ショウの土下座
ショウは鼻骨を骨折し、全治一カ月と診断された。
ダイチとショウの彼女の理央が見舞いにやってくる。
ショウは鼻を固定する器具が取り付けられていた。
「いったい誰にやられたんだよ」
「言っただろ、3人組の輩に絡まれたって」
「ダイチくんが一緒にいればよかったのにね」
理央が残念そうに言う。
「まあな」
ダイチが笑う。
ショウは本当のことは、誰にも言えなかった。
レンジから毎月金を脅し取っていたこと。
レンジに殴られて怪我をして失神したこと。
◇
数日後。
レンジは、ショウが暮らすマンションを訪れた。
インターフォンを押すと、女性の声が返ってくる。
『はい』
「ショウくんと同じクラスのレンジです。休んでいる間のノートを届けに来ました」
少しして、オートロックが解除された。
玄関では、ショウの母親が申し訳なさそうな顔で待っている。
「わざわざありがとう。ショウ、ずっと学校を休んでるから助かるわ」
「いえ。授業が遅れると大変だと思って」
レンジは愛想よく笑い、数冊のノートを差し出した。
「せっかくだから、顔を見ていってあげて」
母親に案内され、ショウの部屋へ向かう。
ベッドに寝転がっていたショウは、入ってきたレンジを見た瞬間、勢いよく体を起こした。
鼻には白い固定具がつけられ、目の周りにはまだ腫れが残っている。
「なんでお前が来てんだよ!」
「休んでる間のノートを届けに来たんだ」
「ふざけんな!」
廊下から母親の声が聞こえた。
「ショウ、せっかく来てくれたのに喧嘩しないの!」
「うるせえ!」
足音が遠ざかるのを待ち、ショウが声を落とす。
「怪我が治ったら覚えてろよ。今まで以上にボコボコにしてやる」
レンジは何も答えない。
ただ、ベッドの前まで静かに歩いていく。
「何だよ、その顔」
次の瞬間、レンジの手がショウの鼻を覆う固定具を掴んだ。
「ぐあっ!」
そのまま、ゆっくりと力を込める。
折れた鼻に鋭い痛みが走り、ショウの顔が歪んだ。
「や、やめろ!離せ!」
レンジは無表情のまま手を緩めない。
ショウが腕を振り払おうとしても、傷に響いて力が入らなかった。
「ショウ、謝れよ」
「ふざっけんな……!」
レンジの指に、さらに力が加わる。
「ぐっ! 分かった! 悪かった!」
それでもレンジはやめない。
「悪かったよ! 本当に止めてくれ!」
無言のまま器具を掴み続ける。
「お願い、頼む。許してくれ」
涙を流すショウを見て、ようやくレンジは手を離した。
ショウは鼻を押さえ、荒い息を繰り返す。
「お前、あの時といい何考えてるんだよ」
レンジは答えない。
そして、代わりにポケットからスマホを取り出した。
画面に映っているのは、ファミレスで柚希と向かい合うショウ。
「これ、覚えてるよね」
ショウの顔が固まる。
続けて、金髪の男と柚希がキスをしているプリクラを表示した。
「……なんだよ、それ」
レンジは笑いながら二枚の画像を並べる。
「ダイチが見たら、勘違いしちゃうんじゃないかな」
事情を知らないダイチが見れば、ショウが柚希に手を出したと思われてしまう。
「ふざけんな。俺は相談された、それだけだ!」
「ダイチが、信じてくれるといいね」
「ついでに、理央にも見せてあげようか。二股かけられてますよって」
「やめろよ」
ショウの声から、先ほどまでの勢いが消える。
レンジはベッド脇の椅子へ座り、穏やかに笑った。
ショウが不思議そうに見る。
「お前、本当になんなんだよ。いじめられてるときと全然ちがうじゃねえか」
レンジが冷たい目で言う。
「そうだよ。だからお前は俺の言うことを聞くしかないんだよ」
ショウは鼻を押さえたまま、黙ってレンジを見つめていた。
「……言うことって、何だよ」
「今まで撮ったいじめの写真と動画、全部よこせ」
「は?」
「僕をいじめてるところ。スマホに残してるよね」
ショウの顔がわずかに引きつった。
「もう消したよ」
レンジはショウの鼻の器具を掴む。
ショウは反射的に顔を背けた。
「分かった! 分かったから触るな!」
「どうやって渡すんだよ」
レンジは手を差し出した。
「お前のスマホ、よこせ」
「そ、それは」
「データだけ抜き取ったら返してやるよ」
「本当だろうな?」
レンジが頷く。
ショウはロックを解除してレンジに渡した。
レンジはさっそくスマホを操作して、ショウの方へカメラを向ける。
「何してるんだよ」
ショウが尋ねる。
「ついでに謝罪動画もとらせてもらう」
「謝罪動画?」
「今まで、お前らがやったことを全て話せ。そして最後に土下座しろ」
ショウは固まった。
「嫌なら、お前の鼻は一生直らないぞ」
レンジが脅すように睨みつける。
ショウは観念するしかなかった。
唇を震わせながら、いじめが始まった経緯を話していく。
ダイチがレンジを目の敵にしたこと。
デブゴンやユウマも加わったこと。
自分が撮影役を務め、教師に見つからない場所でいじめを繰り返していたこと。
自殺するまでいじめを止めないと言ったこと。
毎月五万円を脅し取っていたことまで、すべて口にした。
「次は、土下座かな」
「……もういいだろ」
「僕みたいに服ぬいでやる?」
ショウは意味を理解し、顔を強張らせた。
ショウはベッドから下り、床に膝をついた。
両手をつき、額をフローリングへ近づける。
「今までいじめて、すみませんでした」
「聞こえない」
「今までいじめて、本当にすみませんでした!」
鼻の痛みと屈辱で、ショウの目に涙が浮かんだ。
「もう一回!」
レンジは満足するまで何度も謝罪を繰り返させた。
◇
その夜。レンジはショウのスマホから自分のスマホにデータを移していた。
肘をつきながら、データを見る。
旧校舎のトイレで蹴られる自分。
制服を脱がされ、笑われている姿。
土下座を強要され、頭を踏みつけられる動画。
画面に映る自分を見ても、レンジの表情は変わらない。
すべてのデータの転送が終わると、レンジの口元が緩んだ
「いろいろ、やられちゃったな」
まるで大切な思い出を眺めるような声だった。
◇
数日後、ショウの家へ小さな荷物が届いた。
ショウは袋を開けて中を見る。
そこには、真っ二つに折れたショウのスマホがあった。
ショウはスマホを握ったまま動けなかった。




