レンジの日常
この半年で、レンジは学校で話す相手を失っていた。
クラスメートはもちろん、他のクラスの生徒も同じ。
廊下ですれ違っても目を逸らされ、声をかけても聞こえないふりをされる。
おそらく、学校のグループチャットでレンジを無視するよう、ダイチが指示を出しているのだろう。
今では、最も会話を交わす相手がいじめっ子グループという有様だった。
朝、レンジが教室へ入ると、自分の机と椅子が消えていた。
珍しいことではない。
「おはよう、レンジくん」
ダイチが笑いながら手を上げる。
その周りでは、ショウたちもニヤニヤしていた。
レンジは辺りを見回すが、クラスメイトは見ないふりをする。
ホームルームがはじまり担任の男性教師が入ってくる。
「先生。僕の机と椅子がありません」
担任は書類から顔を上げ、大きなため息をついた。
「またか。誰がやったか知らないのか?」
「知りません」
担任は教室へ来ると、生徒たちを見回した。
「レンジの机を知らないか?」
誰も答えない。
しばらくして、ショウが手を上げた。
「朝、焼却炉の近くで見ましたよ」
「そうか」
担任はレンジへ顔を向ける。
「じゃあ、取ってきなさい。授業が始まるから急げよ」
「……はい」
焼却炉までは校舎の裏を回らなければならない。
机と椅子を抱えて戻る頃には、一限目が始まっていた。
「遅刻だぞ」
一限目の教師はそれだけ言い、黒板へ向き直った。
◇
体育の時間。
レンジがロッカーを開けると、体操着には油性ペンで落書きがされていた。
背中に大きく『うんこ』。
胸元には、歪んだ顔と意味の分からない悪口。
ダイチたちの仕業に決まっている。
着替えなければ、今度は授業をさぼったと言われる。
レンジは黙って袖を通した。
体育館へ入った瞬間、笑い声が広がる。
「似合ってるぞ、レンジ」
ダイチが腹を抱えた。
女子たちも口元を隠しながら笑っている。
そこへ、高齢の体育教師が近づいてきた。
「おい、お前。なんだ、その格好は」
「落書きされていました」
「されましたじゃないだろう」
「でも…」
教師は呆れたように眉をひそめた。
「自分の物くらい、きちんと管理しなさい。物を大切にできない人間は、何をやっても駄目だぞ」
レンジは高齢の教師の顔を見つめた。
誰が見ても、本人が書いたものではない。
それでも教師は、面倒事をレンジの管理不足で片づけようとしていた。
レンジは力ない声で返事をした。
「はい…すみません」
説教が終わった頃には、準備運動がほとんど終わっている。
その日の体育は強制的に見学にさせられた。
◇
昼休み。
「レンジ、パン買ってこい。ダッシュな」
ダイチたちが、欲しいパンや飲み物を次々に口にする。
「お金は?」
「後でわたすよ」
「さっさと行けよ。売り切れてたら殺すよ?」
「……わかった」
ショウたちが笑う。
レンジは財布を持ち、教室を出た。
戻ってきた頃には、昼休みが半分ほど過ぎている。
パンを渡しても、誰も代金を払おうとはしなかった。
レンジは自分の席へ戻り、鞄から弁当箱を取り出す。
蓋を開けた瞬間、デブゴンがわざと机にぶつかってきた。
弁当箱が机から落ちる。
ご飯とおかずが、床に散らばった。
「悪い。足が当たった」
ダイチたちが笑う。
デブゴンはダイチ達の席にもどりハイタッチをしている。
レンジはしゃがみ込み、床に落ちたおかずを拾い始めた。
「うわ、汚い」
近くにいた女子が小さく呟く。
「まじで、いじめられてる奴きもいんだけど」
別の女子が露骨に嫌な顔をする。
レンジは何も答えない。
床に散らばったご飯を、一粒ずつ弁当箱へ戻していく。
教室には、楽しそうな笑い声が響いていた。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
レンジは弁当箱の蓋を閉じ、窓の外へ目を向ける。
その口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
隣の席の女子生徒は、気味悪そうにレンジから目を逸らした。




