孤立
昼休み。
ダイチは自分の席から、教室の隅にいるレンジへ声を飛ばした。
「おい、レンジ。ちょっと来い」
以前なら、呼ばれた瞬間に慌てて駆け寄っていた。
しかし、その日のレンジは違う。
ゆっくりと立ち上がり、机の間を歩いてくる。
「遅えんだよ!」
ダイチが怒鳴っても、足取りは変わらない。
目の前まで来たレンジは、無言のままダイチを見下ろした。
「何だよ、その目」
返事はない。
ダイチは苛立ちながら、怒鳴りつける。
「購買で焼きそばパンとカレーパン。それとジュース買ってこい」
「ダッシュな!10分以内じゃなきゃお前のおごりで」
「分かった」
レンジはそれだけ言い、教室を出ていく。
だが、昼休みが終わっても戻ってこなかった。
五時間目の授業が始まり、教師が黒板へ文字を書き始めた頃。
ようやく後ろの扉が開く。
レンジは何食わぬ顔で教室へ入り、ダイチの机へ紙袋を置いた。
「お待たせ」
「おせえよ!」
ダイチが袋を開く。
中に入っていたパンは、袋の上から何度も握り潰したように変形していた。
紙パックのジュースも、ストローが刺され、中身も半分ほど飲まれている。
「てめえ、何だよこれ!」
椅子を蹴り、ダイチが立ち上がった。
教室中の視線が集まる。
「お金払ってよ」
「ふざけてんのか!」
ダイチが胸ぐらを掴んでも、レンジは微動だにしない。
教師が慌てて止めに入る。
レンジは、以前のように怯えた顔も見せなかった。
ただ静かに、ダイチの目を見返している。
その視線に、ダイチの手がわずかに緩んだ。
「離してくれる?」
低くも強くもない、普段と変わらない声。
それなのに、ダイチは反射的に手を放していた。
クラスメイトたちも、その微妙な変化に気づいている。
レンジがダイチに逆らおうとしている。
教室には、何とも言えない空気が流れた。
◇
デブゴンが消え、ユウマが退学し、ショウも学校へ来ない。
一人になったダイチは、新しい仲間を探し始めた。
最初は、いつもの乱暴な態度を隠していた。
「今度、一緒に飯食おうぜ」
「お前、ゲーム何やってんの?」
「何かあったら俺に言えよ。守ってやるから」
クラスで目ぼしい男子へ声をかけ、少しずつ自分の周りへ集めていく。
誘われた側も、ダイチを敵に回したくない。
笑顔を作り、言われるまま昼休みを一緒に過ごした。
数日後。
ダイチは、その中の一人へ顎をしゃくった。
「レンジのやつ、後ろから蹴飛ばしてこいよ」
男子生徒の顔が引きつる。
「えっ……俺が?」
「大丈夫だって、あんなヘタレ何もできないから」
断れば、次は自分が標的になる。
男子生徒は仕方なく後ろからレンジに近づく。
男子生徒は目をつむり、レンジの背中へ蹴りを入れた。
レンジはつんのめり、その場に転んだ。
そして後ろを振り返った。
男子生徒と目が合う。
しかしレンジは何も言わず男子生徒を見つめた。
男子生徒がダイチのもとに戻るとハイタッチで迎えられた。
「な?あいつ何もやり返してこないだろ」
そう言ってダイチが笑う。
周りにいた男子たちも、合わせるように笑った。
◇
レンジは、取り巻きたちがダイチと離れたところを狙って声をかけた。
「なあ、本気でダイチの仲間になるつもり?」
レンジは静かに尋ねる。
責めるような口調ではない。
それでも、逃げ場を塞がれたような圧迫感があった。
取り巻きたちは目を逸らす。
「俺だって、やりたいわけじゃない」
「じゃあ、どうして?」
「断ったら、次は俺がやられるかもしれないだろ」
ほかの男子たちも同じだった。
ダイチが怖い。
逆らって、次の標的になりたくない。
それだけだった。
レンジはスマホを取り出した。
「見てほしいものがあるんだけど」
画面の中では、ショウが床へ額をつけている。
『今までいじめて、本当にすみませんでした』
鼻に固定具をつけ、涙を浮かべながら土下座をしている。
男子生徒の顔色が変わる。
「これ……ショウ?」
「うん」
「ダイチたちは、もう終わりだよ」
男子生徒は青ざめた。
「今さら仲間になったら、君たちも同じだと思われるよ」
その言葉が、男子生徒の胸へ深く刺さる。
ダイチに従う方が安全だと思っていた。
だが、沈みかけた船はダイチたちの方だった。
「よく考えてみて」
レンジはそう言って去っていった。
◇
翌日から、ダイチの誘いに従わない生徒が増え始めた。
「おい! 旧校舎の方へ遊びにいこうぜ」
「ごめん、用事があるから」
「俺も無理」
何度誘っても、昼休みには別の友人と教室を出ていく。
ダイチが何を言っても、誰も笑わない。誰も従わない。
以前なら、その声だけで教室の空気を支配できた。
今は違う。
声を荒らげるほど、周囲の生徒が冷めた目を向けてくる。
放課後。
ダイチは一人で席に座っていた。
かつて周りを囲んでいた三人の机は空いている。
新しく集めたはずの生徒たちも、誰一人残っていなかった。
少し離れた場所で、レンジがクラスメイトと話している。
笑い声まで聞こえてきた。
ダイチは机を強く蹴る。
「何で勝手にレンジと口聞いてんだよ……」
誰も振り返らない。
教室の中心にいたはずのダイチは、いつの間にか誰からも相手にされなくなっていた。




