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ターゲット

「ごめんね、別れたいの」


電話越しに、彼女の柚希(ゆずき)が言った。


「は? お前、何つまらない冗談いってんだよ」


ダイチはベッドに寝転んだまま、意味が分からず眉をひそめた。


柚希は小さな声で答える。


「冗談じゃなくて。……他に好きな人ができたの」


ダイチは勢いよく起き上がった。


「誰だよ!そいつ!」


「言いたくない。マジでごめんね」


「あ!?俺の知ってる奴かよ?」


「知らない人」


柚希のまともに答える気のない感じがが、何より腹立たしかった。


「おい。そいつ連れて来いよ!」


「ごめん、もう無理だから」


一方的に電話が切れた。


ダイチは通話終了の画面を睨み、スマホをベッドへ叩きつけた。


[ 都内の某高等学校 ]


翌朝。


ダイチは始業時間ぎりぎりに教室へ入った。


明らかに機嫌が悪く、鞄を乱暴に机へ置く。


「どうしたんだよ」


金髪頭のショウが声をかけた。


その隣にいたケイタとユウマも、ダイチの席へ近づいてくる。


「柚希に振られた」


「マジで?」


「他に好きな男ができたんだと」


「誰?」


「知らねえよ!」


ダイチは椅子を蹴るようにして立ち上がった。


じっとしていると、昨夜の柚希の声が何度も頭に浮かんでくる。


「あー、むかつく!」


ダイチが無意味に吠える。


教室の端では、レンジが一人で本を読んでいた。


ダイチは迷わず、その席へ向かった。


そして、いきなりレンジの机を思いきり蹴り飛ばした。


大きな音が教室に響く。


机が体にぶつかり、レンジは椅子ごと床へ倒れた。


周りの生徒たちが一斉に振り向く。


だが、誰も動かなかった。


目を逸らし、何も見なかったふりをする。


レンジは黙って起き上がった。


倒れた椅子を戻し、机を元の位置へ直す。


床に落ちた本も、何も言わずに拾った。


「レンジ、なんか文句あるのかよ」


ダイチがレンジの髪を掴んで、睨みつける。


レンジは苦痛の表情でその手を抑える。


「別に……ないよ」


小さな声でそれだけ言う。


ダイチは、笑いながら自分の席へ座った。



レンジがダイチからいじめを受けるようになったのは、高校2年生になった半年前からだった。


きっかけは、ダイチたちがクラスの男子生徒をいじめていたことを、担任に伝えた。


しかし、その話はなぜか本人たちに漏れた。


それ以来、男子生徒は登校拒否となり、代わりにレンジが新しいターゲットになった。


ダイチたちは、問題にならないように少しずつやり方を変えている。


教師もクラスメートも、いじめがあることは知っていた。


それでも、誰も助けようとはしなかった。


ダイチを中心に、ショウ、ケイタ(通称:デブゴン)、ユウマの四人がつるんでいる。


主犯はパワー系のダイチ。

金髪頭のショウは悪知恵を出す。

元いじめられっ子のデブゴンはパシリ。

イケメンのユウマは少し離れた場所から笑って眺めていた。


四人は性格も立場も違う。


それでも、レンジにとっては全員同じだった。



午後の社会科の授業。


レンジが教科書を開くと、ページは悪口や落書きで埋め尽くされていた。


本文はほとんど読めない。


「少し見せてもらってもいい?」


隣の女子生徒に声をかける。


しかし、彼女は黒板を見たまま、目も合わせなかった。


以前は普通に話していた相手だ。


レンジは黙って教科書へ視線を戻す。


やがて男性教師が通路を歩き、レンジの横で足を止めた。


落書きだらけの教科書に目を向ける。


それでも何も言わず、そのまま通り過ぎていった。


レンジは、冷めた目で教師の背中を見送った。


いつもの事だった。



放課後。


レンジが鞄を持って教室を出ようとすると、後ろからデブゴンに呼び止められた。


ケイタは太った体格から、ダイチ達からデブゴンと呼ばれている。


「レンジ。ちょっと来いよ」


「用事があるから」


「来なかったら、明日はもっとやばいぞ」


デブゴンは周囲を気にしながら、小さな声で脅してくる。


レンジは少し考えたあと、黙って後をついていった。


連れてこられたのは、校舎裏の人気がない場所。


そこではダイチとショウが待っていた。


少し離れた場所には、見張り役のユウマもいてヘラヘラ笑っている。


「金持ってるだろ」


ダイチが手を差し出した。


「持ってない」


「財布見せろよ」


レンジが首をふる。


ダイチの表情が変わった。


次の瞬間、背後へ回り込み、レンジの両腕を押さえつける。


「デブゴン。こいつに思い知らせてやれ」


「えっ、おれがやるの?」


デブゴンはわざとおどけたように言う。


「聞こえなかったのか?」


ダイチが低い声を出す。


デブゴンは迷いながら、レンジの前に立った。


「早くしろよ」


ショウは笑いながらスマホを構えていた。


デブゴンは目をつぶり、拳を振り抜く。


鈍い音が響いた。


レンジの体が大きく揺れる。


「おお、やるじゃん」


ショウが笑った。


「もう一発いけよ」


「おい、誰か来たぞ」


離れた場所にいたユウマが声を上げる。


ダイチはすぐにレンジを突き放した。


「余計なこと言うなよ」


四人は笑いながら、その場を離れていく。


レンジは地面に手をついたまま、しばらく動かなかった。


「大丈夫?」


声をかけたのは、若い女性教師だった。


教師はレンジのそばにしゃがみ込む。


「何があったの?」


レンジはゆっくり立ち上がり、制服についた土を払う。


「遊んでいただけです」


「でも……」


「失礼します」


それ以上は話さず、レンジは鞄を持って歩き出した。


女性教師は何も言えないまま、その背中を心配そうに見つめていた。



夜。


駅前に、私服姿のレンジが立っていた。


帽子を深くかぶり、人目を避けるように周囲を見ている。


やがて、一人の少女が駆け寄ってきた。


「レンジ!」


「おっす、柚希」


レンジの頬に残る傷を見て、すぐに表情を曇らせる。


「その傷、どうしたの?」


「ちょっとぶつけただけ」


レンジは笑ってごまかした。


二人は駅から少し離れた公園へ向かった。


ベンチに並んで座っていると、柚希のスマホが鳴る。


画面を見た途端、困ったように眉を下げた。


「やだ、ダイチからだ」


「まだかかってくるんだ」


「うん。ごめんね、別れたいって伝えたんだけど」


レンジの口元が緩む。


「可哀そうだから、出てあげたら?」


柚希は迷ったあと、通話ボタンを押した。


『柚希、今どこにいるんだよ』


スマホから、ダイチの声が聞こえてくる。


そのとき、レンジはそっと柚希の肩を抱き寄せた。


驚いた柚希と目が合う。


レンジが静かに顔を近づけると、柚希は少し戸惑う。


それでも、逃げようとはしなかった。


二人の唇が、短く重なる。


スマホの向こうでは、ダイチが何度も柚希の名前を呼んでいた。


柚希はレンジを見つめ、今度は自分から顔を近づけた。


怒鳴り声がまだ聞こえている。


レンジはその声を聞きながら、ゆっくりと目を細めた。


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