいてよ。
そうじゃないと、わたし、どうにかなっちゃうよ・・・・・・。
助けて、健児くん・・・・・・・・・。
ハナ、でもね、わたしってズルイ人間だからハナの事も好きなんだ。
分かっていると思うけど、恋愛対象としてではないからね。
わたしは、天秤にかけてるんだよ、二人の事を。
ねぇ、ハナ? わたし、どうしたら良いかな?
ねぇ、ハナ? もしだよ、もし、わたしと同じ立場だったらどうする?
ごめん。やっぱり良いや・・・・・・聞いたわたしが馬鹿だった。
だってハナは、優しいもん。それから友達思いだもん。
それに比べて、わたしって、ほんと最低だよね。
ほんと呆れちゃうよね。
自分でも、ほーーんと、史上最強の悪人だと思うもん。
わたしって、存在している価値なんてあるのかな・・・。
そんな思いを知ってか知らずか、ハナはドアノブを回す。
「さぁ、お先へどうぞ」と、手を前方へ差し出す。
わたしを先に行かせるようと誘導する。
その優しさに、立ち眩みで体が揺れる。
「ちょっと、待っててね」と、次のドアに手を伸ばそうとするハナに、
「ねぇ、ハナ。お願い。もう、これ以上、わたしに優しくしないで・・・・・・」
「えっ、なに?聞こえないよ、何ていったの?」
なんとなくだけど、私に尋ねている事だけは分かったけど、
何を言っているのかまでは、分からなかった。
急な睡魔により、倒れそうになってたから。
だけど誰かが、私の手を握りしめてくれるのだけは分かった。
誰かしらの手の温もりを感じながら私は深い眠りに落ちていった。
「なんで、どうして?こんなに手が冷たいの?
ねぇ、ちょっと、ナミ、冗談は辞めて?
ねぇ、ちょっと、重たいよ?
誰か・・・ねぇ、誰か・・・誰か来てよ・・・。
「誰か・・・誰か!誰か来て!!」
スタジオ内に助けを求めるハナの声が響き渡る。
その声は雄叫びと言ったほうが合っているかも知れなかった。