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さよならデブゴン

翌日から、教室では誰にも気づかれない変化が始まった。


デブゴンは以前と変わらず、ダイチたちと行動している。


休み時間になれば、ダイチに命令された通りレンジをいじめた。


そして、レンジがダイチ達にトイレに連れて行かれると率先して撮影を行う。


他のクラスメイトはもちろん、ダイチたちもその行動に何の疑いをもたなかった。


そもそも、デブゴンが何を考えているのかなど、誰も気にも留めていなかった。


放課後になると、レンジとデブゴンは美幸の家にこっそり集まった。


デブゴンは、その日取った動画を二人に見せる。


「うん、上手く撮れてるありがとう」


レンジが礼を言う。


「うるせーよ!」


「お前のためにやってる訳じゃないんだから、礼なんか言うなよ」


デブゴンがふてぶてしく言った。


デブゴンは部屋を見渡し「安野、、美幸の部屋って可愛いじゃん」


恥ずかしそうに小さな声で言った。


美幸は小さな声で「ありがとう」とだけ返した。


三人は定期的に美幸の家に集まるようになる。



校舎の裏でダイチから羽交い絞めにされているレンジ。


ショウとユウマが煽る。


「デブゴン!思いっきりいけ!」


いつもなら力任せに腹を殴るが、この日は違った。


あからさまに手加減してるのが分かった。


「おい、デブゴン。ちゃんとやれよ」


ダイチに言われると、慌てて笑顔を作った。


「やってるって。こいつすぐ動くんだもん」


「ショウくんやってよ、俺が動画撮るからさ」


「しかたねえな」


そういってショウは立ち上がって構えると、レンジのみぞおちを殴った


ダイチが笑う


「いいの、入ったんじゃね?」


レンジはたまらず、うずくまっている。


それを見てデブゴンを覗く三人はさらに笑った。



美幸の家に集まる三人。


デブゴンは少しレンジのことを気にしていた。数時間前に腹を殴った相手だ。


しかしレンジの口から出たのは意外な言葉だった。


「ケイタ、さっき手加減してくれてありがとう」


「あ、ああ。気にすんなよ」


「それよりショウにやられたのは大丈夫なのか?」


「うん、もう痛くないから」


それを聞いてた美幸がデブゴンを褒める。


「ケイタくんも、無理やりやらされてるんだね」


「まあな」


デブゴンは顔を真っ赤になった。



美幸の家からの帰り道。


レンジとデブゴンは二人で並んで歩いていた。


「この調子なら、すぐに証拠集まるんじゃないか」


「うん、いろいろありがとね」


「あのさ」


「なに?」


「美幸って俺のことどう思ってるかな?」


デブゴンは目を合わせずに聞いた。


「うーん、好きなんじゃないかな」


レンジは答える。


「ちっ。うるせーよ」


デブゴンは照れくさそうに悪態をついた。


「じゃあ、また明日学校で」


レンジがそう言う。


「おい、レンジ!」


レンジが振り返る。


「今まで悪かったな」


そう言いながら手をあげた。


レンジは優しく笑った。


「知ってたよ、本当はいい奴だって」


デブゴンの目が、わずかに潤む。


そんな言葉をかけられたのは、いつ以来だろう。


デブゴンは学校で無理やり、レンジをイジメてるときより


放課後、三人で集まってる方が楽しいと感じていた。



数日後。


デブゴンは集めた動画を一本に編集していた。


ダイチがレンジの机を蹴る場面。


ショウが女子たちへ罵倒をあおる声。


そして、ユウマが笑いながら暴行に加わる姿。


顔を分かりにくく加工し、匿名で投稿できる形に整えた。


今日の放課後、美幸の家で最終確認をする予定。


そのあと美幸の両親に見せ、学校や教育委員会へ送ってもらう。


すべて終われば、美幸はきっと自分を見直してくれる。


最近は、毎日のようにメッセージも届いていた。


『ケイタくん凄いね』


『ケイタくんがいてくれて助かってる』


短い言葉を見るたび、期待が膨らむ。


もう少しで、美幸と付き合えるかもしれない。


デブゴンは、本気でそう思い始めていた。



昼休み。


デブゴンが、弁当箱を開こうとしたところで、教室の空気が変わった。


さっきまで続いていた話し声が、少しずつ小さくなっていく。


顔を上げると、ダイチ、ショウ、ユウマの三人が、まっすぐこちらへ向かっていた。


誰も笑っていない。


その表情を見た瞬間、デブゴンの喉が急に乾いた。


「おい、デブゴン」


ダイチが目の前で立ち止まる。


「ど、どうしたの?ダイチくん」


「スマホ出せ」


「なんで?」


次の瞬間、胸ぐらを掴まれた。


「いいから、出せって言ってんだよ!」


怒鳴り声が教室中に響く。


デブゴンは慌ててポケットを押さえた。


しかし、ショウが後ろから腕を掴み、その隙にダイチがスマホを奪い取る。


「お前、こそこそいじめをチクる計画してるらしいな」


「知らねえよ!」


「嘘つけ」


ダイチは自分のスマホを突きつけた。


画面には、匿名のアカウントから届いたメッセージが表示されている。


『デブゴンがお前らのいじめ動画を集めてる。学校に送るつもりらしい』


「これ、どういうことだよ」


デブゴンの顔から血の気が引く。


「知らないよ。何にもしてないよ」


ダイチは信じようとしない。


デブゴンは教室を見回した。


レンジは席に座り、怯えたように下を向いている。


美幸も視線を落としたまま。


二人とも、こちらを見ようとしない。


「ロック解除しろ」


デブゴンが首をふる。


ダイチの拳がぼってりした腹へ入る。


息が詰まり、デブゴンは床に膝をついた。


ショウはスマホをデブゴンの顔にかざし顔認証で解除させた。


スマホを操作し、すぐに編集済みの動画を見つけた。


「うわ、マジじゃん」


画面を見たダイチの顔が、一気に険しくなる。


「てめえ、俺たち売るつもりだったのか?」


「違う!俺はたのまれて――」


言い終わる前に、腹へ強烈な蹴りが入った。


体が床へ転がる。


「裏切りやがって!」


ダイチはもう一度足を振り上げようとする。


しかし、教室中の視線に気づき、かろうじて止まった。


そのままレンジの席へ向かう。


「お前もグルか?」


レンジは顔を青くし、小さく首を振った。


「違う……僕は何も知らない」


「本当だろうな?」


「うん」


声まで震えている。


学校でいつも見せている、気弱なレンジそのものだった。


ショウが、床にうずくまるデブゴンを見ながら口を開く。


「たぶん、レンジがいなくなったら次は自分が狙われると思ったんじゃねえか。」


「だから、その前に俺たちを売ろうとしたんだろ」


ダイチは苛立たしそうに舌打ちした。


「こいつ、他にも何か隠してんじゃね?」


ユウマがデブゴンの鞄を掴んだ。


逆さにすると、中身が床へ散らばる。


教科書。


筆箱。


菓子の袋。


その中から、小さな布切れが落ちた。


ユウマが拾い上げる。


「おい、これ……女のパンツじゃねえ?」


教室がざわつく。


ユウマは面白がるように両手で広げた。


淡い色の女性用下着。


デブゴンは目を見開く。


「知らない!そんなの俺のじゃない!」


「そりゃ、お前のだったらもっと怖えよ」


ショウが笑う。


そのとき、美幸が顔を上げた。


下着を見た瞬間、表情が凍りつく。


「いや!!それ……私の」


叫ぶような声。


教室のざわめきが一段と大きくなった。


美幸が涙目で震えている。


デブゴンは必死に首を振った。


「違う!俺じゃないよ!」


「おいおい、下着泥棒かよ」


ダイチが下着を奪い取り、デブゴンの頭へかぶせる。


「こいつ、とんでもねえ変態だぞ!」


教室中に笑い声が広がった。


デブゴンは頭から下着を払い落とす。


「違うって言ってんだろ!」


誰も信じない。


教室中の視線が、一斉にデブゴンへ集まる。


疑う目。


面白がる目。


露骨に嫌悪する目。


少し前まで一緒に笑っていた生徒たちまで、まるで心の底から軽蔑していたかのような顔をしている。


何を言っても、もう届かない。


そんな感覚だけが、胸の奥へ重く沈んでいく。


ユウマが下着を拾って美幸の机の上に投げる。


美幸はすぐさまそれをカバンにしまい。両手で顔を覆い、泣き始めた。


「最低……」


その一言が、何より深く刺さった。


ダイチは床にうずくまるデブゴンを見下ろす。


「明日から、お前こっち側じゃねえからな」


ショウとユウマも冷たい目を向けたまま、ダイチのあとへ続いた。


美幸へ視線を向けた。


「信じてよ。俺はそんなことしてない」


美幸は泣いたまま、教室を飛び出していった。


デブゴンはレンジを見る。


「おい……お前のせいだぞ」


レンジは怯えたように目を逸らし教室を出て行った。


教室には、デブゴンと散らばった鞄の中身だけが残された。



翌日。


デブゴンの席は空いていた。


次の日も、その次の日も。


誰も彼の名前を口にしない。


まるで最初から、そんな生徒はいなかったかのように。


翌朝、誰よりも早く教室へ入ったレンジは、デブゴンの机に小さな花瓶を置いた。


そして、誰もいない教室で、うっとりするように微笑んだ。

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