第31話 ビテューメン――4万年前の接着剤
黒い、べたつく、燃える石。天然のアスファルト、ビテューメン(瀝青)です。
石油文明の産物ではありません。人類は、原油を掘るはるか以前から、地面に染み出すこの黒い物質を使っていました。
4万年前、ネアンデルタールの接着剤
ビテューメンを「くっつけるもの」として使う発想は、ホモ・サピエンスの独占ではありません。
シリアの遺跡ウム・エル・トレルでは、ネアンデルタールの石器にビテューメンが付着した例が知られています。さらにフランス・ル・ムスティエ遺跡では、およそ4万〜6万年前の石器から、ビテューメンと黄土を混ぜた複合接着剤が見つかりました。
ただ塗っただけではありません。黄土を多く加えると、べたつきすぎるビテューメンが、手で握れる「柄」になります。遠方の原料を集め、比率を調整し、道具に合わせて使う。ネアンデルタールは、すでに材料を調合していました。
この技術は、人類が「自然の樹脂や瀝青を加工する」最初の段階です。ただし、まだ船も都市もありません。接着剤は、石を手に固定するためのものでした。
6,500年前、黒い防水が海を開く
場面はメソポタミア周辺、ウバイド期(およそ紀元前5500年頃)へ移ります。
クウェート湾北岸の遺跡**H3(アッサビーヤ)**で、奇妙な破片が見つかりました。片面には葦の跡。反対側にはフジツボ。材質はビテューメンです。
これは、葦を束ねた船の船体に塗った防水材が、剥がれて残ったものです。フジツボが付いている以上、その船は何ヶ月も海に浸かっていたことになります。同遺跡からは、葦船の土器模型や、帆を思わせる円盤も出土しています。
ウバイド文化圏では、ビテューメンは船だけではありませんでした。
•船の防水……葦船を海に出すための塗膜
•建築のモルタル……日干しレンガを積む接着剤。のちのジッグラトや城壁へ続く技術
•土器の補修と装飾……割れた器を直し、黒い模様を描く
•石器の固定……鎌や斧を柄に付ける。ネアンデルタール以来の用法の延長
黒い物質は、生活・建築・交易を同時に支える材料になりました。
なぜビテューメンだったのか
メソポタミアとペルシャ湾岸には、地表に瀝青が湧き出す場所があります。掘らなくても手に入る。水をはじき、熱すると軟らかくなり、冷えると固まる。割れ物を直し、船の隙間を埋め、レンガを固定できる。
当時の人々にとって、これほど都合のよい天然素材は多くありませんでした。分析によれば、船に使われたビテューメンは産地まで追跡できます。つまり、材料そのものが交易品でもあったのです。
葦船の防水は消耗品です。何度も塗り直す必要がある。H3は、船を修理する場だった可能性も指摘されています。黒い破片の山は、失敗の跡ではなく、反復された技術の跡です。
一本につながる技術史
ネアンデルタールの石器に付いた黒い跡と、ペルシャ湾のフジツボ付き瀝青片は、同じ物質です。
違いは規模です。
4万年前、ビテューメンは手の中の道具を止めました。6,500年前、同じ物質は船体を止め、水の侵入を止め、交易路を開きました。
人類が海に出られた理由のひとつは、帆や舵だけではありません。地面から染み出す黒いねばねばを、「水を通さない皮膜」に変えたことです。
ビテューメンは、石油になる前から、文明の接着剤でした。
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