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さよならダイチ

体育館では、演劇部の公演が行われていた。


舞台には照明が当たり、役者たちが声を張り上げている。


観客席は、生徒や教師だけでなく、保護者や地域の住民で埋まっていた。


レンジと柚希は中央付近の空席へ座る。


人の波へ紛れるように、並んで舞台を見つめた。


少し遅れて、ダイチとショウも入口から入ってくる。


ダイチはすぐに二人を発見した。


「いたぞ」


客席へ向かおうとする腕を、ショウが慌てて掴む。


「今はまずい」


「離せよ」


「一般客も校長もいるんだぞ。ここで暴れたら本当に終わる」


ダイチは歯を食いしばった。


それでもショウの言葉に従い、体育館の端へ立つ。


舞台上では物語が進んでいく。


観客が笑い、時折拍手が起こる。


しかしダイチには、演劇の内容など一つも頭に入ってこなかった。


隣り合って座るレンジと柚希。


肩が触れ合い、時々顔を寄せて話している。


その姿を見るたび、怒りが膨らんでいく。


やがて演目が終わった。


役者たちが一列に並び、深く頭を下げる。


体育館中から大きな拍手が響いた。


その中で、レンジはゆっくりとダイチへ顔を向けた。


目が合う。


レンジは当てつけるかのようにニヤニヤと笑っていた。


「おい、やめろ」


ショウがダイチの肩を掴む。


次の瞬間。


レンジが柚希の耳元へ何かを囁いた。


柚希は一度だけダイチの方を見た。


そして、レンジの方へ顔を近づける。


ダイチが見ている目の前で、二人はキスをした。


「てめえええ!」


ダイチがショウの手を振り払う。


立ち上がった観客を押しのけ、客席の中央へ突き進んだ。


「どけ!」


「何、この人!」


「危ない!」


悲鳴と怒号が広がる。


ダイチはレンジの胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。


その瞬間。


レンジがタイミングをあわせて勢いよく立ち上がる。


額がダイチの鼻へ激突した。


鈍い音。


ダイチは鼻を押さえながら、後ろへ倒れ込む。


指の隙間から血が流れ出した。


「てめえ……ぶち殺してやる!!」


怒鳴り声が体育館中に響く。


再び飛びかかろうとしたが、教師と男子生徒たちが一斉に押さえ込んだ。


「落ち着け!」


「離せ! 殴らせろ!!」


ダイチは我を忘れて暴れ続ける。


レンジは柚希の手を取り、一歩前へ出た。


そして血を流すダイチを見つめ、明るい笑顔を浮かべる。


「ダイチ、ごめん。柚希、もう俺の女なんだ」


周りの視線が、一斉に柚希へ向けられた。


柚希は怯えたようにレンジへ身を寄せる。


ダイチは柚希を見て、声を張り上げた。


「柚希。騙されるな!」


「こいつはいじめられっ子なんだよ!」


「こいつは毎日、俺たちにいじめられてたクズなんだよ!」


ショウの顔から血の気が引いた。


ダイチは怒りで、自分が何を口にしているのか分かっていない。


レンジは舞台近くに座っていた校長へ顔を向けた。


「校長先生。今の、聞きましたよね?」


校長の表情が一変する。


教師たちの顔にも緊張が走った。


これだけ多くの生徒や保護者の前で、自分からいじめをばらしている。


「すぐに彼を外へ連れ出しなさい!」


教師たちがダイチの両脇を抱える。


「違う! 今のは――」


「黙りなさい!」


ダイチは必死に抵抗しながら、体育館の出口へ運ばれていく。


ショウも目立たないように、その後ろへ続こうとした。


「ショウ」


レンジが呼ぶ声で足が止まった。


冷たい目で、まっすぐ見つめている。


「お前は、どっち側なんだ?」


ショウの喉が鳴った。


両脇を抱えられたダイチも振り返る。


「ショウ、早く助けろよ!」


ショウは動けない。


ダイチの顔を見る。


かつて教室の中心にいた男。


誰も逆らえず、声を上げれば全員が従った。


今は鼻血を流し、泣きそうな顔でショウへ助けを求めている。


ショウはレンジの方へ、一歩踏み出した。


「ショウ!」


ダイチが叫ぶ。


「お前まで裏切るのかよ!」


ショウは足を止め、振り返った。


「もう、お前なんかと一緒にいたくない。全部お前のせいだ」


「なっ」


ダイチの目に涙が浮かぶ。


「なんでだよ!俺を一人にするなよ!」


教師の腕を振りほどき、ショウへ向かおうとした。


しかし、足元がもつれる。


近くに立っていた一般客と激しくぶつかった。


相手に押し返され、ダイチは反射的に拳を振るう。


腕が一般客の顔へ当たり、その客は他の客を巻き込んで倒れた。


悲鳴が上がる。


「大丈夫ですか!」


「救急車!」


「警察も呼んで!」


体育館は再び騒然となった。


教師たちがダイチを床へ押さえつける。


ダイチはもう暴れなかった。


自分が倒してしまった相手を見つめ、ただ震えている。


怒鳴り声も、威嚇する態度も消えていた。


その場に伏せさせられて、子どものように涙を流している。


少し離れた場所で、レンジはその姿を静かに眺めていた。



文化祭から数日後。


担任が重い表情で教室へ入ってきた。


生徒たちは、何が伝えられるのかすでに分かっている。


教室内から話し声が消えた。


担任は教卓の前に立ち、ゆっくりと口を開く。


「ダイチは、本日付で退学することになった」


小さなどよめきが広がった。


驚く者。


当然だという顔をする者。


何も言わず、机へ目を落とす者。


そして皆が自然と一人の生徒を見た。


窓際に座るレンジ。


ほんの少し前まで、誰からも口をきいてもらえず、


一人でいじめに耐えていた男。


それが、クラスを支配していた四人を、たった一人で消してしまった。


デブゴン。


ユウマ。


ショウ。


そして、ダイチ。


レンジは皆の視線に気づき、不思議そうに目を丸くした。


やがて、にっこりと笑う。


クラスメイトたちも、つられるように笑顔になった。


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