ひとりじゃないんだよ
ハナの声で駆けつけると、床に崩れ落ちているナミの姿と、
一生懸命に話しかけるハナの姿を目に飛び込んでくる。
何が起きているのかさえ、分からずに見下ろす店長に、
「救急車・・・店長、救急車・・・・・・」
と、助けを求められた店長だったが、こんな状況に対して免疫がなく、
有り得ない言葉を口にする。
「大丈夫ですか?」と、情けない言葉を吐いた店長に、
ハナは怒りを爆発させた。
「店長!早く救急車を呼んで!」と叫ばれて、やっと我に帰った店長は、
救急車を呼ぶため電話口へと走っていく。
救急車が到着すると、店の付近には野次馬が溢れかえっている。
まもなく、ナミが救急車に載せられると、
「何かあったら、連絡入れるから」と、ハナが救急車に乗りこむ。
ナミの口には、酸素マスクが取り付けられている姿に、
「大丈夫だよね?大丈夫だよね?」と救急の人に尋ねるハナの姿があった。
病院に到着するなり、救急治療室の中へと、運ばれていくナミの姿を、
心配して見守る事しか出来ない自分に無償に腹がたった。
ソファーに座ってお待ちください。と言われ仕方なくソファーに腰掛け、
ナミの帰りを待つ事にした。
こんな風に心配して待っている時に限って、
時間の流れというものは、普段より、ゆっくり進んでいるように感じられ、
イライラが募っていく。病院だからと安心はしていたものの、
もしもの事を考えてしまうと、居ても立っても居られなくなっていく。
夜の暗い病院内で、1人で待つ不安や、寂しさを払拭させるため、
壁時計の長針の動きを目で追いかけて、
全然関係ないことを考えてみたりする。
他に、私に出来る事といったら祈ることしか出来なかった。
どうか、ナミが元気な姿で戻って来ますように・・・・・・と。
やがて、治療室のカーテンが開けられると、
ストレッチャーが運び出されてきた。
看護師たちのやり取りを遠目に見ていたら、
一人の白衣を着た女性と目が合うと、その方が近づいてきた。
「市川七海さんの、お連れの方ですよね?」と、
唇に手を当てて首を傾げているので失礼のないように、
「はい。付き添いの上野花菜です」
「はい、上野花菜さんですね・・・」と、頷く看護師さん。
「あっ、ごめんなさい。えっと、結論から言いますと、
もう、大丈夫です。安心して下さい」と胸を張っている姿に、一抹の不安を覚えながら、
「ありがとうございました」と頭を下げていると、
「先生!」と声がかかる。
「はい?」と、返事を返したのが、目の前の女性だったから、
「先生だったのですか!?」と、心の声が漏れてしまった。
「そうそう。よく看護師と間違えられるのよ」と頭をかく先生に私は、
「・・・・・・ごめんなさい」と、もう一度頭を下げる羽目になっている。
「気にしない、気にしない。一休み、一休み」なんて不思議な言葉を残しながら、
鼻歌交じりとともに、遠ざかる先生にたいして、深々と頭を下げる。
大丈夫と、言われたことで、ピンと貼り付けた緊張感から解放されると、
連絡を入れるため、案内表示を確認しながら、携帯が使用出来る場所を探しだして移動する。
まずは、心配しているだろう、スタジオに連絡をいれる。
店長から、よかったね、ほんと良かったね・・・と連呼されると、
何だか、気恥ずかしくなり、店長との電話を早々と切り上げた。
そういえば店長、ナミの両親が、こちらに向かっているって、
いってたな・・・。
あぁ・・・でも、とりあえず、その前にゆっくり横になりたいな・・・・・・。
そんな思いからかな?安心したからかな?疲れがどっと出たみたい・・・。
とりあえず、元いた場所に戻ると、同じソファーに腰を下ろした。
そして、背もたれに全体重を預け、両手を背もたれに乗せて、
両足を解放させた。ソファーの上で大の字なのです。女の子がそんな格好をして、
はしたないというか、だらしないというか、みっともないとか言われそうだけど、
今だけは勘弁してほしい。切にそう願うよ・・・。
人の目を気にする事なんて、考える余裕もないくらいに、疲れているんだからさ。
大きなため息をはき出して天井を見上げる。
蛍光灯に1匹の小さな虫が衝突を繰り返している。
蛍光灯には、黒く変色している箇所があるのを確認している。
そろそろ取り替え時だね?そんな事を思ってはいるけど、
何も考えず、只じっと見つめている。
そして、小刻みに胸で揺れる携帯が、現実の世界へ連れ戻そうとする。
病院内で携帯の電源を切ってない自分にたいして腹が立ち、
何処にいても、繋がる携帯電話という物にも嫌気がさす。
メールだからって、席を立たないのもどうかと思ったけど、
一応謝りながら、携帯を確認する。
健児と書かれているメールに気づくと、前言撤回を余儀なくされた。
やっぱり、何処でも繋がる携帯電話って良い物だよ。
私は姿勢を正して、ソファーに浅く座り直す。
そんな姿勢でメール文を確認する。
気がつくと、何処から出ているのか分からないけど、
んふふふ・・・なんて声が漏れている。ちょっとキモイけど、
嬉しいから仕方ない。
「ハナ元気ですか? 久しぶりに会いたいね?」
と私の目の中に飛び込んでくると、
なんだよ?ばっかじゃないか・・・、そういう私も、返信分を作成する。
「うん、ひさしぶりだね。すぐにでも会いたいね・・・
あいたいよ・・・1人で寂しいんだもん・・・」という返信文を書き、
私は確認作業をしている、間違えが無いか、確認しながら間違えに気づき、
1文字1文字消していく指先が躊躇していた。
そして、遂に白紙になった返信欄を見つめ呟く。
「なんで、消したのかな」という後悔の念と、
「あいつ、すぐ心配するから」そう考えると、
自分の気持ちに嘘をつくのも悪くないかな。
心配かけたくないし、だって健児って、馬鹿だし。
急いで駆けつけて、又倒れられても困るし。
今日はもう、病人の看病なんて懲り懲りなんだもん。
二人には悪いけど、ほんとうは、嫌なんだからな。
ナミの表情が浮かび、泣きそうになったけど、
健児の困り顔が現れたお陰で、不思議と感情が制御でき自分を取り戻すことが出来ていた。
もし、私が泣いたとしたら、健児、動揺すんのかな?
もしそうだとしたら、何て慰めてくれるのかな?
それでも泣き止まなかったら、優しい言葉でも掛けてくれるのかな?
いや、まてよ・・・もしかしたら、健児は泣くかもしれないな・・・
そうそう、健児だから、一緒になって泣くかもしれない。
そうなると、私が健児を慰めたり励ましたり、
私が面倒をみないといけないのか・・・。って、事は、健児の前では、私は泣けないのか?
これは、困ったぞ。女性の武器が使えないぞ・・・。
って、いうか、健児って最悪じゃない? いやいや最悪通り越して、馬鹿、健児だ。
そう思えたら、可笑しくて面白くて、「ケラケラ」と笑っていたら、
「静かに!」と看護師さんが、唇に指を当てて咎められた。
「すみません・・・」と、頭を下げてはいるんだけど、
笑いにたいしての欲求は収まらず、口元を押さえても、
肩だけは容赦なく揺れ続けていた。
それにともない、健児の笑顔が浮かんでくるから、
いっちばん、喜びそうな文章を思い浮かべて送信する。
さて、健児の喜ぶ顔でも、思い浮かべながら一眠りかな。
ソファーをベッド代わりにして寝そべると皮なのか合皮なのかは、
分からないけど、ヒンヤリしていて、健児のお陰で火照った体が急速に冷やされていった。
でも、健児からの変身を待っているから火照りは完全に冷めることは無かった。
待ちきれない訳ではないんだけど、携帯を抱きしめている両手を胸の上に置いた。
思ったよりも返信は速かった。着信を告げるバイブの震えが、
まるで、私の心を表しているように思えた。
両手の中で揺れる携帯を、ぎゅっと握りしめ頬に押し当てる。
早くメールを読みたい。という胸の高まりを押さえつける。
楽しみというのは、ゆっくり味わった方が、
嬉しい気持ちというのは、倍になるんだよ。なんて思ってはいるけど、
そんな思いも長くは続かず、根気負けした私は、頬に当てていた携帯を、
胸の前へと移動させ、ゆっくり携帯を開いていく。
暗い病院内で、目映いばかりの光を放つ携帯と、それをのぞき込む私の姿。
「元気そうで安心したよ。暇だったら話し相手になるから、
メールして下さいな。メールが面倒なら、電話で良いです。むしろ、声が聞きたいので、
電話のほうが嬉しいかな」と、書かれたメールを見て、一言飛び出していた。
こんなメールを書いている時って、ニヤニヤしてんだろな・・・・・・きっと。
無意識に起き上がると、私は背伸びをしていた。
縮こまった体が開放されるのを感じるのと、
血液の循環まで良くなると、病院から外へ出る為に歩き出していた。
病院から、一歩外へ出てみると、風が予想外に冷たく感じられた。
一瞬戻ろうかな?と脳裏をよぎる。そう思ったのも最初のうちだけで、
次第に、夜風が心地よく感じると、私の体と心を癒してくれた。
それと、外は病院内とは違い、静かは静かだけど、
時々聞こえてくる車の音や排気ガスの臭いに懐かしさを感じて、そんな光景に安堵した。
そして私は、緊急外来の入り口のベンチに腰掛けた。
周りに誰もいないことを確認すると、携帯を開いていた。
健児の電話番号を探している自分と、躊躇している自分と対決している。
そこまでの葛藤はなく、何の気なしに通話ボタンを押すと耳に当てていた。
耳の中で、プルルル・・・・・・と、電子音が鳴る。
この音、久しぶりだな・・・。そんな思いに耽っていると、
「もしもし、ハナ?」と、健児の声が割り込んできたから、
私の思いは台無しになったから、という訳では無いけど、
ただ、返事をせずに健児の声に耳を傾けていた。
通話をしているが、何も語ろうとしない二人。
その無音状態にたいして、満を期して、
「ねぇ、ハナ。ちょっと空を眺めて」なんてキザっぽい事を言われた。
正直なところ面倒くさいというよりは、こんな時に・・・とは思っていた。
口にこそ出さないつもりだったけど、私の口は正直者だった。
「なんで?」
「えっ・・・・・・・」と、何が起こったのか分からない。
そんな声を出させた事には関しては悪いと感じていたし、悪いとは思っていた。
「・・・・・・ごめん、ごめん。少しで良いから、眺めて見てよ」
と、いわれて仕方なく眺めてみることにした。そして最初から見ていれば、
健児にも嫌な思いをさせなかったのに・・・・・・と後悔していた。
「綺麗・・・・・・・・・」私の目の前に広がっている光景はね、
星座達が勢揃いして輝いていたんだよ。
「綺麗でしょ?」
「・・・・・・うん。奇麗」
「喜んでもらえて、嬉しいよ」
「・・・・・・うん」
私の返事は震えていた。まるでビブラートがかかっているようだった。
でも健児は、どうしたの? なんて聞かなかった。
その事には、一切触れることもなく話しを続けた。
「星ってね、面白いんだよ。同じ星をね、違う場所から眺めたら、
どうなると思う?言い忘れたけど、もちろん、僕らが見たらの話だからね」
と聞かされたとき、正直に答えて良いのか迷っていた。
その甲斐あってか、答えずにすんで正直ホッとした。
「えっとね、星は見られているから、恥ずかしいのか、
嬉しいのかまでは分かんないけど、輝きが増すんだよね」
「えぇ・・・・・・嘘だ」
「嘘じゃ無いさ。もっと、私を見て!って、キラキラと輝くんだよ」
「じゃぁ、同じ星を眺めて見ようよ!」と、自分で言うのも変だけど、
少し馬鹿にした口調になっていたのは分かっていたけど、
自分の気持ちを殺すことが出来なかった。
だから、私は悪いと思っているから星を眺めた。
そう、私達は同じ星を眺めている。だから私は謝らなければならなかった。
「ごめんね、健児」
「なんで、謝るのさ?」
「今日の私ってさぁ、健児に八つ当たりしてる事を、分かってるんだけど、
止められないの・・・ほんと、ごめんね。むかついたら怒って・・・」
一つの星が、私たちの見ている星だけが、嘘のようにキラキラと輝いていた。
「なんで謝るのさ? そして、なんで怒らないといけないのさ?
謝らなければいけないのは僕の方だし、怒られるのも僕さ・・・ごめんね、ハナ」と、
いわれてドキッとして聞いた。何故?と聞かなければいけないのに、
「馬鹿・・・・・・」
「そうさ、僕は馬鹿なのさ・・・」といって、受話器の向こうで笑っている。
もちろん健児の嘘くらい見抜けたけど、見抜けたんだけど、声が出なかった。
「ハナ? もし1人で悩みを抱えているのなら相談に乗るからね。
そして、僕らは繋がっている。という事を覚えていて欲しい。
そして、僕がいるって事に気づいてほしい。そして忘れないで欲しい。
寂しいと思ったときは、空を眺めてみてよ、きっと僕も同じ事をしているから。
星は輝いているんだよ、昼だとしてもね」
だから、何が言いたいの? 私を怒らせたいの?
ほんと、どうしようも無い奴だよ健児は・・・・・・・・・・・・。
だけど、何故だろう。私の思いと真逆の言葉が浮かぶもんだから、
耳から携帯を外さなければならなくなったでしょ・・・・馬鹿、健児。
私は携帯を膝の上へ置く。自由に使える両手を使って目元を押さえる。
後は、私の声が漏れないよう、唇を噛みしめる。
指の隙間から零れ落ちる涙だけは、止めようが無かった。
「空を眺めてさえすれば、星達が、
僕らの進む道を照らしてくれるから安心だね」
もう、ばか。健児なんて大嫌い。嫌いすぎて大量の涙が零れ落ちた。
「ハナは、1人じゃないだよ。周りに友達もいるし、もちろん僕もいる。
だから忘れないで。ハナから見たら、僕は頼りないかも知れないけど、
困ったときは、頼って良いんだよ。むしろ頼って下さい。と、
僕は願いたい。でも、贅沢は言わないよ。
今日はハナの声が聞けただけで十分満足さ。
それと最後に、会いたくなったら、メール送ってよ。
その時は、飛んで会いに行くから。
涼しいからって、風邪を引かないように注意してね。
まぁ、その時は、風邪の半分引き取ってあげるよ。
じゃ、そういうことで、おやすみなさい」
静かに電話が切られた。だから、私は携帯を胸に押し当てる事が出来た。
まだ微かに、健児の優しさと温もりが残っているようで、体一杯に入り込んでくるように感じられた。
そんな思いから、私は顔を上げて見つめる。
星を見つめる。健児と同じ星を見つめたいがために、空を見上げる。
「おやすみなさい」と、私は小声で星に願いを込めてみた。
キラキラと輝く1点の星を見つめながら。




