第28話 「紙一枚も入らない精密さ」――サクサイワマンの巨石城壁
ペルー・クスコの北、標高約3700メートルの丘の上に、
今も巨大な石の城壁が静かに残っています。
その名はサクサイワマン(Sacsayhuamán)。
インカ帝国が築いたこの遺跡は、
ただの城壁ではありません。
数十トン、なかには100トンを超える巨大な石が、
モルタルを一切使わず、紙一枚すら入らない精度で組み合わされているのです。
規模と構造
サクサイワマンの最大の特徴は、ジグザグに連なる三段の城壁です。
• 全長約400メートル以上
• 高さは最大で約6〜18メートル(場所による)
• 最大の石は高さ約8.5メートル、推定重量128〜200トンとも言われる
石は多角形に精密に削られ、隣り合う石同士が複雑に噛み合っています。
角は丸みを帯び、壁はわずかに内側に傾いているため、
地震にも強い構造になっています。
実際、クスコを襲った大きな地震でも、この城壁はほとんど崩れませんでした。
クスコ全体がピューマの形をしているという説では、
サクサイワマンはその「頭」に当たるとされます。
いつ、誰が造ったのか
建設は15世紀半ば、インカ帝国第9代皇帝パチャクティの治世に始まり、
息子のトゥパク・インカ・ユパンキ、孫のワイナ・カパックの時代まで続きました。
完成まで約50〜70年かかったと推定されています。
当時の記録(インカの血を引く歴史家ガルシラーソ・デ・ラ・ベガなど)によると、
最大で約2万人の労働者が動員されたといいます。
帝国の「ミタ」という労働奉仕制度を使い、
採石・運搬・整形・据え付けを分担して進めました。
石は主に近隣の採石場から運ばれ、
一部は数十キロ離れた場所から運ばれたものもあります。
鉄器も車輪も使わず、石のハンマーや青銅の道具、ロープ、丸太、てこ、土の傾斜路などを駆使したと考えられています。
どうやって精密に合わせたのか
ここが最大の謎であり、サクサイワマンが「オーパーツ」として語られる理由です。
石は硬い安山岩や石灰岩。
当時の道具では、現代のような精密機械は当然ありません。
研究者が考えている主な方法は次の通りです。
• 石を石で叩いて徐々に形を整える(打撃による整形)
• 一方の石の形を、隣の石に「合わせて削る」試行錯誤
• 運搬は人力とロープ、丸太のコロ、傾斜路を組み合わせる
しかし、100トンを超える石を正確な位置に据え、
隙間なく噛み合わせる技術は、今も完全には再現されていません。
「失われた高度な技術があったのではないか」という説や、
「より古い文明の遺構をインカが利用した」という説も根強く残っています。
スペイン人到来後の運命
1530年代にスペイン人がクスコを占領すると、
サクサイワマンの石の多くが運び出され、
クスコ市内の教会や建物の資材に使われました。
そのため、現在残っているのは城壁の一部と、塔の基礎などです。
それでも、残された巨石の壁は、
訪れる人々を今も圧倒し続けています。
サクサイワマンが語るもの
サクサイワマンは、
「人間は、鉄器も車輪もない時代に、これほど巨大で精密な石の構築物を造り上げることができた」
という事実を、静かに示しています。
どうやって運んだのか。
どうやってこれほど正確に合わせたのか。
なぜこれほど巨大な石を使ったのか。
答えはまだ完全には出ていません。
ただ、丘の上に残る石の壁は、
500年以上前の人々の意志と技術を、今も確かに伝え続けています。
画像はたくさんあるのでInstagramに載せました。
https://www.instagram.com/p/DcamaIqFOMU/?img_index=2&igsi=MWtqMGx5ZDJoNDZ4MA==




