消えた彼女
レンジは、女子バスケ部員から聞き出した場所を歩いていた。
区役所から駅へ向かう通り。
ゴミステーションの近くにある、白っぽい家。
手がかりはそれだけ。
似たような住宅が並び、どこを見ても同じように見える。
レンジは何度も道を往復し、表札を一軒ずつ確認していく。
一時間ほど歩いた頃、ようやく足が止まった。
白い外壁の一戸建て。
門の横にある表札には、山岸の文字。
レンジは軽く息を整え、迷わずインターフォンを押す。
しばらくして玄関が開き、一人の少女が顔を出した。
肩まで伸びた黒髪。
警戒するような目つき。
レンジは以前、葉月がユウマと一緒にいるところを見かけたことがある。
「葉月さん、ひさしぶり」
「あんた誰?」
「ユウマのクラスメイト。少し聞きたいことがあるんだ」
その名前を出した瞬間、葉月の表情が固まる。
「帰って」
「ユウマと別れた理由を――」
最後まで聞かず、葉月は玄関の扉を閉めた。
レンジはしばらく動かない。
扉の向こうに人の気配はある。
しかたなく、レンジは連絡先を書いた手紙を、山岸家のポストへ入れる。
◇
翌週。
いくら待っても葉月から連絡が来ないため、再び山岸家を訪れた。
インターフォンを押すと、今度は葉月が勢いよく玄関から出てくる。
「もう来ないで!迷惑だから!」
前回よりも、はっきりとした怒り。
「少し話を聞きたいだけだよ」
「ユウマのことは、何も話せないの!」
声が大きくなり、家の奥から足音が近づいてくる。
現れたのは、葉月の父親だった。
「おい、どうした?」
葉月は下を向いて何も言わない。
「すみません、ユウマのことを聞きたくて……」
父親の目つきが一瞬で変わる。
その変化を、レンジは見逃さなかった。
「あいつの何が知りたいんだ」
低く、拒絶する声。
「葉月さんとのトラブルのことを聞いたんです」
かまをかけるように口にする。
父親の顔が怒りで赤く染まった。
「あいつ、自分から言いふらしているのか!」
「お父さん、やめて!」
葉月が父親の腕を掴む。
「娘を妊娠させて、中絶までさせておいて、まだ関わろうとしているのか!」
レンジは黙って父親を見つめる。
――中絶
欲しかった情報が、向こうから出てきた。
「すみません。もう帰ります」
深く頭を下げ、その場を離れる。
背後では、葉月が父親を止める声が続いていた。
◇
その夜。
スマホに、知らないアドレスからメッセージが届く。
『ユウマは、今どうしてるの?』
誰からなのかはすぐに分かった。
レンジは画面を見つめ、口元を緩める。
葉月は、まだユウマを忘れていないようだ。
傷つけられた相手を、それでも気にしている。
その未練は、十分に使えそうだった。
◇
翌日。
ユウマが一人でトイレへ入るのを確認し、レンジも後を追う。
手洗い場の前で、ユウマが鏡越しに睨んできた。
「てめえは、ここのトイレ使うんじゃねえよ」
すぐにレンジに絡んできた。
しかしレンジは立ち去らない。
「昨日、葉月に会ってきて、中絶の話聞いたよ」
ユウマの顔が固まった。
次の瞬間、ユウマはレンジの胸ぐらを掴み、拳を振り抜いた。
頬に強い衝撃。
いつもだったらレンジは床に倒れている。
しかし、レンジは倒れずに真っすぐ立っている。
口元から流れた血を指で拭い、ユウマを見ながら笑った。
「なんでお前が葉月と会っってんだよ!」
「そんなこと、どうでもいいだろ」
ユウマの顔に焦りが浮かぶ。
目の前にいるのは、いつもの気弱なレンジではなかった。
「僕、葉月と連絡とれるよ」
そう言ってレンジはスマホの画面を見せる。
そこには、昨夜届いた短いメッセージ。
ユウマの視線が画面へ吸い寄せられる。
「葉月と話したい?」
「ああ、ふざけんな。誰に言ってるんだ」
ユウマは、いつものように脅すように話す。
「僕なら、伝言くらいできるよ」
レンジを突き飛ばし、出口へ向かった。
「生意気な口きくな。マジで殺すからな」
乱暴に扉を閉め、教室へ戻っていく。
ユウマは、ダイチたちへ話すことも考えた。
だが、中絶の件まで知られれば、ダイチに弱みを握られてしまう。
ユウマは黙るしかない。
「どうして葉月がレンジなんかと……」
ユウマは悔しそうにつぶやいた。
◇
翌日。
休み時間に、レンジが後ろからユウマにそっと近づく。
「葉月に、今の女遊びのことを教えてもいい?」
ユウマの表情が変わった。
すぐにレンジの腕を掴み、ダイチたちに気づかれないようトイレへ連れ込む。
「お前、余計なこと言うんじゃねえよ」
レンジは笑う。
「まだ葉月が好きなんだね」
「黙れ、クズ」
「どうして、連絡をとらないの?」
ユウマは壁へ拳を叩きつける。
しばらく黙ったあと、ユウマが低い声で話し始める。
「中絶の金は、葉月の親が全部出した」
「その代わり、もう二度と葉月に近づかないって、親同士で約束させられたんだよ」
「連絡も禁止?」
「当たり前だろ。破ったら、母親まで巻き込むことになる」
それでも、ユウマは葉月を忘れられずにいた。
「もし、お願いきいてくれるなら、伝言くらいはしてあげるよ」
「あ?」
ユウマはレンジを睨みつける。
「ダイチたちのグループから抜けてほしい」
レンジが静かに切り出す。
「中立になってさえくれればいい。それが条件」
ユウマは眉を寄せたまま、返事をしない。
「ユウマだって、実はダイチたちと遊ぶの嫌なんじゃないの?」
「お前が言うんじゃねえよ」
明らかに声が弱くなっていた。
「まあ、無理ならいいけどさ」
レンジはそういって出口に向かう。
「ちょっと待て!」
ユウマが呼び止めた。
ダイチを敵に回す危険。
葉月と再びつながれる可能性。
二つを比べるように、ユウマは長い間黙り込む。
「……分かった。その代わり誰にも言うなよ」
ようやく出た声は、ひどく小さい。
レンジは満足そうに頷いた。
「うん、約束する」
ユウマはまだ知らない。
自分から選んだつもりの答えさえ、レンジに選ばされていたことを。




