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山岸葉月

数日後。


ダイチたちによるレンジへのいじめは、相変わらず続いていた。


ただ、デブゴンがいなくなったことで、少しだけ形が変わっている。


これまでデブゴンへ押しつけていた汚れ役を、残った三人で分担しなければならない。


放課後。


ダイチがポケットから画鋲の束を取り出し、ユウマへ差し出す。


「おい、次はお前な」


「何これ?」


「レンジの下駄箱に入れてこいよ」


ユウマは画鋲を見下ろし、露骨に嫌そうな顔をした。


ダイチに急かされ、ユウマは仕方なく画鋲を受け取った。


――なんで俺が、こんなくだらないことを。


下駄箱の前で周囲を確認し、レンジの靴へ画鋲を入れていく。


その途中、背後から声をかけられた。


「ユウマくん、何してるの?」


振り返ると、同じ学年の女子が二人立っている。


「いや、ちょっと探し物」


ユウマはすぐに立ち上がり、下駄箱を背中で隠した。


「今日、一緒に帰らない?」


「ああ。悪い、今ちょっと忙しいから。また今度ね」


いつもの笑顔を作り、軽く手を振る。


女子たちは残念そうにしながら、その場を離れていった。


姿が見えなくなると、ユウマの顔から笑みが消える。


こんな場面を見られれば、自分までダイチと同類だと思われる。


それだけは嫌だった。


ユウマがダイチたちと一緒にいるのは、親友だからではない。


ダイチの力があれば、学校で面倒な相手に絡まれずに済む。


ダイチにとっても、女子に人気のあるユウマをそばに置く利点がある。


互いに利用しているだけの関係。


それでも、今さら抜ければ何をされるか分からない。


行き場のない苛立ちは、さらに弱い相手へ向けられた。



旧校舎のトイレ。


床にうずくまるレンジへ、ユウマが何度も足を振り下ろしていた。


「死ねよ! 死ねよ、このクズ!」


脇腹を蹴られ、レンジの体が床を滑る。


それでも抵抗しない。


頭を守るように両腕を上げ、ただ痛みに耐えている。


「お前みたいなゴミ見てると腹が立つんだよ!」


ユウマの蹴りがさらに強くなる。


ダイチは壁にもたれ、手を叩いて笑っていた。


「いいぞ、ユウマ。気合入ってるじゃん」


少し離れた場所では、ショウがスマホを構えている。


「おい、もうやめろ」


ユウマは聞く耳を持たず、さらに背中へ足を振り下ろす。


「お前なんか、生きてる価値ねえんだよ!」


「ユウマ、さすがにやばいって」


ショウが腕を掴み、ようやく引き離した。


ユウマは荒い息を吐きながら、床に転がるバケツへ目を向ける。


中に残っていた水を持ち上げ、レンジの頭から浴びせた。


濡れた前髪が顔に張りつく。


ユウマはその姿を見下ろし、鼻で笑った。


「お前みたいなキモい奴、一生女なんかできねえよ」


そう吐き捨て、トイレを出ていく。


ダイチはその背中を見ながら、満足そうに笑っていた。


レンジだけが床に残り、遠ざかる足音を静かに聞いている。



その夜。


レンジは勉強机の引き出しから、一冊のノートを取り出した。


表紙には、大きく『ユウマ』と書かれている。


ページを開けば、家族構成、交友関係、女子との噂、普段の行動まで細かな文字で埋まっていた。


レンジは女性関係のページで手を止める。


ユウマは現在、特定の彼女を作っていない。


複数の女子と遊び、誰か一人へ本気になる様子も見せない。


だが、一年前までは違った。


長く付き合っていた女子が一人いる。


山岸葉月。


一年ほど前、突然別の学校へ転校。


その頃を境に、ユウマの女遊びが始まっていた。


レンジは葉月の名前を指でなぞる。


「何があったんだろう」



レンジは美幸へ電話をかけた。


数回の呼び出し音のあと、冷たい声が返ってくる。


『……何?』


「山岸葉月って覚えてる?」


『一年前に転校した子でしょ。でも、私はよく知らない』


「たしか女子バスケ部だったよね?」


美幸は小さく息を吐いた。


『レンジくん、もう巻き込まれたくないの』


「そっか。分かったよ」


少しの沈黙。


『……女子バスケ部には、葉月さんと同じ中学だった子が何人かいるよ』


『もう電話してこないで』


一方的に通話が切れた。


美幸は明らかにレンジを避けている。


デブゴンの一件が、美幸にも深く残っているらしい。



翌日。


女子バスケ部の練習が終わる頃、レンジは体育館の裏で二人の部員を待っていた。


片づけを終えた女子たちが、レンジを見つけて顔をしかめる。


「うわ、レンジじゃん」


「何? 話しかけないでくれる?」


「前にいた山岸葉月のこと、聞きたいんだけど」


二人の表情がさらに険しくなる。


「なんでお前が葉月のこと調べてんの?」


「キモいんだけど」


そのまま立ち去ろうとする二人の前で、レンジはポケットから二万円を取り出した。


足が止まる。


二人は金とレンジの顔を交互に見た。


「どこに辺りに住んでるかだけでも教えてほしい」


女子たちは小声で相談を始める。


「どうする?」


「もう葉月と会うこともないからいいんじゃない」


やがて一人が手を伸ばし、現金を受け取った。


「区役所から駅に向かう途中にある白っぽい家。ゴミステーションの近く」


「ありがとう」


「でも、私たちから聞いたって言わないでよ」


二人は金を分けながら歩き出す。


レンジは背中へもう一つ質問を投げた。


「葉月さんが転校した理由、知ってる?」


一人が振り返る。


「知らない。急に学校を変えるって聞いただけ」


「転校してからは?」


「連絡取れなくなった。部活のグループも抜けたし」


それだけ答え、二人は去っていった。


レンジは一人、体育館の裏に残る。


長く付き合っていたユウマと別れ、突然学校まで変えた葉月。


ユウマが複数の女子と遊び始めたのも、その直後。


偶然にしては、時期が重なりすぎている。


「たぶん、相当まずいことがあったんだろうな」


レンジの口元に、薄い笑みが浮かんだ。


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