第26話 「地下に眠る巨大都市」――カッパドキアの地下都市(デリンクユ)
トルコ中央部、カッパドキア。奇岩が連なる幻想的な大地の下に、想像を超える「もう一つの世界」が広がっています。それが地下都市です。
中でも最も大規模で有名なのが、デリンクユ(Derinkuyu)。深さ約85メートル、最大18階建てにも及ぶ巨大な地下空間で、最盛期には2万人以上が暮らせたと推定されています。地上の風景とはまったく異なる、石に彫られた迷宮のような都市が、静かに眠っています。
発見と規模
デリンクユが本格的に調査されたのは1960年代。それまで地元の人々は一部を倉庫や避難所として使っていましたが、全体の規模が明らかになるにつれ、世界の注目を集めました。
地下都市は、柔らかい火山岩(凝灰岩)を掘り抜いて造られています。主な特徴は以下の通りです。
•多層構造:地上から深く下へ続く階段と通路
•居住空間:部屋、台所、貯蔵庫
•畜舎:家畜を飼うためのスペース
•教会・礼拝堂:キリスト教関連の空間も確認される
•換気システム:深い縦穴が空気を循環させる
•井戸と水の供給
•防衛用の巨大な石扉:内側から転がして通路を塞げる仕組み
特に印象的なのが、直径1〜2メートルほどの巨大な円盤状の石扉です。外敵が侵入してきた際、この石を転がして通路を遮断し、内部を守ったと考えられています。
誰が、いつ造ったのか
地下都市の起源については、まだ完全には解明されていません。主な仮説は次の通りです。
•ヒッタイト時代(紀元前2000年頃)に原型が造られた可能性
•フリギア人やその後の勢力が拡張
•初期キリスト教時代(4〜7世紀頃)に大きく発展。迫害を逃れるための避難所として使われた
•中世以降も、アラブ勢力やモンゴルの侵入などから身を守るために利用された
カッパドキア一帯には、デリンクユ以外にもカイマクル(Kaymakli)など、大小合わせて200以上の地下都市や地下空間が確認されています。これらが互いにトンネルで繋がっていた可能性も指摘されており、地下に広がる「ネットワーク都市」だったとも言われています。
なぜ地下に?
理由は複合的です。
1防衛:外部からの攻撃を避けるための避難所
2気候:地上は夏暑く冬寒いが、地下は比較的安定した温度を保てる
3資源の保護:食料や家畜を安全に保管
4宗教的・共同体的な生活:迫害を受けたキリスト教共同体が、信仰を守りながら暮らす場として利用
地下都市は単なる隠れ家ではなく、長期的に生活できるよう設計されていました。換気や水の確保、調理の煙を排出する工夫など、当時の技術水準を考えると驚くほど合理的です。
残された謎
それでも、いくつかの疑問は残ります。
•最初にここまで大規模に掘り始めたのは誰なのか
•正確な居住者数と、最盛期の生活の詳細
•地下都市同士が本当に広範囲で繋がっていたのか
•放棄された正確な時期と理由
現代の調査でも、未発掘の部分や崩落の危険がある区域が残されており、全容はまだ完全には明らかになっていません。
現代のデリンクユ
現在、デリンクユは観光客に開放されており、地下の一部を実際に歩くことができます。狭い通路を進み、巨大な石扉の前に立つと、「ここが本当に2万人もの人々が暮らした場所なのか」という実感が、肌で伝わってきます。
地上のカッパドキアが「妖精の煙突」と呼ばれる奇岩で有名なのに対し、その足元には、人類が生き延びるために掘り続けた巨大な地下世界が広がっている。
カッパドキアの地下都市は、「人間は、必要とあれば、地面の下にまで都市を築く」という、静かで力強い事実を今に伝えています。
写真は多いのでInstagramに載せてあります。
https://www.instagram.com/p/DbzxxiKFEp7/?igsh=MWhjN2YxbDExc240Yg==




