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レンジの過去

ショウの部屋。


理央が出て行ったあとも、ショウはベッドの上で動けずにいた。


レンジのやつ、いったい何者なんだ。


学校では俯き、何をされても抵抗しない。


殴られれば倒れ、命令されれば従う。


ずっと、そういう人間だと思っていた。


だが、実際は違う。


ショウの鼻を一発で折り、脅しの材料まで用意していた。


デブゴンとユウマが学校から消えたのも、あいつが仕組んだのではないか。


このままでは、自分もダイチも潰される。


その前に、レンジの正体を暴かなければならない。


ショウは必死に記憶を探った。


クラスに、レンジと同じ中学出身の生徒はいなかったはず。


「いや……待てよ」


一人だけ思い当たる。


半年前まで、同じ教室にいた男子生徒。


「ちょっと出かけてくる」


上着を羽織り、部屋を出た。


「ショウ、まだ安静にしてなさい!」


母親の声を無視し、そのまま玄関を飛び出す。



ショウが訪れたのは、住宅街にある一軒家。


半年前、レンジがいじめから助けようとした生徒の家だった。


インターフォンを押すと、女性の声が返ってくる。


『はい』


「海斗くんのクラスメイトです。少し話したくて」


しばらくして、警戒した様子の母親が玄関を開けた。


「海斗を呼んできます。ここで待っていてください」


十分ほど経ち、扉がゆっくり開く。


現れたのは、小柄な少年。


海斗はショウを見た瞬間、肩を強張らせた。


「あ、あの……僕、もう学校には行かないから」


声が震えている。


ショウは気まずそうに頭をかいた。


「今日は、いじめに来たんじゃない」


海斗は疑うような目を向けたまま、黙っている。


「レンジのことを教えてほしい」


その名前を聞き、海斗の表情がわずかに変わった。


しばらく迷ったあと、小さく扉を開く。


「……入って」



海斗の部屋。


机の上には、学校から届けられたプリントが積まれていた。


ショウが座ると、海斗の母親がお茶を運んでくる。


「ありがとうございます」


頭を下げるショウを見て、母親は驚いたような顔をした。


二人きりになると、海斗が遠慮がちに尋ねる。


「レンジくんの、何が知りたいの?」


「あいつさ……いったい何者なんだ?」


「何者って?」


「ずっと、お前の代わりに俺らからいじめられてたんだよ」


海斗は下を向いた。


「でも今は逆だ。デブゴンもユウマも学校から消えた。俺も怪我をさせられた」


ショウは鼻の固定具へ触れる。


「レンジのやつ、わざといじめられてたんじゃないかと思ってる」


部屋に沈黙が落ちた。


やがて、迷うように顔を上げた。


「か、関係あるか分からないけど……」


「レンジくんは、中学のとき剣道部だったんだ」


海斗は、膝の上で手を握ったまま話し始めた。



その中学校の剣道部は、県大会でも上位に入る強豪だった。


部員数も多く、顧問は厳しいことで知られている。


だが、厳しいのは稽古だけではなかった。


上級生が下級生を鍛える。


そんな名目で、暴力や嫌がらせが当たり前のように行われていた。


防具をつけないで打ち合いをさせる。


何キロも防具をつけたまま走らされる。


少しでも逆らえば、背中や太ももを竹刀で思いっきり叩く。


気が弱そうで、大人しく見えたレンジは格好の標的になった。


入部して間もない頃から、毎日のように上級生に呼び出されていたという。


それでもレンジは休まなかった。


何をされても黙って道場へ現れ、言われたとおりに頭を下げていた。


上級生たちは、完全に逆らえない奴だと思っていた。


ある日の放課後。


道場から大きな悲鳴が響いた。


部員たちが駆けつけると、上級生の男子が腕を押さえて床にうずくまっている。


その前には、木刀を握ったレンジが立っていた。


「おい、やめろ!」


上級生が取り押さえようと近づく。


レンジは何も答えず、木刀を横へ振り抜いた。


防具をつけていても、木刀と竹刀では衝撃がまるで違う。


胴を打たれた部員が倒れ、別の上級生はみな後ずさりをする。


それでもレンジは止まらない。


近づく者へ向けて、なんの迷いもなく木刀を何度も振り回した。


顔には怒りも焦りもなかった。


ただ無表情のまま、相手が逃げるまで木刀を振り回し続けた。


最後は、駆けつけた顧問が背後から抱きつき、数人がかりでようやく木刀を取り上げた。


当然、大問題になった。


レンジは生活指導の教師や保護者の前へ呼び出される。


そこで初めて制服を脱ぎ、腕や背中に残った傷を見せた。


赤黒い痣。


竹刀で叩かれた跡。


何本ものみみず腫れ。


日常的ないじめがあったことは、誰の目にも明らかだった。


だが、学校は剣道部を守ろうとした。


強豪部で暴力事件が起きたと知られれば、顧問も学校も責任を問われる。


結局、事件は部員同士の喧嘩として処理された。


上級生にも軽い指導が入り、レンジにも反省文が課された。


それで無理やり終わりにされた。


「昔から切れると、何をするかわからない危ないやつってことか?」


ショウが口をはさむ。


海斗は黙って首を振る。


「でも、怖いのはそのあとなんだ」


レンジは剣道部を辞めなかった。


翌日も、何事もなかったように道場へ現れた。


顧問が何度も退部を勧めても、レンジは首を縦に振らない。


「どうして僕だけ辞めるんですか?」


そう聞き返し、道場に居座り続けた。


部員たちは、次第にレンジを避けるようになった。


上級生は一人、また一人と退部していく。


三年生が引退する頃には、剣道部に残っている者は半分以下になっていた。


そしてレンジは、自ら部長へ立候補した。


反対する者はいなかった。


部長になってから、道場での稽古はほとんど行われなくなる。


レンジは美化活動と称し、毎日部員たちに校内清掃をさせた。


学校のまわりのゴミ拾い。


トイレ掃除。


倉庫の整理。


竹刀を握る時間より、(ほうき)を持つ時間の方が長い。


全く稽古をさせてもらえない、剣道部は急速に弱くなった。


それまで県大会で上位だったチームが、公式戦ではすべて一回戦か二回戦で負け。


顧問が稽古を命じても、レンジは美化活動を優先した。


「きれいにすることは、大事な事ですから」


そして試合に負けるたび、満足そうに笑ったという。



話を聞き終えたショウは、何も言えなかった。


自分たちは、ただのいじめられっ子を相手にしていたのではない。


追い詰められたら反撃する人間でもない。


相手が築いてきたものを、時間をかけて徹底的に壊す。


そんな男を、半年間も笑いながら痛めつけていた。


「……マジかよ」


ショウの背中に、冷たい汗が流れた。


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