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消えた彼女

レンジは、女子バスケ部員から聞き出した場所を歩いていた。


区役所から駅へ向かう通り。


ゴミステーションの近くにある、白っぽい家。


手がかりはそれだけ。


似たような住宅が並び、どこを見ても同じように見える。


レンジは何度も道を往復し、表札を一軒ずつ確認していく。


一時間ほど歩いた頃、ようやく足が止まった。


白い外壁の一戸建て。


門の横にある表札には、山岸の文字。


レンジは軽く息を整え、迷わずインターフォンを押す。


しばらくして玄関が開き、一人の少女が顔を出した。


肩まで伸びた黒髪。


警戒するような目つき。


レンジは以前、葉月がユウマと一緒にいるところを見かけたことがある。


「葉月さん、ひさしぶり」


「あんた誰?」


「ユウマのクラスメイト。少し聞きたいことがあるんだ」


その名前を出した瞬間、葉月の表情が固まる。


「帰って」


「ユウマと別れた理由を――」


最後まで聞かず、葉月は玄関の扉を閉めた。


レンジはしばらく動かない。


扉の向こうに人の気配はある。


しかたなく、レンジは連絡先を書いた手紙を、山岸家のポストへ入れる。



翌週。


いくら待っても葉月から連絡が来ないため、再び山岸家を訪れた。


インターフォンを押すと、今度は葉月が勢いよく玄関から出てくる。


「もう来ないで!迷惑だから!」


前回よりも、はっきりとした怒り。


「少し話を聞きたいだけだよ」


「ユウマのことは、何も話せないの!」


声が大きくなり、家の奥から足音が近づいてくる。


現れたのは、葉月の父親だった。


「おい、どうした?」


葉月は下を向いて何も言わない。


「すみません、ユウマのことを聞きたくて……」


父親の目つきが一瞬で変わる。


その変化を、レンジは見逃さなかった。


「あいつの何が知りたいんだ」


低く、拒絶する声。


「葉月さんとのトラブルのことを聞いたんです」


かまをかけるように口にする。


父親の顔が怒りで赤く染まった。


「あいつ、自分から言いふらしているのか!」


「お父さん、やめて!」


葉月が父親の腕を掴む。


「娘を妊娠させて、中絶までさせておいて、まだ関わろうとしているのか!」


レンジは黙って父親を見つめる。


――中絶


欲しかった情報が、向こうから出てきた。


「すみません。もう帰ります」


深く頭を下げ、その場を離れる。


背後では、葉月が父親を止める声が続いていた。



その夜。


スマホに、知らないアドレスからメッセージが届く。


『ユウマは、今どうしてるの?』


誰からなのかはすぐに分かった。


レンジは画面を見つめ、口元を緩める。


葉月は、まだユウマを忘れていないようだ。


傷つけられた相手を、それでも気にしている。


その未練は、十分に使えそうだった。



翌日。


ユウマが一人でトイレへ入るのを確認し、レンジも後を追う。


手洗い場の前で、ユウマが鏡越しに睨んできた。


「てめえは、ここのトイレ使うんじゃねえよ」


すぐにレンジに絡んできた。


しかしレンジは立ち去らない。


「昨日、葉月に会ってきて、中絶の話聞いたよ」


ユウマの顔が固まった。


次の瞬間、ユウマはレンジの胸ぐらを掴み、拳を振り抜いた。


頬に強い衝撃。


いつもだったらレンジは床に倒れている。


しかし、レンジは倒れずに真っすぐ立っている。


口元から流れた血を指で拭い、ユウマを見ながら笑った。


「なんでお前が葉月と会っってんだよ!」


「そんなこと、どうでもいいだろ」


ユウマの顔に焦りが浮かぶ。


目の前にいるのは、いつもの気弱なレンジではなかった。


「僕、葉月と連絡とれるよ」


そう言ってレンジはスマホの画面を見せる。


そこには、昨夜届いた短いメッセージ。


ユウマの視線が画面へ吸い寄せられる。


「葉月と話したい?」


「ああ、ふざけんな。誰に言ってるんだ」


ユウマは、いつものように脅すように話す。


「僕なら、伝言くらいできるよ」


レンジを突き飛ばし、出口へ向かった。


「生意気な口きくな。マジで殺すからな」


乱暴に扉を閉め、教室へ戻っていく。


ユウマは、ダイチたちへ話すことも考えた。


だが、中絶の件まで知られれば、ダイチに弱みを握られてしまう。


ユウマは黙るしかない。


「どうして葉月がレンジなんかと……」


ユウマは悔しそうにつぶやいた。



翌日。


休み時間に、レンジが後ろからユウマにそっと近づく。


「葉月に、今の女遊びのことを教えてもいい?」


ユウマの表情が変わった。


すぐにレンジの腕を掴み、ダイチたちに気づかれないようトイレへ連れ込む。


「お前、余計なこと言うんじゃねえよ」


レンジは笑う。


「まだ葉月が好きなんだね」


「黙れ、クズ」


「どうして、連絡をとらないの?」


ユウマは壁へ拳を叩きつける。


しばらく黙ったあと、ユウマが低い声で話し始める。


「中絶の金は、葉月の親が全部出した」


「その代わり、もう二度と葉月に近づかないって、親同士で約束させられたんだよ」


「連絡も禁止?」


「当たり前だろ。破ったら、母親まで巻き込むことになる」


それでも、ユウマは葉月を忘れられずにいた。


「もし、お願いきいてくれるなら、伝言くらいはしてあげるよ」


「あ?」


ユウマはレンジを睨みつける。


「ダイチたちのグループから抜けてほしい」


レンジが静かに切り出す。


「中立になってさえくれればいい。それが条件」


ユウマは眉を寄せたまま、返事をしない。


「ユウマだって、実はダイチたちと遊ぶの嫌なんじゃないの?」


「お前が言うんじゃねえよ」


明らかに声が弱くなっていた。


「まあ、無理ならいいけどさ」


レンジはそういって出口に向かう。


「ちょっと待て!」


ユウマが呼び止めた。


ダイチを敵に回す危険。


葉月と再びつながれる可能性。


二つを比べるように、ユウマは長い間黙り込む。


「……分かった。その代わり誰にも言うなよ」


ようやく出た声は、ひどく小さい。


レンジは満足そうに頷いた。


「うん、約束する」


ユウマはまだ知らない。


自分から選んだつもりの答えさえ、レンジに選ばされていたことを。


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