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レンジの家庭

「ただいまー。ごめんね、遅くなって」


玄関から、レンジの母親の声が聞こえた。


「おかえり」


レンジはリビングのソファに座り、テレビから目を離さずに答える。


買い物袋を提げた母親が部屋へ入ってきて、画面を見た瞬間、呆れたように笑った。


「あんた、またその映画見てるの? 何十回目よ」


レンジはリモコンを手に取り、一時停止を押す。


画面には、空手着を着た少年が映っていた。


「だって、この話好きなんだもん」


「毎回、同じところで喜んでるじゃない」


「いじめられっ子が空手を覚えて、最後にいじめっ子を倒すところがスカッとするんだよね」


レンジは楽しそうに説明する。


母親はほとんど聞いていなかった。


「はいはい。すぐ晩ごはん作るから、もう少し待っててね」


そう言いながら買い物袋を台所へ置き、エプロンを身につける。


レンジは再生ボタンを押した。


映画の中では、傷だらけの少年が何度倒されても立ち上がっている。


母親が包丁を使う音に混じり、テレビから歓声が響いた。



夜になり、父親も仕事から帰ってきた。


三人は食卓を囲み、母親が作った肉じゃがを食べている。


父親は疲れた顔でビールを飲み、母親は空いた皿へ料理を取り分けていた。


「最近、学校はどうなの?」


母親が何気なく尋ねる。


レンジは箸を動かしながら、少し考えるふりをした。


「うーん。仲の良かったやつが一人、退学になっちゃったんだ」


「あら、この前もケイタ君って子が学校に来なくなったんでしょ?」


「うん」


母親の顔に心配そうな色が浮かぶ。


「最近は、そういう子が多いのかね」


父親がだるそうに呟き、ビールを口へ運んだ。


「レンジも何かあったら、お母さんにちゃんと言うのよ」


「何もないよ」


レンジは残っていたご飯を口へ入れ、すぐに立ち上がる。


「ごちそうさま」


食器を置き、そのまま自分の部屋へ向かった。


扉が閉まる音を聞いてから、父親が小さく息を吐く。


「おい。あんまり口を出すと、レンジがかわいそうだぞ」


「だって心配じゃない」


母親はレンジの茶碗を手に取り、流しへ運ぶ。


「中学のときの剣道部の事件だって、私たちが知ったのは事件の後だったのよ」


「あれは、レンジだけが悪かったわけじゃないだろ」


「だからこそよ。あの子、自分から何も言わないじゃない」


父親は何か答えようとしたものの、結局口を閉じた。


食卓には、テレビから流れる明るい笑い声だけが残った。



自分の部屋へ戻ったレンジは、勉強机の引き出しを開けた。


中から一冊のノートを取り出す。


表紙には、大きく『ショウ』と書かれている。


ページを開けば、ショウについて調べた情報が細かな文字で並んでいた。


父親は会社員。


母親は専業主婦。


家庭は比較的裕福で、成績も上位。


中学時代からのダイチの親友であり、簡単に裏切ることはない。


教師の前では態度を変え、問題を起こしても自分だけは逃げられるように動く。


そして、同じ学校に通う幼馴染の彼女がいる。


名前は、山本 理央。


中学から付き合っており、交際期間は三年以上。


レンジはノートをめくりながら、静かに考え続けた。


デブゴンやユウマのように目に見える弱みはない。


しかし、ショウを残したままでは、ダイチを追い詰めるのは不可能。


こちらが何か仕掛ければ、すぐに気づく可能性もある。


「仕方ないか」


レンジはペンを置いた。


そして、ノートの端に書かれた一人の名前へ目を向ける。


柚希(ゆずき)


「柚希を使うか」


小さく呟き、椅子の背もたれへ体を預けた。


柚希は、少し前までダイチの彼女だった。


今はレンジと付き合っている。


しかしダイチは、柚希を奪った相手がレンジだとはまだ知らない。


ショウも同じだった。


それは、今まで隠してきた切り札。


使うなら、もっとも効果のある形にしなければならない。


レンジはノートの新しいページを開き、中央に一本の線を引いた。


左側へショウ。


右側へ柚希。


その二つの名前を、ゆっくりと線で結んだ。


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