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文化祭

文化祭当日。


校舎の正門には色とりどりのアーチが設置され、朝から多くの生徒や一般客が行き交っていた。


廊下には模擬店の看板が並び、焼きそばやクレープの甘い匂いが混ざり合っている。


教室からは呼び込みの声が響き、普段の学校とはまるで別の場所のように賑わっていた。


レンジたちのクラスは、教室を使ってタピオカドリンクの店を開いている。


入口には手作りの看板。


窓には色紙で作った飾りが貼られ、教室の奥では生徒たちが慌ただしく動き回っていた。


「レンジ、黒糖ミルク二つ!」


「分かった。こっちは僕が作るよ」


「ストロー足りない!」


「机の下の段ボールに入ってる」


レンジは注文を受けながら、周囲へ的確に指示を出していく。


気づけば、店の中心にいるのはレンジだった。


以前なら、教室の隅で俯いていた少年。


何を言われても逆らわず、クラスメイトから目を逸らされていた存在。


今では誰もが当たり前のようにレンジを頼り、名前を呼んでいる。


「海斗、次のお客さんお願い」


「う、うん」


エプロンをつけた海斗が、緊張した顔で商品を受け取る。


「ありがとうございました」


声はまだ小さい。


客へ商品を渡し、少し照れたように笑う海斗を見て、レンジも満足そうに頷いた。


教室には笑い声が絶えない。


誰もダイチの名前を口にしなかった。


まるで最初から、そんな生徒はいなかったかのように。



その頃。


ダイチは、ショウの住むマンションを訪れていた。


呼び鈴を鳴らすと、ショウの母親が気まずそうな顔で玄関を開ける。


「ショウくん、いる?」


「いるけど、まだ学校には……」


「ちょっと話したいんです」


母親は少し迷ったあと、ダイチを中へ通した。


ショウの部屋。


鼻の固定具はすでに外れている。


腫れも引き、見た目だけなら以前とほとんど変わらない。


しかし、ショウはベッドに座ったまま、学校へ戻ろうとはしていなかった。


レンジと顔を合わせるのが怖い。


「なあ、ショウ」


ダイチはベッドの前に立った。


「いい加減、学校来てくれよ」


「文化祭なんか行ってどうすんだよ」


「レンジのクズが、最近調子乗ってんだよ」


その名前を聞いた瞬間、ショウの表情が変わった。


無意識に鼻へ手を伸ばす。


骨折したときの痛みが、再び蘇ったようだった。


「ダイチ。もうレンジには関わらない方がいい」


「は?」


「関わらない方がいいんだって」


「なんでだよ」


ショウは答えられない。


レンジに一発で鼻を折られたこと。


自宅で痛めつけられ、土下座までさせられたこと。


動画や写真を奪われ、完全に弱みを握られていること。


そんな話を、とてもじゃないがダイチに出来なかった。


「とにかく、一緒に学校来てくれよ」


ダイチの声が弱くなる。


「もう一人は嫌なんだよ」


ショウは顔を上げた。


以前のダイチなら、そんなことは絶対に口にしなかった。


周囲に人がいるのが当然。


誰かが自分に従うのも当然。


それがすべて消えた今、ダイチはただの孤独な高校生になっている。


ショウは長く息を吐いた。


「文化祭を見るだけだからな」


「分かってるって」


ダイチの顔に、久しぶりの笑みが浮かんだ。


二人は並んで学校へ向かった。



「おーい、レンジ!」


聞き慣れた明るい声に、レンジが振り返る。


教室の入口で、柚希が大きく手を振っていた。


「来てくれたんだ」


「約束したじゃん。ちゃんと案内してよ」


レンジは嬉しそうに笑い、海斗へ声をかけた。


「少し抜けても大丈夫?」


海斗は頷く。


「うん。こっちは任せて」


「ありがとう」


レンジはエプロンを外し、柚希の隣へ並んだ。


柚希は自然にレンジの腕へ手を回す。


二人は人で賑わう廊下へ出ていった。


――数分後


教室の後ろの扉から、ダイチとショウが入ってくる。


海斗は二人の姿を見た瞬間、手に持っていたカップを落としそうになった。


体が強張り、顔から笑みが消える。


「おい」


ダイチが店内を見回した。


「レンジはどこだよ」


海斗はすぐには答えられない。


それでも、周囲の生徒たちがこちらを見ていることに気づき、なんとか声を絞り出した。


「私服の女の子と……どこかへ行った」


「女?」


ダイチが眉を寄せる。


ショウは背後で黙ったまま、嫌な予感を覚えていた。


ダイチは舌打ちし、教室を出る。


「探すぞ」


「もう放っておけって」


「いいから来い」


ショウは帰りたかった。


見つけるな、そう思いながら仕方なく後を追った。



ダイチとショウは校内を歩き回った。


二階の模擬店。


中庭のステージ。


廊下に並ぶ展示。


どこを探しても、レンジの姿はない。


やがて三階にある写真部の展示教室へ入る。


壁一面に風景写真や人物写真が飾られ、一般客がゆっくりと作品を眺めていた。


ダイチが辺りを見回したとき、窓際にいる二人が目に入る。


レンジの腕へ、自分の腕を絡ませている少女。


ショウが目を細めた。


「おい……あれ、柚希じゃないか?」


ダイチの顔が一気に赤く染まる。


「柚希!」


突然の怒鳴り声に、教室中の視線が集まった。


「なんで、そんな奴と一緒にいるんだよ!」


柚希は驚き、レンジの腕を強く掴む。


「やば。ダイチだ」


「とりあえず、体育館へ逃げよう」


レンジは焦る様子を見せない。


むしろ、最初からそのつもりだったように柚希の手を取った。


二人は反対側の扉から教室を出る。


「待てよ!」


ダイチが客を押しのけながら追いかける。


「なんでレンジが柚希と……」


怒りで呼吸が荒くなっている。


ショウはその背中を追いながら、レンジの意図に気づき始めた。


あいつは逃げているんじゃない。


人の多い場所へ、ダイチを誘導している。


「ダイチ、待て!」


ショウが呼び止めても、ダイチは振り返らない。


廊下の先では、レンジが一度だけこちらを振り返った。


その顔は鬼ごっこから逃げる子どものように笑っていた。


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